第3話 邂逅
感覚。
一度はバラバラに分解されたはずのそれは、急速に元の姿を取り戻して行く。
触覚。嗅覚。味覚。聴覚。そして、視覚。
「や。目、覚めた?」
見えるのはひび割れた天井。日当たりが悪いのか日が暮れてしまったのか、部屋の中は薄暗い。
聞こえたのは若い女性の声。トーンはやや低め。もしかするとこちらに気を遣ってくれているのかもしれない。
あたりを見渡す限り、ここはどうやら廃墟らしかった。散乱した家具や割れた鏡。侵食した蔦がその生活感のなさを物語っている。
俺はベッドの上に寝かされていた。ここは元々ホテルか何かだったのだろうか。
「ね、君生きてるよね? さっきから一言も話さないけど」
俺が寝かされているベッドの端に腰掛けて彼女が----俺と同年代くらいの少女だろうか----が言う。身長は俺と大して変わらなそうだ。女性の中では長身の部類に入るだろう。セミロングの緩やかな黒髪。容姿は端麗。いわゆる美少女、というやつか。
彼女の問いに頷きで返す。
パシャ、と。
いきなりフラッシュをたかれた。
「……なんでいきなり写真?」
「記念すべき第一号だから」
「何の?」
「私が救った命第一号」
「はあ」
聞いてみたがよく分からなかった。
でもまあとりあえず。人差し指と中指を立ててピースしてみる。確か写真を撮る時はこうするのが通例だったはずだ。
少女は「いいじゃん」と言ってもう二枚ほど写真を撮った。
「で、君は結局何者なの?」
「『君』じゃなくて
「じゃあ、引金さん。君は一体、何者なの?」
「怪人」
彼女は極めて端的に事務的に、そう答えた。
「怪人」。人類を滅ぼすために地球が生み出したものが怪獣だとしたら、怪人はその逆。人類が二十万年の中で築いてきた自己肯定。対怪獣用の特効兵器。
年々その出生率は減ってきているものの、未だに千分の一の確率で生まれてくると言う。その異能の強弱に差はあれど。
「ここに来たのは3日前。『スクール』って分かる? 怪人養成所みたいなとこがあるんだけど……そこの卒業試験みたいな感じでね。決められた地域を一年間防衛するって言うミッションがあるんだ。優秀なやつは激戦区に送られるだけど、私は落ちこぼれだったからさ。左遷されちゃった。九州ってほら、怪獣全然いないじゃん?」
「あの事件以来は、確かに」
「七年前の、今は南米かどこかで眠ってるんだっけ、あれ。……ま、私の事情はそんな感じ。早々に戦果上げれて、らっきー」
口振からして、あの怪獣を倒したのは彼女なのだろう。あの融解を引き起こしたのも。
「引金さんの能力とかって、教えてもらえたりするのかな」
「あんまりすごいものじゃないよ。欠陥品って呼ばれてたし。実演できないけど、言葉で言うならそう、指で弾いたものを最大速度第三宇宙速度で飛ばせる」
「第三宇宙速度?」
「秒速約十六.七キロメートル。実質青天井だと思ってもらっていいよ。でもこの能力、うまく制御できたことないんだ。いつも誰か巻き込んじゃって。死者ゼロで怪獣倒せたこと、無いんだよね。だから欠陥品」
「それは幸運だったってことで、喜んでいいのかな」
「うん。正直さ。罪悪感とかあんまり無いんだ。死体が残らないからかな。それとも人でなしだから? ま、わかんないけど。邪魔な感情だからなくていいってことにしてる。……にしても」
引金は俺の方に向き直る。正面から見つめられる。
「よく生き残ったね。もしかして君も怪人だったりするの?」
そんなわけはない。わけはないはずなのだが……。しかし実際問題、なぜ俺は生きているんだろう。確かに体が崩れて行く感覚があった。死の感覚があった。鮮明に覚えている。その感覚。それを感じてなお生きている自分。俺は怪人、だったのか? いや、あり得ない。怪人はその異能だけでなく、身体的な能力も人間の上をいく。転んだくらいでは擦り傷もできないだろう。そんなに頑丈な人間だった覚えはない。
でもあるいは瀕死の状況で能力が目覚めた可能性も-----。
引金が顔を引き攣らせてこちらを凝視している。
つい考え込み過ぎてしまった。返事が返ってこないことを不審に思っているのだろう。
「違うよ」と。そう言おうと口を開く。
そこから溢れたのは。
「え」
毒々しいほどの赤。
胸に冷たい感触がある。
刺さっていた。貫通していた。
「日本刀………?」
ずるりと、刃が引き抜かれる。俺の体も力無く、再びベッドの上に横たわる。
「……人の形をした怪獣とは。地球も人が悪い。いや、星が悪い、か?」
玲瓏な声が、背後から聞こえた。
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