第6話『第一現成公案』第三段〔好き嫌いの思いを相手にしなければ、あらゆるものはみな一つ一つコロッとただそのようにあるだけだ〕

〔『正法眼蔵』本文〕                              仏道もとより豊倹ホウケンより跳出チョウシュツせるゆへに、生滅あり、迷悟あり、生仏ショウブツあり。


しかもかくのごとくなりといへども、花は愛惜アイセキにちり、草は棄嫌キケンにおふるのみなり。


〔御抄私訳〕                                 この段は特別な事情は無い。ここではまた、「生滅有り、迷悟有り」と説かれる。この「有り」は、「諸法の仏法なる時節」(森羅万象が皆仏法である時節)の上で言う生滅、迷悟、生(衆生)仏なので、「有り、有り」と説かれる趣旨はもっともなことである。「愛惜」の言葉は、惜しむという言葉であり、「棄嫌」の言葉は、嫌うという言葉である。後進の仏道修行者の心構えが書かれていると理解すべきである。第一段の「有」を、ただ迷から衆生までの「有」と理解し、第二段の「無」も、諸仏の「無」、衆生の「無」と理解するのも相違しない。


〔聞書私訳〕                                /迷・悟を善・悪それぞれの極みと我々は思いがちであるが、仏法で言う時は、「豊・倹」(豊か・貧しい)を超越して、生・滅、迷・悟、生・仏〔という相対的な言葉〕をも使うのである。〔しかし、これらの相対的な言葉も〕ただ好き(愛惜)か嫌い(棄嫌)かによるだけだと、明らかにされるのである。


〔『正法眼蔵』私訳〕                             仏道は元来、豊・倹(豊か・倹ツヅマやか)という相対概念(他の概念と相関してはじめて存在しうるような概念)を超越しているから、生滅有り、迷悟有り、衆生諸仏有りとも言うのである。                            (仏道もとより豊倹ホウケンより跳出チョウシュツせるゆへに、生滅あり、迷悟あり、生仏ショウブツあり。)


しかもこのようであるけれども、花は惜オしまれながら散り、草は嫌キラわれながら生ハえるばかりなのである。                           (しかもかくのごとくなりといへども、花は愛惜アイセキにちり、草は棄嫌キケンにおふるのみなり。) 


〔『正法眼蔵』評釈〕                            「花が散る」のは、いつまでも咲いていて欲しいという人間の愛惜アイセキ(好き)、そこで散るのです。「草が生える」のは、エエまた生えたかうるさい、という人間の棄嫌キケン(嫌い)の感情、そこで生えるのですね。人間は草は嫌いだと言いますが、農夫は草は肥料になるからたくさん生えれば良いと言います。桜の花が咲くと人間は花見に集まりますが、毎日樹の下に臥せている犬は何とも思いません。いや、酔客が食べ残した弁当を漁るぐらいのことはするでしょうが。虫は草を世界としていて、草が茂ると新しい座敷ができて気持が良いと思っているのかも知れませんね。


しばらく、二つの相対する概念から見れば、草は迷い、花は悟りであり、草を衆生とすれば花は諸仏と言えるでしょう。人間は妄を嫌って真を好みます。煩悩は嫌なもの、涅槃は結構なものだと思うのですね。あらゆる善悪、苦楽、吉凶、禍福、迷悟は、ただ人間の好き嫌いの思いの上にあるだけです。実体がない好き嫌いの思いを放り出してみれば、一切は一つ一つみなコロッと、ただそのようにあるだけです(如是ニョゼの法)、それが仏のありよう、仏法です。他と比較しなければ勝劣はなく、何の問題もないのです。現前するものとこの身心と一つとなりコロッとその通りただある、このように縁に触れて宇宙が刹那刹那に現成し無限に変化し続けていく、これが「諸法の仏法なる時節」だ、これが自己と宇宙の真実のありようだと道元禅師はおっしゃっておられるのではないでしょうか。感謝合掌礼拝します。


*注:《 》内は御抄著者の補足。( )内は辞書的注釈。〈 〉内は独自注釈。〔 〕内は著者の補足。

                              合掌


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