第11話 スクラップ•ライラック
九十三地区----通称「廃棄場」。
……よくよく考えてみるとこれは通称ではなく蔑称な気もするが、とにかく九十三地区はこの名前で市井に通っている。位置関係的には俺たちが暮らす九十二地区とは山を一つ越えてすぐ隣である。結構近場だ。
一体どんなところなのか。それはもうその名の通りと言った感じで。
「相変わらず、なんて言うか……ごみごみしてるな」
「ま、本当にゴミだらけだからね」
山の中腹にある崖。そこから見渡す俯瞰風景はまさに混沌を体現したようなものだった。
まず最初に目につくのは山積みになった廃棄物。それらは彼らが生産したものではなく、俺たち含め都市部に住む人々が生み出したものだろう。
その脇には所狭しとバラック小屋が乱立している。
錆びた赤や青。鈍色に黒色。黄色に紫。
その統一性のない色彩はしかし、どこか芸術性を帯びていて美しくさえあった。
「ほんのちょっと見ないうちにまたバラックが増えてる。やっぱり増えてるんだね。流れ者」
引き金が誰ともなしにそう呟いた。
流れ者。
何とか怪獣災害の難を逃れて九州へやって来た避難民。その全てが、この新天地で元の暮らしを再開できるわけではない。むしろそんなことができるのは、限られたごく僅かな人だけだろう。なぜなら彼らの多くは、命からがら逃げのびて来たのだから。その身一つでこの地に辿り着いた人も決して少なくないはずだ。
「で、だ。引金さんとこの場所に、結局何の縁があるわけ?」
「ああそれまだ説明してなかったっけ。ここに来てから冬枝くんに会うまでの三日間、実はここで寝泊まりしてたんだ」
「それまたなんで」
「だっていきなりヘリでここに移送されて、そのまま放り出されたんだよ? 何の措置もなく、ただポイっ、て。当然しばらくは状況の確認に時間を使わなくちゃいけなかったし-----九十二地区は安全だけど潔癖だからね。宿無し少女の何処の馬の骨とも知らない私は、きっとすぐ弾かれるから」
「……なるほど」
確かにそう言う気質があの地区にあるのは、否めない事実だ。子供の頃から「廃棄場」に関するあることないこと根も葉もないことを吹き込まれるし(そういう人を見て来たし)。俺の場合は社長がああいう性格だからそこまで偏見を持たずに済んだけど。
「それにしても危なくない? どう頑張って見ても治安がいいようには見えないけど」
「それはそうなんだけど……ここで子供達の存在が絡んでくるんだよね」
「……子供達に勉強を教える代わりに衣食住を保証してもらってた、とか?」
「お、ビンゴ。やるね。冬枝くん」
そう言っておもむろに下山を再開する引金。俺もその後に続く。
「ここにいる人たちの多くは本土で普通の生活を送ってたわけじゃん? だから結構子供の教育的な事も問題視されてるっぽいんだよね。青空教室とかも結構盛んでさ。そこに混ぜてもらって授業してたんだ。小中学生くらいの子たちに」
「さすが『スクール』トップの才媛」
「まあね。今朝はああ言ったけど、正直私も勉強なんてこの時代に何の意味もないと思ってた。ただ形式的に儀式的にやってるだけの実際は何の役にも立たないものだって。でも、違う。やっぱりいつの時代のどんな場所でも、人は学ぶことをやめられないんだ」
「……それは、そうかもね」
まるで中身のない返事だった。実際中身はなかった。反論のしようも共感のしようもない。そもそもそんなこと、考えたことすらなかった。当たり障りのない返事を返すことしかできない。
そんな会話を交わしているうちに、いつのまにか山道の出口が見えて来た。それはすなわち異世界への入り口。
あたたかな日差しがさす午後。隠して俺たちは「廃棄場」に足を踏み入れたのだった。
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