第15話:【閑話】ゴブエモンの冒険譚(1)
「強敵……だな」
呼吸がなかなか整わない。
肩で息をしながら、敵を見据える。
なかなかに、怖い顔だな……
宙に浮いたローブをまとった骸骨が、手に持った杖を振るう。
闇の球体がこちらにせまってくるのを、紙一重で避ける。
これ以上まともに受けたら、立っていられる自信はない。
「ほほう……やはり、良いなお主。どうだ? わしに仕えんか?」
眼窩に目はなく、昏い光を灯すのみ。
カタカタと音を立てて顎を動かしているが、なぜか言葉が聞こえてくる。
「ふざけた存在だ。あいにくと、我にはすでに使えるべき主君がいるのでな。悪いがその方の下に着くなど、とてもじゃないが無理だな」
「ふむ……では、その主とやらをここに引きずり出して、殺してしまえばいいわけじゃな」
目の前の骸骨の言葉に、頭に一気に血が上るのが分かる。
だめだ……平常心だ。
主からも常々言われてきたことだ。
困ったときこそ、落ち着いて対応しろと。
周りを見る。
仲間たちはすでに、地面にひれ伏している。
生きてはいるが、動けるようになるまで当分掛かるだろう。
そして、その時がくるまでこの敵が待ってくれるわけがない。
「それは無理だな……」
「ほう? それほどの強者なのか? わし相手に、手も足も出ぬお主らが……それでも、わしより上だと認めざるを得ぬほどの」
「分からんな……」
「分からぬとな? 戯けたことを」
戯けたこと?
本心だ。
「勝てぬかもしれずとも、それでもお主はまだ挑もうと思える程度の相手だ……だが主は……挑む気すら起きぬ。手を合わせたことすらないよ。それすらも、おこがましいと思えるほどの御仁だ」
俺の言葉に、骸骨の動きが一瞬止まる。
そして、ひときわ大きな骨を打ち鳴らす音が聞こえてくる。
「カッカッカ! ますます、興味が湧いたぞ! それほどの相手なら、わしがより高みにのぼる糧となるだろう! なーに、生きておらずともよい。お主らを餌にここにおびき寄せて、喰ろうてやろう! この、黒衣のアスマがな! これで終わりじゃ! 【
くっ、またこの魔法か!
精神に恐怖を植え込む、死霊を呼び出す魔法。
万全の状態で、どうにかやっと跳ね返せた程の精神攻撃。
いまのこの心に隙のある状況で、対処できるわけがない。
「厄介な!」
しかも普通の魔法と違って、意思のある死霊故に避けても追いかけてくる。
今度こそ、終わりかもしれぬ。
このダンジョンに挑み、ようやくゴブリンⅨにまで進化して……こいつを倒せばきっと主の希望を叶えられると思うたのに。
せめて仲間達だけでも逃がせれば。
すまぬ、完全にリーダーである私の読み違いだ。
まさか、ダンジョンボスがただのリッチではなく、エルダーリッチ……しかも、二つ名持ちのネームド。
「せめて……せめて一矢……」
死霊が取り憑くのも構わず、アスマに向かって突っ込む。
せめて、この身と引き換えにダメージを与えることができれば。
……ロード。
サトウ様……生きて帰れというご命令……守れないかもしれません。
地面を強く踏みしめ、下半身のバネを最大限利用し……立地に向かって渾身の一撃を……
***
丁度時を同じくした、ゴブリンの集落。
サトウが、自室で何やら空中に手をかざす。
「おっ、ゴブエモン達Ⅸに進化してんじゃん? ちょっと、強化しとこうか……あれ? なんだこれ?」
サトウがゴブエモンのパーティの一覧を見て、異常な状態に気付く。
「弱体化? 毒? 呪い? 恐慌? うわっ、状態異常のオンパレード! ピンチすぎてウケる。しかも結構削られてるっぽい……致命傷は負ってないみたいだけど、苦戦してんなー……とりあえず、バッファーも回復系の魔法とか覚えさせた方がいいか。呪い対策とか、ステータス異常対策ってのもバッファーには重要だよな」
サトウが、ゴブエモン達に覚えらえるスキルや魔法の中から有益っぽい物を想像しながら与えていく。
「状況分かんないから予測だけど、呪いとか恐慌があるってこはアンデッド系モンスターだろ! じゃあ、聖属性付与とか、そっち系の攻撃も混ぜとくか……この状況で、回復できるなら無敵なんだけどなー……出来ないことを嘆いてもしょうがないから、今回はポイントを予備に残すことを考えず全振りで! ポチっとなっと」
***
「ぐあああ! 馬鹿な、急に加速しただと! 今まで、手を抜いていたのか?」
「あ……当たった?」
地面を蹴りだそうとした瞬間に、全身に今までにないほどの活力が駆け巡るのを感じた。
そして、今までよりも一段階上の加速を見せたことで、アスマも間合いを読み違えたか。
ふふ……勝機が見えたな。
いまだ、糸より細い希望だが……かならず、掴んで見せる。
「小癪な真似を……油断を誘って、一撃で決めるつもりだったのだろうが……威力が足りなかったな」
私の殴った場所は肋骨の辺り。
骨が砕ける音が聞こえたのだが、アスマがローブをめくると既に回復が始まっているのが見えた。
そしてすぐに、完全に修復される。
いましがた希望が絶望に変わった瞬間だ。
ダメージを与えることができ、力も湧いてきたのに……それでも、アスマを倒すには足りない。
殴ってもすぐに回復するような相手に、私が一人で……
絶望だ……体に纏わりついているテラーゴーストの影響もあるかもしれないが、それ以前に埋めようのない実力差に……
「キュアポイズン! マインドアップ! ディスペル!」
「ホーリーアロー!」
「浄化の光!」
「聖なる加護!」
!
背後から、心強い声が……
身体に纏わりついていた、重い空気が消える。
そして、自分に湧き上がる力を再認識したとき、一瞬でも弱気になった自分に恐怖した。
テラーゴーストの真の恐ろしさを感じ取った。
精神作用が、あれほどに戦闘に影響があるとは。
「リーダー! 待たせたな!」
皆!
振り返ると、先ほどまで地面に倒れこんで幽鬼のような表情をしていた4人が立ち上がり、横一列に並んでこっちに向かっていた。
回復担当のゴブリンから、様々な光が飛び出し体が軽くなるのを感じる。
そして他の3人も一気に加速する。
魔法を得意としたゴブリンが、光る矢をアスマに放つ。
「馬鹿な! 馬鹿な! 馬鹿な! 馬鹿な! ゴブリン風情が、聖属性魔法を放つだと! くそが! もう一度寝ておれ! ダークファイアー!」
アスマもその矢を躱すことはできたが、ローブのフードの頬の横の部分が裂けている。
そして、そこから煙が上がっているのが見える。
即座に反撃の黒い炎を放ったが、聖なる加護により全身に光を纏った体の大きなゴブリンが3人をかばうように前にでてその炎を受けきっていた。
「ふん、ただのファイアーなら危なかったけんど、その火は呪いだろー? であれば、もはや効かんぞー」
頼もしいセリフだ。
補助を担当するゴブリンの手から放たれた光が、私の拳に宿る。
この拳なら……きっと、貫けるはず。
***
「クックック……カッカッカッカ! 気に入った! 気に入ったぞ!」
それでも二つ名持ちの、ネームドは規格外だった。
それもエルダーリッチともなると。
一進一退の攻防を繰り返していたが、あと少しというところでこちらの魔力も体力も尽きてしまった。
精神だけで、どうにか立っている状態。
決め手がない。
ダメージは確かに与えているという手応えはあるのだが。
「さあ、聞こうか? わしとお主らの主……どちらが強い?」
「圧倒的に、我らの主だ!」
「そうか……」
私の言葉に、アスマが考え込むそぶりを見せる。
「ふむ……興味が湧いた。わしを、お主ら主の元に案内してくれんか?」
「? おかしなことを……ダンジョンボスは、ここを離れられないんじゃないか?」
アスマの言葉に、当然の疑問をぶつける。
「いや、違うぞい?」
「はっ?」
「いや、ここのボスがリッチじゃからのう……それに、アンデッド系が多いダンジョンじゃから、簡単にわしの指揮下におけるでのう。わしの研究の為にここに住み移って、ここの人型の魔物どもを召使いや助手代わりにして手伝わせておっただけじゃ。まあ、押し込み主じゃの」
「……しかし、我らは次の段階にまで進化せねば、集落に帰ることも「じゃったら、本当のここのボスのリッチを倒せばよかろう? ダンジョンで生まれておるから役割と知性を持てども、そこに自身の意思も自我ももたぬ傀儡じゃな。同族でもなんでもないから、別に倒したところでわしは気にせぬ」」
……困ったことになった。
こんな化け物を連れて帰って、もしロードに万が一のことが……あるかな?
あれ?
「ロードって実際のところ強いのかな?」
「いや、かなり強いとは思うけど」
「でも、見た目が……」
「それは言うな。あのお方はゴブリンだ。ゴブリンロードだ」
仲間たちが後ろでコソコソと何か会話している。
一瞬聞き捨てならない言葉が聞こえそうになったが、それどころじゃない。
断ったら、殺されるだけだ。
しかし、連れて帰ったら生きて帰るという命令は守れる。
しかも、リッチを倒して進化すれば、任務完遂だな。
「どうした? 何か問題でもあるのか?」
「問題ありすぎて、困ってるところだ」
「なあに、実物を見てわしの糧に値せぬとみたら、黙ってここに戻るわい。ダンジョンコアさえ無事なら、1週間もすればそこなボス部屋の魔力溜まりからリッチもリポップするじゃろうし。ダンジョンの魔物精製の原理の研究がわしの目的じゃから、なんら問題ない」
……そっちが問題なくても、こっちがおおありなんだが。
「それにお主らの変な進化の仕方にも、興味があってのう」
あー……もう、これ絶対、怒られるやつだ。
「わしにここまで手間取らせたお主らに、そこまで言わせるほどの実力者じゃろ? ちょっと手合わせなんぞしてもらえれば、御の字じゃな」
……
「リーダー、報連相!」
「困ったら、ロードに相談」
「もう、連れて帰ってからロードに相談しましょうよ!」
「俺たちも進化したら、万が一の時に肉壁くらいは務められるでしょうし。
そうだな。
ロードは勝手なことはするなと、よくおっしゃっていた。
考えて行動することは大事。
自分で判断するのも大事。
でも、答えや方法が2つ以上ある場合。
イエスかノー、やった方が良いか、やらない方が良いかで悩んだ場合。
その時は、必ず相談しろと言っていた。
仕事上で、この2択で悩んだら十中八九外れを引くと。
報告するべきか、しないべきかで悩んでも報告しろと。
この二択も高確率で外す二択だと言っていた。
相談すれば、そんなこと自分で考えろと言われ。
相談しなければ、勝手なことをするなと言われ。
ただ、相談しとけばそれ以上悪いことにはならないと。
相談しなければ、取り返しのつかないことになることもあると。
よし、腹は括った。
「分かった、集落に案内しよう」
……本当に、これで良かったのだろうか?
あー……ロードに会うまでに、胃に穴が開くかもしれない……
早く、帰りたくなった。
「これこれ、先にリッチを倒して、進化した方がよいのではないか? 出来るかは分からぬが、お主らよりは格上だったと思うぞ?」
……そうだった。
アスマの後だったから、全然大したことなかったが。
気がそぞろだったこともあり、余計な被弾が多かった。
「なんか、心ここにあらずといった感じじゃのう」
お前のせいだ、お前の!
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