第26話:ミレーネ殿下でっか?

「私は、ミスト王国の第3王女! ミレーネ・フォン・ユベンタークだぞ! 無礼者」


 なんだかんだと、テーブルに座ったくせにうるさい。

 アスマさんが迷惑そうな顔をしているのが、笑える。

 そして、ジニーが小さくなってる。

 流石に一般人からすれば雲上人と同席と言うのは、気まずいか。


「人の中での話だろ? それ言い出したら俺ロードだから。ゴブリンからすれば神みたいな感じらしいから、俺の方が立場が上だな。お前が控えろ、無礼者」

「ゴブリンの分際で」

「はいはい、ブーメラン! ブーメラン!」

「な……なぜここで、ブーメラン?」


 アスマさんはあっちの世界のいろいろな創作物に触れているからか、それとも単純に頭が良いからか俺の言いたいことが伝わったようだ。

 吹き出し笑いしている。

 相変わらず、「クハァ」とかっていう、変な吹き出し方だけど。


「自分の発言が自分にも当てはまってるって意味ね?」

「どういう……きさまー!」


 少し理解するのに時間が掛かったみたいだけど、分かってもらえてうれしい。

 だから、黙って。


「もういいから。食事の時はお静かに。それとも人間の国では偉い人の食事は、他人を糾弾しながらするものなのかな? 野蛮だなー」

「き……き……くっ」


 流石にこれ以上はと思ったのか馬鹿にされて言い返せなかったのか、顔を真っ赤にして黙りこくってしまったが。


「顔真っ赤」

「おい、サトウ……あまり、いじめてやるな。それに、早く食べないとせっかくの料理が冷めてしまうぞ」

「ごめんごめん、ちょっと楽しくなってきてた」

「貴様は、骸骨ではなく私に謝るべきだ」

「骸骨じゃなくてアスマさんね。まあ、ちょっと馬鹿にしすぎたわ。ごめんねごめんねー!」

「それで謝ってるつも……アスマ? アスマといったか? 骸骨でアスマ……貴様、エルダーリッチか」

「うるさい奴じゃのう。さっさと飯にするぞ」


 ミレーネが相変わらず騒がしい上に、今度はアスマさんに絡もうとしていたが。

 さらりと流されて、食事モードに入るアスマさんつえーな。

 まあ、確かに飯が冷めてもあれだし。

 今日は餃子と酢豚に麻婆茄子。

 朝から、中華の気分だったから。

 餃子は冷凍、麻婆茄子の味付けは既製品だけどね。


「じゃあ、いただきます」

「いや、アスマ……黒衣の災厄……国滅の……」


 何やら物騒な言葉がいっぱい出てきたけど、ただの中二の骸骨だから。

 気にせず、さっさと食え。

 あと、アスマさんも満更そうな顔しない。

 わしって有名人! って聞こえてきそうなどや顔で、こっち見んなし。


「いただきまーす!」


 やっと食べられるとジニーが元気いっぱい。

 クールビューティ系かと思いきや、体育会系女子っぽい。

 魔法使いだけど。


「うむ、いただきます」


 アスマさんも、礼儀正しい。

 いただきますの習慣はなく、神や恵みに感謝する言葉はあったみたいだけど。

 大体が、家長の「さあ食べよう!」が合図のお国柄。

 いただきますの意味を伝えて俺がやってたら、皆やってくれるようになった。


「い……いただきますとは?」

「ああ、食材に感謝、作った人に感謝の気持ちを込めて、食事の前にする挨拶だよ。肉や植物の命をいただきますという意味も込めて、食事の前にする挨拶」

「ご……ゴブリンって」

「いいかげん、そこから離れろ」

「わ……分かった、いただきます」


 なんだかんだで、ミレーネも言ってくれた。

 うんうん、良いことだと思う。


「あっ、美味しい」


 さっきまで、ゴブリンが作ったものがとかなんとか言ってたくせに。

 なんともまあ、嬉しそうに食べちゃって。


「おかわりあるから、欲しかったら言ってね」


 チョロいと言われても仕方ない。

 あの笑顔を見れば、勧めたくなるのも仕方ないだろう。


***

「お……お腹いっぱいだ。く……苦しい」


 流石に、食べすぎだと思うが。

 良い食いっぷりだった。

 作り甲斐があるというもの。

 

「わ……私も、もう無理です」


 ジニーは競うように食べてたからな。

 その細い身体にどうやって、詰め込んだんだ? って、言いたくなるほど食べてた。


「腹八分で医者いらず、腹六分で老いを忘れ、腹四分で神に近づく。食べすぎはよくないぞ」


 アスマさんが、田舎のばーちゃんみたいなことを言い出したけど。

 何かの邦画か、ドラマででも出てきたのかな?

 こういうこと言う時、微妙にどや顔なんだよな。

 あと、アスマさんが言うと、真実味がますけど。

 アスマさんの腹ってどうなってんだろうな。

 骸骨だし。

 しかも、割とよく食べる。


 ミレーネとジニーも、なんかモヤっとした表情を浮かべていたけど。

 文句を言う気力もなかったみたいだ。


「お風呂頂いて帰ってもいいですか?」

「ああ、良いよ。一人だと、沸かすの面倒だもんな」

「ええ」

「やっぱり、ゴブリンと一緒だと共同浴場は嫌かな?」


 一応、ゴブリンが入れる大きな風呂は用意してあるが。

 綺麗好きなゴブリンばかりだから、お湯も汚れたりしないはずなんだけどな。


「あー……気分的な問題と言いますか……ゴブリンさん達と一緒のお湯に浸かるのが嫌とかじゃなくてですね……その女性としての尊厳の問題というか」


 ん?


「最近、ちょっとお腹周りが……ゴブリンの女性の皆さんスタイルが反則すぎて」


 ふふ……ジニーが、最近ゴブリンを匹じゃなくて人で数えたり、メスじゃなくて女性って言いだしたのが地味に嬉しい。

 その程度には、ゴブリンに対して愛着が湧いてきてるのかもしれない。

 話の内容よりも言葉のチョイスに意識がいってしまい、よく理由が分からなかった。

 いや、尊厳的な理由で聞かないふりをしただけだけど。


***

「か……快適すぎる」


 ジニーに朝からあれこれと教えてもらったミレーネが、愕然としていた。

 湯冷めしたらあれだし、流石に女性と2人きりで一晩はまずいからとジニーにも泊まってもらった。

 ミレーネが泊まる部屋に一緒に。


 アスマさん?

 アスマさんは2時くらいまで映画見て、帰っていったよ。

 実験の結果がそろそろ出るつって。

 なんの実験かは、聞いてみたけど分からなかった。

 変圧器の仕組みの本を強請られたから、電気関係だと思うけど。

 ジャッキーさんに頼んで探してもらったけど見つからなかったらしく、ネットで解説してるページを印刷して持ってきてくれてた。

 ふふ……黒くて凶悪な狼がパソコンを前足で叩いてクグってるのを想像したら、ちょっと笑えた。


「だから、社内では基本人型ですって。だから、肩こりに悩んでるんですってば」


 なんてことを言ってたけど。

 そういえば、そうだった。

 人型を見せてもらったことないから、想像できないけど。


 でもってミレーネが朝の支度を終えて、ジニーと一緒に食卓に。


「何か手伝いましょうか?」


 と声を掛けてくれるジニーに対して、黙ってさっさと椅子に座って背筋を伸ばして行儀よく待ちの姿勢のミレーネ。

 うん昨日よりだいぶマシだけど、流石セレブ。

 自分も動くという発想が、全くないのね。

 まあ、まだ良いか。

 いや、よくないな。

 馴染むの早すぎないか?

 まだ、扱いも決めてないのに。

 人質というか、人が攻めてきたときの切り札として確保したけど。


「サトウ殿! ここの歯ブラシは凄いな! 私も豚の毛のブラシを使っていたが、ここの物と比べるとすごく粗いというか。あと、ここのはなんの毛か分からぬが透明で美しい。それに柄の部分も不思議な素材だ。木でも金属でもない……それから、ジニー殿に使い方を聞いてしったが、あのポンプとやらから出る髪を洗う液体や身体を洗う液体も……」


 感動を伝えてくれるのは嬉しいけど、少し黙ってくれないかな?

 こっちは、一生懸命料理してるんだけど。

 こだわりのアイランドキッチンが裏目に出てしまった。

 対面だから、話しかけられたら応えざるをえない。

 

 てか教えてなかった俺もあれだけど、昨日はどうやって頭とか身体を洗ったんだ?

 お湯で流しただけどかかな?

 まあ基本、外から来た人が入った初日に風呂のお湯は全部入れ替えるから、問題ないけど。

 ちなみにうちのゴブリン共は朝も湯浴びをするから、ジニーも朝シャンをするようになった。

 その流れで、ミレーネも朝からお風呂に入ったのだろう。

 うるさいなー。

 空返事でも、おかまいなしにずっと喋ってるなこの人。


***

「み……道まで綺麗だと?」


 とりあえず、集落を案内しようと外に出したら、最初からびっくりしてた。

 

「ご……ゴブリンが掃除?」


 箒をもって自分たちの家の前を掃いてるゴブリンを見て、また固まるし。


「な……なんだ、あの奇抜でありながら、なぜか目を引く服を着た集団は」


 あー、美容担当ゴブリン達には、服を支給したんだよなー。

 ヤマムラで適当に揃えてもらったものだけど。

 基本、腰蓑や布の胸当てだけど、徐々に服が浸透しつつある。

 汚れるのが嫌とのことで農作業や狩りの時は、相変わらず腰蓑と女性陣はそれに加えて襤褸布の胸当てだけど。


「な……なんだ、この敗北感は」


 絞り出すように吐き出したミレーネの背中を、ジニーが優しく慰めるように叩いていた。

 一晩で随分と仲良くなったね、君たち。

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