コロナと思ったら……あれ?

木沢 真流

コロナ陽性

「検査は陽性です。十日間は自宅待機してくださいね」


 医者は淡々と述べた。

 もう何十人、いやひょっとしたら百人以上に同じセリフを吐いているのだろう、驚きも何もないようだ。しかしこっちにとっては「コロナ陽性」なんて人生初の大イベントだ。いつか来るとは思っていたが、ついにきたか、という思いだった。

 早速妻に電話すると、大して驚いてはいなかった。


「あ、そう。ホテル空いてるの?」


 え? と私はつぶやいた。私はてっきり自宅の2階にこもって、妻と娘にうつさないようじっとしているつもりだった。しかしホテル療養という選択肢もあったのか。


「ちょっと聞いてみる」


 いや、別に無理しなくても良いよ、なんとか私が持ち堪えるから、と妻には言われたが、考えてみればそうか、家族にすれば私がいなくなった方が世話もしなくていいし、感染のリスクも少ない。ちょっと寂しい気もするが、その点はさすが看護師だ、より感染リスクを下げる方法を突いてくる。


「……えーと、その、とりあえず保健所からの連絡を待ってくださいね」


 ホテル療養について問い合わせた私に病院の看護師は忙しそうに答えた。仕組みとしてはこうなっている。まず検査で陽性が出たら、発生届けという報告書を医師が作成する。それを保健所に提出する。すると保健所から本人に電話で改めて「基礎疾患はありませんか」「症状は何ですか」など詳しく聞かれる(発生届けに書いてあるのに……)。その際にホテル療養希望があれば、今度はホテル療養調整班に引き継がれる。

 てっきりすぐ保健所から連絡があると思っていた私は車の中で待つことにした。何故ならどうも家には帰りにくかったからである。しかし結局連絡があったのは、診断を受けた4時間後だった。挙げ句の果てに「ホテル療養は今満室で空き待ちです」と。妻に連絡すると、


「だったら早く帰ってこればよかったのに」


 それはわかってるんだが、心なしか、この4時間のせいで病状が5割程度悪化した気がした。

 家に着くと、2階の小部屋がきちんと整備されていた。小さな冷蔵庫にテレビ、水筒、おやつなど至れりつくせりだった。


「ゴミ関係はこの大きなポリ袋に入れてね、最後に全部まとめて捨てるから」


 コロナ感染病棟で働いている妻の動きは素早かった。改めて良い奥さんを持ったと実感した。


「じゃあ、何かあったらLINEで連絡ちょうだいね、ご飯とかは部屋の前に置いておくから」


 病院からもらってきたのか、N95マスクというがっちりしたマスクにアイシールド、ビニールのガウンを全て部屋の中のゴミ箱に捨てると、妻はこちらを見向きもせず部屋を出た。

 さて、これからどうするか。長すぎる十日間、趣味の小説でも書こうかと考えていた私は痛い目に遭う。早速その日の夜、私は高熱と頭痛、ひどい咳と息苦しさに見舞われた。


(医者は風邪+αと言っていたが、これはどうみて風邪じゃない)


 正直食欲もなく、テレビを見る元気さえなかった。当然小説どころではない。


(大丈夫かな……)


 私は慢性肺疾患と呼ばれる病気を持っていて、肺が他の人より使える部分が少ない。私は大人になって初めて命の危険を感じた。

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