エピローグ② 売ればよかったファーストキス
なんだと声がしたほうを見ると、俺のグラスを持ったルリがしゃがみ込みながら、こちらを見てクスクスと笑っているではないか。
「アイドルがいる場所で、犯罪行為は見逃せませーん。残念ですが、二十歳になってから出直してきてくださーい」
「それはただのジュースだからいいんだよ。この船は今俺たちの貸し切りだし、流石に酒は出てこんわ」
「そうなんです? それはいいことを聞きました。丁度喉が渇いてたんですよねー」
「あっ、おまっ」
止める間もなく一気にグラスを飲み干すルリ。白い喉がゴクリと動くのを見ながら、俺は密かに嘆息する。
……飲みかけだったんだけどな、それ。まぁいっか。
下手なことを言ったら、また面倒くさい絡まれ方をするのが目に見えてるし。
「ふぅ、ごちそーさまでした。あ、ルリのことも招待してもらってありがとーございます。祝勝会にお邪魔する形になってしまって悪いですね」
「ついでみたいに礼を言われても全然嬉しくないが、最後に協力してもらったからな。これくらいは構わないだろ。文句を言うやつもいなかったしな」
むしろ伊集院とか「ルリ様も参加してくださるのですか!? これはより盛大にお祝いしなくては!」なんて張り切ってたくらいだ。
俺も一切損はしていないし、問題は特にない……と言いたいところなのだが。
「アタシは言いたいことはあるけどね。なんかいつの間にか仲良くなってるし。いくら和真に頼まれたからって、ルリを連れてくるべきじゃなかったわね……」
「ぶー、ルリちゃんとカズくんってやっぱり相性良さげ。だからなるべく合わせたくなかったのにぃ」
いつの間にか争うことをやめた幼馴染たちが、恨めし気にこっちを見てくる。
その目には不満がアリアリと浮かんでいたが、勝利の立役者のひとりでもあるためそれ以上のことは言えないようだ。
そんな二人に満面の笑みを向けられるのだから、やはりルリも只者ではない。
「いやー、お二人ともありがとーございます。こんなに面白そうな人と引き合わせてくださって、ルリは感謝感激です。持つべきものは、やっぱり頼りになるセンパイですね!」
「むぅ。どういたしまして……」
「この子、こんな感じで一切悪びれないから怒るに怒れないのよね……」
あのアリサたちが何も言えないのだから相当だ。
先輩たちが連れられてきたという事実があろうと、微塵も後ろめたさを感じさせないのだから大したものだと俺は思う。
(ちょっと早まった気もするが、どのみちいずれ顔合わせはしないといけなかったからな。結果オーライということにしておくか)
裏ではとっくに繋がりを持ってはいたが、二人の紹介という形で知り合うことが出来たという表の理由を今回作ることが出来た。
このことは、プラスと考えるべきだろう。
ルリの性格を考えると今後どう転ぶかは分からないが、後々バレるよりはマシなはず。
夏純の件があったことで、あまり隠し通しておくのもよくないと思ったからこその行動だった。
「さて、ルリもちょっと泳ぎますね。失礼しまーす」
俺の悩みをよそに、言うが早いか、プールに飛び込んでくるルリ。
すぐそばであったのもあり、こっちの顔面にまで水しぶきが盛大に飛んでくる。
「うわっぷ! 目が、目が痛ってぇ!」
「アハハ! ゴメンなさいです! でも水がしたたるイイ男になってますよおにーさん」
「え、マジ!? またさらにイケメン度上がっちゃった?」
「はい、多分五くらいは上がってますね。ルリが言うんだから間違いありません!」
え、微妙すぎない? 一桁て。言い切られてもあんまり嬉しくないんだが。
「クズ原は顔以前に性格がクズなことが問題だし、顔が良くてもそうでなくても大差ないと思う」
「ボ、ボクはクズっちのことイケメンだと思うよ? うん!」
辛辣な猫宮とフォローしてくれる夏純の飴と鞭っぷりに、ちょっとだけ涙が出そうだ。
あまり顔のことに触れないことにしようと密かに決めるくらいには、ほんのちょっぴりショックである。
「アンタねぇ……」
「いいじゃないアリサちゃん。カズくんがイケメンであろうとなかろうと、私たちがずっと養ってあげるんだから。ルリちゃんもちょっとはしゃいでるだけだし、大目に見てあげようよ。ね?」
「雪菜は相変わらず甘いわね……ま、いいわ。確かに中々ない機会ではあるしね……」
「ふふっ、ありがとうアリサちゃん。アリサちゃんも優しいよね」
どことなく穏やかな空気が流れ始めた丁度その時、遠くからバーン! という大きな音が聞こえてくる。
釣られて空を見上げると、特大の花火が夜空を彩っていた。
「あ、花火!」
「へぇ。大きいわね」
「本当に打ち上げるとは。これは後でお嬢様はお説教コースですかね。いや、その前に旦那様が心労で倒れているかも……」
三者三様の反応を見せる雪菜にアリサ、一之瀬。猫宮たちも花火に見入っているようだ。
「綺麗だな……」
「おにーさん、おにーさん」
素直な感想を口にしていると、不意に小声で呼びかけられる。
「ん?なんだルリ――」
下を向くと同時に、唇を何かで塞がれた。
「ん……」
一瞬、柔らかい感触が伝わってきたが、それがなんなのか確かめる前に、すぐに離れた。
「おま……」
「しー。大声禁止です、バレちゃったらまずいですからね。ルリたちの関係はいろんな意味で秘密、ですもんね。これでホントの共犯者ってやつです」
人差し指を唇に当てるルリだったが、その顔色は幾度となく打ち上げられる花火の閃光で判別はつかない。
「助けてくれたお礼です。最高にカワイイ現役人気アイドルのファーストキス、受け取ってくださいね」
ただ、小悪魔のようになんとも嬉しそうな顔で、可愛く微笑むのだった。
(……俺のファーストキス、ひょっとしてあいつらに高く売れたのかなぁ)
それを見て、嬉しいよりも先にもったいないことをしたな、なんて考えが一瞬脳裏によぎったのは、ここだけの秘密である
♢♢♢
というわけでここで第3章は完です
次回、第4章「ドキッ!湯けむり監禁リハーサル!」編を鋭意執筆中ですので、またよろしくお願いいたします。
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