第75話:乙女ジニー

 オーク達の働きぶりは、目を見張るものがあった。

 最初の邂逅が、なんだったのだろうかというほどに。

 オークの長の娘のユリアンは……ちゃんと、水仕事をしっかりとやっている。

 ゴブリンの雌たちに、炊事洗濯は女性の嗜みと言われたらしい。


 まあ、この世界……洗濯機とかは俺の家くらいにしかないし。

 だから、基本は全てが手作業。

 というわけでもない。

 魔法万歳!

 水も火も、魔法で作りだせる。

 その辺りの生活魔法の改善は、アスマさんが頑張っている。

 生活魔法研究に関しては現代地球の生活をテレビで見たせいか、一足飛びで捗っているとか。

 水流と細かい泡で洗濯。

 さらには水温40度や60度に変化させることで、洗浄効果がと言っていたが。

 どの洗濯機の影響かが、すぐに分かった。


 ……ジャッキーさんが、家電のカタログとか持ってくるから。

 いや、俺がざっくりとお願いしたのが、悪かったんだけど。

 最初に持ってきたのは、テレビのメーカーカタログ。

 それを見て、色々とインスピレーションを刺激されたらしい。 

 とりあえず、家電のカタログにはまっていた。

 量販店でただで貰えるから、それは別に良いんだけど。


 でだ……ユリアンは、あまり魔法が得意ではない。

 だから、昔ながらの手作業。


 日本では昔は男が外で働いて、女は家で家事をというのが当たり前だったが。

 それもそうだろう。

 便利な道具や機械が無い以上、基本的に仕事は手作業。

 それも筋力や身体能力が要求されるものばかり。

 必然、男の仕事となる。


 女性も家事だけで、手一杯だろうし。

 なんせ昔の家事は、負担が半端ない。

 炊事をするにも、まず水汲みから。

 火おこしは、火付け棒やら火打石とかと薪。

 洗濯も川まで行かないといけないわけだ。 

 夏でも冬でも。

 それに加えて、服とかの補修等の縫製作業やら筵や草履作り。

 掃除から、ごみの処理。

 燃やすところは男がやるみたいだけど。

 あとは厠の排泄物を、肥溜めに運んだり……

 あげくに子供の世話まで。

 そりゃ、商家や庄屋なら丁稚や下働きを雇えるかもしれないけど。

 基本は、奥さんと大きくなった娘さんの仕事。

 共働きなんかできるわけがない。  

 それでいて、男尊女卑。

 今なら、ありえないと皆が思うだろうけど。


 家事でそれだけの負担って、もう尊敬しかないんだけど?

 それで家族で一番最初に起きて、最後に寝るんだから。

 なんだろう? 

 聖母様かな? ってレベル。

 いやまあ、カカア天下の家もあったわけだし、肝っ玉母さんなんて言葉も古くからある。

 だから聖母様のように優しいかどうかは別として、それをやっていた女性を粗末に扱う男とか……


 何が言いたいかというと、全部ではないがそこまで手間暇かけて洗い物をしたり炊事をするユリアンは、オークの中でも働き者だということだ。

 確かにゴブリンの雌の言う、良いお嫁さんになるだろう。

 忍耐力も上がっているだろうし。

 だからといって、猪と結婚する気はさらさらないけどな。

 オークの中に、手ごろな男性を見つけてほしい。


 ユリアンだって生活魔法を練習すれば、もっと楽できるんだけどな。


 昔に比べて今の日本なんかでも、家事全般が便利な家電のお陰で大して手間もかからず出来る。

 本当に俺が一人で家の事をなんでもできるのって、結局は便利すぎる家電のお陰なんだよなとこの世界に来て改めて感じた。

 洗濯機と冷蔵庫とエコキュートとIHヒーターと食洗器と電子レンジとお掃除ロボットに感謝。

 これらのお陰で仕事と家事の両立が出来ている。

 まあ、全部が一人分だからということもあるけど。


 そして生活家電の無い生活を想像。

 洗濯機がないと、風呂と一緒に洗濯か。

 その風呂からして、薪をくべるところからとか……

 いやまあ、ガスが主流になるまでは金持ち以外は風呂に入る文化は無かったらしいけど。

 とにかく家電が無ければ、仕事から帰って家事は無理だな。

 この世界でも生活魔法がないと、そんな感覚に陥るかもしれない。


 まあ、今はゴブ美が全部やってくれるけど。

 生活魔法も駆使しながらとはいえ、有難い。

 今度、何か労いがてらプレゼントでも。


 そして、今日一日家の中のことを何もしていない3人に、白けたような視線を送る。

 そう……家の中で、進まない自転車をずっと漕いでいる3人。

 アスマさんと、ジニーと、サーシャ。

 ジニーとサーシャが、最近体型を気にしてアスマさんに相談したところから話は始まる。


 でもって、アスマさんがなぜかエアロバイクのカタログを持っていた。

 ジャッキーさんが持ってきたので、間違いはないと思うけど。

 

 アスマさんが凄い色々な機能をつけ足していた。

 漕ぐことで、ハンドル部分の送風機が作動。

 疑似速度に合わせて、風の強弱が変化。

 より、臨場感を出す仕組みらしいが。


「アスマさんって、自転車乗ったことないよね?」

「大体のことは知っておる。仕組みを知れば、ある程度はどのような物かも分かる」


 なるほど。

 まあ、間違いではないけど。

 

 ただ気になるのは、ジニーとサーシャが遠い目をしているところ。


「ここの魔石から、幻惑魔法が発動するようになっておる。使用者の魔力を使っておるが、増幅の魔石も組み込んでおるから微々たるものだ」


 ということは、幻覚でも見てるのかな?


「今は、この地球の様々な観光名所を旅できる状態だな」


 それでこの間アスマさんがゴーグルアースやら、ストリートビューを一生懸命見続けたのか。


 目の前でジニーのエアロバイクの後輪部分が上昇し始めている。


「あれは下り坂だな」


 下り坂は……あまり、ダイエットに効果が無いのでは?


「こういったご褒美があった方が、長く乗り続けられるであろう?」


 言いたいことは分かるけど、とりあえずリビングに3台は邪魔で仕方ない。

 アスマさんも土魔法使えるんだから、それ専用の小屋とか作ってくれないかな?


「わしは幻惑効果を切って、テレビを見ながら漕いでおる」


 いや、普通にソファに座って見たらいいと思うけど。

 そもそも、骨にダイエットとか必要ないだろう。

 大体にして骨が痩せたら、弱くなる未来しか見えないぞ?

 それよりも観光地を自転車で回る疑似体験の方が、アスマさんの使用用途的には正解だと思うんだけど?


 俺の言葉に、アスマさんがショックを受けたような顔をしている。

 本気で気付いていなかったのだろうか?

 こういうところが抜けているから、いまいち凄いエルダーリッチだと言われても納得できないんだよな。


 サーシャが悲鳴を上げながら、エアロバイクから転がり落ちていた。

 心臓破りの坂を上り終えたあとで、下りに差し掛かったろころで子犬が飛び出してきたらしい。


「いや、万が一ということもあるであろう? リアリティを追求した結果じゃ」


 そういうリアルはいらないと思う。


 その後、3人でビールを美味しそうに飲んでいたけど。

 

「少し痩せたと思いませんか?」


 口に泡を付けたジニーが、俺に誇らしげに自慢してきた。

 残念だが、全然分からない。

 気のせいじゃないかな?


「サトウさんは乙女心が分かってないですね。嘘でも、こういう時は褒めるんですよ!」


 嘘はダメだろう。

 あと、ダイエットに甘えは禁物だ。

 まずは、ビールを緑色のビールに変えるところから始めようか?


「緑のビール? 健康に良さそうですね」


 サーシャが、そんなことを言っているが。

 別にビール自体が緑というわけじゃない。

 缶の色の話だ。


「御飯が美味しいです!」


 ジニーの言葉を聞いていると、不安しかない。

 ダイエット、嘗めてないかな?

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