第1話 終わる物語
「……………猫」
猫。白猫。鈴はつけていない。体はまだ小さい----子猫。いなくなったのは2日前。段ボールの中でこっそり育てていた。場所は街の中心を流れる川----第二河川敷の橋の下。性別は不明。
これが俺が見つけるべき小動物の関連事項にして手がかり。
はっきり言って、馬鹿かと思う。
せめて鈴なりなんなり識別できるものをつけていてもらわないと困る。俺は猫ソムリエでもなんでもないし、人間以外の動物は全て同じに見える。しかも白猫と来た。せめて斑模様でもあれば良かったものの、それを望むことすら許されていないらしい。
これも全て、お人好しすぎるあの社長のせいだ。どうせ年端もいかない子供のお願いを聞き入れたか何かなんだろうが……。
いくら「なんでも屋」の看板を掲げているとはいえ、依頼の選別くらいはして欲しいものだ。何でもかんでも手当たり次第に受け入れてしまうという癖というか性質は、いずれ身を滅ぼすと思う。体が資本の仕事なのだから、倒れたりしてしまっては本末転倒だ。
が、それでも一応親代わりみたいな人だ。働くことの報酬として養ってもらっている、学生という身としては、あんまり文句も言えない。
と。
「………あれ、どこだここ」
言いつつ、またやってしまったと思う。
急激な人口増加でただでさえ入り組んだ土地がさらに複雑になっているこの地域は、ぼーっとしていると本当に道に迷う。今回もそう。川に向けて国道を歩いていたはずが、いつの間にか見知らぬ住宅街に放り込まれた。
携帯は、データ容量がもう切れている。
完全に詰みだ。チェックメイトだ。
嘆息しつつ、道の端に座り込む。
だいたいやたらめったら家を建てるからこうなるのだ。いや、家だけではない。企業や公的機関の本部支部も、現在この地域を含む九州全土に移転を始めている。その理由は簡単で、九州はここ数年来、怪獣の出現率が一桁にとどまるほどしかないからだ。現れた怪獣も虚弱なもの。
いつどこに出現するかわからない怪獣は、いとも簡単に日常を破壊する。それが現れないというだけで、心理的余裕が生まれる。安心して生活できる。それが理由。
中には怪獣が現れない理由を、七年前の「爪痕」のせいだという人もいるが実際のところどうなのだろう。もしそうだったとしたら、俺は奴に感謝すべきなのだろうか。今俺が生きていられるのは、この楽ではなくとも安定した暮らしを享受できているのは奴のおかげだと、そう言われたら。
-----感謝もしないし恨みもしない。災害のような物だからしょうがない。ここら辺が妥当なところだろう。
そう結論づけたところで、俺の目の前を小さな白い影が通り過ぎた。
「!」
慌ててその影の行方を追う。見るとそれは白く、もこもこした-----ちょうど子猫くらいの大きさの何か。だいぶ離れていて判別はかなり難しいが、少しでも件の猫の可能性があるならば。
「追うしかないか」
かけ出す。相手もそれに気づいたようで、スピードをさらに上げて逃げ出す。
……速い。かなり速い。
しかも小さいため一瞬でも目を離すと取り逃してしまいそうだ。
走る。どこかも知らない住宅街を、走る。
角を曲がって、街路樹の間を縫って、誰かの家の庭を突っ切って、走る。
こんなに走ったのはいつぶりだろう。去年の体育の長距離走以来だ。あの時もう一生走ることはしないと心に決めたというのに。
段々と風の流れが爽やかになってきた。
どうやら住宅街を抜けたらしい。
「………大通りだ」
息切れが激しい。が、とりあえず知っている道には出てきた。白い何かは依然として俺から逃げ続けている。その方向の先には、目指していた河川敷があった。こいつはどうやらクロの可能性が高くなってきた。
ラストスパート。
心の中でつぶやいた。右足で再びコンクリートを踏み締めた。
左足を踏み出すことは-----なかった。
瞬間。
前方から視界を奪うほどの閃光。
「--------------------------------------------------!」
言葉では形容し難い咆哮。
その発生源。
「………………怪獣」
数百メートル先の河川敷を踏み潰して屹立するそれは、竜のような首を縦横無尽にうねらせている。その数、八つ。首と同様八つある尻尾も、後方に位置する建物を悉く破壊する。
その数多の首を巡らせ、怪獣はこちらを見やる。まるで、品定めでもしているかのように。
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