ふと思い出した昔話
イル
ふと思い出した昔話
高二くらいの頃、学校内の図書館に通いつめていた私は、一冊の本をうっかり校内に置き忘れてしまったらしい。
らしいというのも、私はそのことに一切気づかず、説教のため呼び出されるまで全くその本のことを忘れていたからだ。
朝礼の後、担任の先生から、昼休みに図書館へ行くよう伝えられた。
図書館へ向かうと、初めに司書の女性から、
「何か言うことない?」
と聞かれた。
私は色々な本の購入願を出していたため、そのことかと答えた。
女性は呆れて、
「失くしたことも気づいてないの」
と言った。
その後、どこどこに本があり、貴方が借りていたはずの本だがどういうことか、と問い詰められた。
私は、「なぜそんなところに落ちていたのだろうか」と考えたが全く分からない。
心底不思議に思ったが、 物忘れや不注意が多い自分なので、 荷物整理でもしているうちに置き忘れたのだろうと思った。
私がそうして考え込んでいることに、しかし女性は気に食わなかったようで、
「まずは謝るのが普通じゃない?」
と怒気を隠さず私を睨んだ。
それもそうだと私は納得し、
「本を失くしてしまい本当にすいませんでした」
というような事を言って頭を下げた。
それでも女性には、私が渋々謝罪したように見えたのか、
「本を失くしたことも忘れた人が謝ってもね」
と吐き捨てられた。
その後もぶつぶつ小声で、なぜ失くしたのか、なぜ気づかないのか、等々なじられたが、私の頭は、あまり立ち寄らないはずの場所に、 なぜ本を落としたのか、ということで一杯だったため、 そのほとんどを聞き流していた。
ひとしきり言い終えたのか、女性は、
「まぁ、そういうことをしたわけだから、当然出入り禁止です」
と告げた。
私は以前、 似たようなことで怒られ同じように出禁になった生徒を知っていたため、 失くしたことを指摘された時から、それも仕方ないかなと考えていた。
私が、わかりましたと答えると、なぜか女性は 、
「なんであなたが不貞腐れてるの!」
と大きな声で怒鳴った。
私は本当に不思議に思い、
「不貞腐れているわけではなく、 本を失くしてしまったからには出禁と言われても仕方ないと思いました」
と説明した。
しかし、その言葉がさらに気に食わないようで、 何かよくわからないことを言われて怒られた。
そうして呼び出された昼休憩が、いよいよ終わりそうな頃、図書館に国語の先生が入ってきた。
職員室や全校集会、それと図書館などでたまに見かける程度で、 あまり面識はなく、授業も受けたことのない大柄な男の先生だった。
女性が、
「先生! この子全然反省してないんですよ!」
と先生へ向かって大きな声で叫んだ。
それを聞いた先生は、例の馬鹿野郎の生徒かぁ、と呟きながら私のほうへ歩いてきた。
「全然反省してないんだって?」
言いながら私の耳か髪の毛だったかを引っ張り、自分のほうへ私の顔を近づけた。
「何か言うことはないのかよ」
鬼のような形相で睨んでいたので、 私は先程の反省を活かし、
「本を失くしてしまい本当に申し訳ないです」
と答えた。
先生には、教師で男の自分が出てきて初めて観念したように見えたのか、ちゃんと反省してんのかよと、またひとしきり説教された。
そうして今度は、
「じゃあ失くした奴は拳骨だから」
と先生は拳を握って見せた。
私は、そういえば他のクラスでも、この先生に拳骨をもらっている生徒がいたことを思いだした。
とっくに昼休憩が終わるチャイムは鳴っていて、 私もいい加減怒られるのが、嫌になってきていた。
拳骨でも出禁でも気のすむようにしてくれと思い、 わかりましたと答えると、
「なんで不貞腐れてるんだ」
とまたしても怒られ、頭の真上を拳骨で殴られた。
ゴチンとした痛みが想像以上に強かったが、 自分なりの意地で全く痛くないフリをしようと、 直立不動で平静を装った。
先生は、「本当に反省しねえ奴だな」と吐き捨て、さっさと教室に戻れと怒鳴った。
私は先生と司書の女性を交互に見ながら、
「本当にすいませんでした」
とまた頭を下げて退出した。
教室へ戻ると、丁度担任の先生が授業をしていた。
私を見ても、授業へ遅れたことには触れず、
「早く準備して座って」
それだけを私へ言い、また授業へ話を戻していた。
隣の席の友人も何かを察したのか、
「おつかれ」
とだけ言われた。
「腹減ったわ」
私も一言だけ返した。
授業中、頭の痛みを慰めながら、結局出禁になったのかどうかを考えていた。
拳骨は出禁代わりだったのか、それとは別のケジメとしてなのか。
どちらにしても、また小言を言われてまで本を借りようとは思わなかった。
私はそれから、卒業まで一切図書館には足を運ばなかった。
ふと思い出した昔話 イル @ironyjoker
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
関連小説
11月4日に死んだ亡霊/イル
★9 エッセイ・ノンフィクション 完結済 1話
創作記録最新/千織
★3 エッセイ・ノンフィクション 連載中 18話
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます