無駄にスペック高いんだよなコイツ……

「やっぱあっちーな、おい」


 試合は始まったものの、それはそれ。これはこれ。

 気温は高いし普通に暑い。手でパタパタと扇いでみても、当然ながら効果はないし、俺のテンションはあっという間に急降下だ。

 午前中だからこれでもまだマシだというのが、より一層俺のやる気を損なわせている。

 こんな暑さの中、全力でプレイするやつらがいるとしたら、それは元気が有り余っている運動大好きな陽キャさんか、暑さで頭がやられたネジの飛んだ人のどちらかだろう。

 そんなことを思いながら、俺はフィールドへと目を向ける。

 そこでは丁度、クラスメイトの佐原が大声を張り上げながら、相手チームの選手に渾身の殺人スライディングを仕掛けているところだった。


「うおおおおおおおお!!! しねぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!」


「ぎゃああああああああああああああああ!!!」


 およそ球技大会で聞くことはないだろう悲鳴と共に崩れ落ちる相手選手。

 体格もいいし、見たところ運動部所属の生徒みたいだが、佐原相手に当たり負けしているあたり、ここ数週間の特訓の成果は如実に出ているようだ。実に恐ろしきは欲望といったところだろうか。

 

「っしゃあっ! よくやったぁっ! 俺たちも続くぞぉっ!」


「ボールを持ったやつは皆殺しだっ! 俺たちの勝利を阻むものは全て抹殺するんじゃあああああああ!!!」


 歓喜の声を挙げるチームメイトたちは、。どいつもこいつも完全にキマッているとしか言いようがない表情をしていた。

 念のために言っておくと、一応相手は死んではいない。

 足はちゃんとボールにいってたし、別に引っ掛けたとかそういう悪質なプレイもしていないので、審判の笛だって吹かれていない。

 真っ当にルールの範囲内で行われたプレイであるし、そもそも俺たちの作戦がそういうスタイルで実行されているものだ。


「く、くそっ! させるかよっ!」


「うわっ!」


 だが相手も流石三年生。後輩に負けるわけにはいかないと思っているのか、別のプレイヤーがすぐさま佐山に接近。

 事前に調べていたデータ通りなら、サッカー部のやつだ。

 慣れた動きで、佐山が持っていたボールをあっさりと奪い返す。


「へへっ、ざまぁ! 調子に乗ってんじゃ……」


「隙ありぃぃぃぃぃ!」


「ぎゃああああああああああああああああ!!!」


 が、そいつもまた背後からスライディングを食らい、即座にボールを取られていた。

 経験者ということもあって元々マークしていたからな。

 予め分かっているのに、わざわざ放置するような馬鹿なことはしない。


「ヒャッハー! いくぜいくぜぇっ!」


「な、なんだこいつら! 次から次へと現れて突進してくるじゃねぇか!」


「と、とにかく守れ! シュートさせんな!」


「嫌だ! こいつら怖い! 下手にボールを持つとタックル紛いのことしてくるし、近づきたくない!」


 殺意……もとい、やる気がみなぎっているクラスメイトたちに、相手チームは大いに混乱しているようだ。

 

(よしよし、ここまで作戦通りだな)


 俺が用意した作戦は単純だ。

 相手がボールを持ったら、近くにいるやつが一斉にプレスをかけ、ボールを奪取するというもの。

 近代サッカーではさして珍しくない戦術のようだが、これはあくまで球技大会。

 本職のサッカー部でもない生徒のほうが遥かに多い。

 運動神経のいい面子で固めていたとしても、練習時間は限られている。連携の練度は決して高くないだろう。

 そもそも最初から自分たちが優勝すると自信をのぞかせていたやつが率いるチームだ。

 油断と驕りがあるのは透けて見えていた。俺たちのように、休日にまで練習をしていたわけでも、相手チームを研究していたわけでもない。

 出鼻を挫けばこうなるのも自明の理というやつだ。


「おい、アンタら止めに行かなくていいのか? ディフェンダーなんだろ?」

 

 そしてここで次の一手だ。俺は戸惑っている近くにいたディフェンダーに話しかける。


「えっ、あ……」


「そっちのリーダーが優勝宣言した話は知ってるからな。万が一俺たちに負けるようなら、さぞかしご立腹だろうけど、動かないとまずいんじゃないか?」


 軽く顎で促すと、そいつは慌ててボールを持ったやつへと向かっていく。

 球技大会の性質上、目立ちたいやつは基本前線でボールを触れるポジションにいたがるものだ。

 優勝を目指すと公言しているチームなら、猶更その傾向は強いことだろう。

 守備につかされるやつは例え運動神経が良くとも基本的にクラスでの立場、もしくは性格的に強く出れないタイプだろうと踏んでいたが、ビンゴである。

 ひとりが動いたことで他のやつらも釣られたように同じ行動を取っていく。

 その中にはゴール前を守っていたディフェンダーも含まれており、俺へのマークも当然のことながら薄くなった。


「な……お、おいお前ら! 持ち場を離れるな! そんなにボールを持ったやつだけに集中したら……」


 フォワードのポジションを取っていた上北がこっちに向かいながら焦る様子を見せていたが、もう遅い。


「悪いけど、そのポジションについた時点でアンタはもう終わってるんだよ」


 俺は思わずほくそ笑む。

 球技大会にオフサイドのルールはない。

 例えディフェンダーが俺の後ろにおらず、ここでボールを受けたらキーパーと一対一になることになったとしても、何の問題もないということだ。

 前線からいくら頑張って戻ってこようが、追いつけなければ意味がない。

 手を挙げると、それを待っていたかのようにパスが飛んでくる。

 後はもう、小難しい理屈なんざ必要ないだろう。ただ身体を動かす。それだけだ。


「く、くずはらぁぁぁっっっ!」


 もはや間に合わないことに気付いた上北の叫びが聞こえてくるが、もう遅い。

 手薄になっていたゴール前にはほぼ誰もいないのだから。それは文字通り、負け犬の遠吠えというやつである。


「先取点もーらいっと」


 心地よい叫びを耳にしながら軽くトラップして蹴り込むと、あっけなくボールはゴールへと吸い込まれていった。

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