ちょっと小話~少しだけ、休憩しませんか?~

桜桃

第1話 まさか私が異世界転移!?

 普段から筋トレをして、何があっても冷静に対処を心掛けている私、あニキ。あニキだけど、実際は女性で趣味は執筆と絵を描くこと。あとは、アニメの鑑賞会かな。仮〇ライダーとか、面白いよね。


 っと、こんなことをしている場合じゃなかった。私は今、危機的状況に陥っている。


 周りを見渡すと、木、木、木。もりかな? いや、森ではない!! ここは、林だ。私にはわかるぞ。小説書きをなめないでいただきたい。

 周りに立ち並ぶ木をよく見ると、ほとんど同じな物。森ならもっといろんな樹木が立ち並んでいるはず。さすがに木の名前までは知らんけど。


 太陽は頭上に降臨しているから、時間的には昼頃だとわかる。木々が日光をさえぎっているが、隙間を縫って地面を照らしている。結構綺麗。


「ここ、どこ?」


 私は確か、さっきまでジムで筋トレをしていたはず。推しのイケボ朗読を聞きながら。今はその声も聞こえない。


「り、リアタイで、全部見れないなんて…………」


 くそ、一ファンとして情けない。


「って、うなだれている場合でもないんだった」


 リアタイで聞けなくとも、アーカイブは残るはず。それを聞こう。今はこの状況をどうにかしよう。


 でも、情報が何もない。ただ、林に投げ出されただけ。どうすればいいんだろう。歩いていいのかな。


 ――カサッ


「ひっ!?」

「あ?」


 後から足音。だ、誰だろう。


 怖がりながら振り向いてみると、そこには眉を顰め、私を怪訝そうな目で見下ろしている一人の青年?? が立っていた。なんか、不機嫌そう。私、もしかして人の敷地に入ってしまったとか!? そりゃ怒るよ!! 土下座すれば許してくれるかな!!


「…………こんにちはお嬢さん。こんな所で座り込んでどういたしましたか?」

「え、いや。あの……」

「何か御用がありましたか? もしかして、何かお悩みでも?」


 さっきまで不機嫌だった男性が、急に紳士的な態度になった。さっきのは幻?


「悩みというか、なんというか…………」


 なんて言えばいいんだろうか。言葉が思いつかない。


「混乱しているようですね。近くに少し古いですが小屋があります。そこでお話でもしましょうか」


 男性はしゃがみこんでいる私と目線を合わせるため、片膝をつき右手を差し出してくれた。しかも、すごく優しく温かい笑顔で。


 この人は一体、誰なんだろう。


 少し手を取るのを戸惑ってしまったが、今はどうすることもできないためひとまず彼の手にそっと左手を置く。


 うわ、指細。でも、やっぱり男性だからか、大きいな。


「では、行きましょうか。足元に気を付けてください」

「あ、はい。ありがとうございます」


 先導してくれる彼の後ろを歩き進む。


 …………体も結構引き締まってるし、体力とかもありそう。普段、どんな筋トレをしているんだろう。教えてほしい。いや、まずその筋肉に触りたい。筋トレマニアである私にはたまらない!!!


「…………あの、なにか?」

「へっ? い、え!! なんでもありません!!」

「はぁ……。疲れてしまいましたか? あともう少しで着きますので」

「はい…………」


 じぃと見過ぎたぁぁああああ!!!! 恥ずかしいのだが。誰か助けて。


「つきましたよ」

「あ、ここですか…………」


 男性が立ち止まったから一緒に立ち止まり前に建っている建物を見あげる。そこには、古く、壁画もはがされている小屋が木々に紛れるように建てられていた。

 所々蜘蛛の巣も張ってあるし、人が住んでいるようには到底見えない。本当にここ?


「さぁ、お入りください」


 男性がドアを開けて中に促してくれた。こ、これは入るしかない。断ったら失礼だし。


「し、失礼します……え?」


 な、中はすごくきれいなんだけど…………。え、外観と違い過ぎない?

 掃除、整理整頓しっかりされてるし、なんかいい匂い。消臭剤?


「立っているのも疲れるでしょう。さぁ、ソファーにお座りになってください」

「あ、ありがとうございます」


 私はソファーに座り、男性は目の前にある木製の椅子に座った。そして、私が落ち着いたところを見計らって自己紹介をしてくれた。


「そういえば、まだ名乗っていませんでしたね。私の名前は筐鍵明人きょうがいあきとと言います。この小屋の管理人みたいなことをしています」

「は。はぁ。あ、えっと、私はあニキと言います。申し遅れてすいません」

「いえ、こちらこそ遅れてしまいすいません。では、さっそく本題に入ってもよろしいですか?」

「え、本題?」


 本題とは何だろう。私はただ、この林から出るための案内をしてほしいだけなんだけど。


「貴方はなぜこの林に?」

「えっと。すいません、わたしもわからなくて…………」

「と、言いますと?」

「実は――……」


 私はわかっている段階で明人さんに伝えた。聞いている時は相槌を打ってくれていたけど、話し終わると、なぜか険しい顔に…………え? なんか、さっきまでの紳士的な顔はどうしたんですか明人さん。なんか、険しいですよ?


「つまり、貴方は迷い込んでしまっただけで、特に匣は持っていないと」

「よくわかりませんが、そんな感じかと…………」


 顔を俯かせてしまった。え、何かしてしまったのだろうか。でも、事実しか口にしていないから、怒られても仕方がない


「だから、から匣の気配を感じなかったのか。なんだよ、時間と体力の無駄だったな」

「…………え?」


 え、な、は? 何が起きたん?

 いきなり紳士的な笑みを消して、仏頂面を浮かべ始めた明人さん。


 いきなりの豹変に何も言えなくなった私をよそに、明人さんは足を組み右手の手の甲に顎を乗せた。一気にヤンキーになったんだけど、もしかして二重人格者だったの?


「カクリ、出てこい」

「え、カクリ?」


 明人さんの言葉に反応するように、奥にあったドアが開いた。そこには、小学校低学年くらいの背丈の少年が無表情でたっている。あの子がカクリ? …………ちゃん?   君? どっち?  

  

「依頼人ではないのか」

「そうらしい。まぁ、元々黒い匣の気配がなかったからあまり期待してなかったけどな」

「そうか」


 いや、二人で会話を進めないでよ。私は結局どうすればいいの? ここはどこ?


「ひとまず、お前は家に帰れ。ドアをくぐって真っすぐ行けば林を抜けることはできる」

「え、あの。家と言われても…………。どこにあるのか」

「なんだ、迷子か? ガキか? おかあさんに連絡して向かいに来てもらえ。連絡ってわかるか? おかあさんにお電話して、場所を伝えるだぞ」

「馬鹿にしてますか?」

「大真面目なんだけどなぁ」

「絶対にウソ…………」


 この人、さっきまでのギャップ凄すぎない? もはや別人。


「連絡もできないんですけど。そもそも、スマホ、ないです」

「スマホすら買ってくれないほどか。お前も苦労してんだな」

「本気の哀れみはやめてください」


 もしかして、私このままここにいないといけないの? 何もわからない、こんな変人と一緒? いや、この人は私を帰らせようとしているんだった。路頭に迷う感じになるの私?!


「…………はぁ。考えられるは一つ」

「え?」

「現実的じゃねぇが、お前はおそらくここの世界の住人じゃねぇ。気配が今まで出会った奴らと異なっているし、何よりここに来た経緯。誘拐とかではないことは確かだし、そもそもお前みたいな筋肉女を誘拐しようなんて思わないだろ。逆に誘拐者の命が危ない」

「そんなことないです!!」

「お前は、最近はやりの異世界転移をしてしまった」

「聞いていないですね…………ってえ?」


 転移? 私が? いやいや、まさか。


「ひとまず、こういうのは時間が経てばなにかイベントが入り、主人公は巻き込まれなんやかんやでハッピーエンドだ。脇役である俺はここで退場させてもらうぞ」

「退場しないでください」

「無理、めんどくせぇ展開に俺を巻き込むな」

「まきこんでやりますよ。どうすればいいんですか!!」

「うるせぇな。だから言ってんだろ、時間でイベントが入り――……」

「そうではなく!!」


 なんなのこの人!! 本気で考えてないし!! こっちは困っているのに!!


「明人が言うという事は、ひとまず従ってみても良いと思うぞ。明人自身、早くこんなこと終わらせたいと思うからな」

「…………はぁ」


 小学生に悟られてしまった。ひとまず待つしかないのか。


「に、しても。お前も災難だな」

「え?」

「転移するなら、もっと夢がこもったもんに行きたかっただろ。ここは俺にとっては最高だが、魔法を使えるわけでも、モンスターが出てくるわけでもない」

「いや、あの。私は特に。ただ、誕生日に推しの声が聴ければそれで…………」


 まぁ、今現在聞けていませんけどね。イケボの朗読が聞きたい。はぁ……。


「…………なるほどな。お前、誕生日なんだな。まぁ、俺には関係ねぇけど」

「ですよね」


 早く、かえれないかなぁ。


「お前、少しだけ記憶を覗かせてもらうぞ」

「えっ……?」


 いつの間にこんなに近くに。それに、今まで隠れていた右目が露わになってる。五芒星?


「……………………こいつか」

「え? あの……」

「これなら可能だな」

「何がですか? というか、記憶って?」

「やっぱり転移してんな。多分」

「たぶんって…………」

「お前…………メガネ男子が好きなのか?」

「推しです」

「そうかよ。んじゃ、俺からの誕生日プレゼント」

「え?」


 あれ、なんか。意識がとおのっ――……


「誕生日、おめっとさん」


 ☆


「…………は!! あれ、私、眠って…………あれ?」


 ここって、見覚えのあるジムだ。もしかして、戻ってこれた?


 いや。何が何やら。まったくわからん。夢だったのかな。それにしてはリアルだったけど。


「まぁ、いいか。推しを聞きなお――あれ?」


 配信画面、待機中になってる。おかしい。私は今まで眠っていたから、時間が…………んんん???? 時間が、さかのぼってる?


「…………もしかして、プレゼントって、これ?」


 推しを、リアタイで見れるようにしてくれたってこと?


 ……………………。


 よ、よっしゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああ!!!!!

 よくわかんないけど、結果オーライだ!!!!


 にしても、明人って名前。どこかで聞いたことあるような? どこだっけ…………。

 まぁ、いいか!! 今から推しの配信だ、楽しもう!!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る