ファンクラブって変人しかいないのかな……
実行委員長による突然の宣戦布告。
会議初日に落とされたこの爆弾は、集まった実行委員たちを混乱させるには十分足りうるものだった。
会議室はざわつきはじめ、先ほどとはまた違った混迷を生んでいる。
「え、あの、ちょ、ちょっと皆落ち着いて! 委員長、いきなりなにを言い出すんですか!?」
その一方で三年生と思わしき生徒が事態を収束させるべく動いているが、ほとんど焼け石に水だ。
まぁ当然だな。あんな発言をした当の実行委員長が落ち着き払った態度だし、訂正する気もなさそうに見える。
おそらく何も聞かされていなかったんだろうし、そこは素直にご愁傷様と言っておこう。
「何か問題でも? 俺はあくまで、事実を言っただけさ」
「いや事実と言われても! あの言い方じゃ、まるで八百長でもするかのようじゃないですか! それは流石にまずいですよ!?」
そこでようやく得心がいったのか、上北は「ああ」と頷き、
「そうか。それは誤解させて済まなかったな。八百長や不正をするつもりは一切ない。そんあことをしなくても、うちのクラスは勝てる。おそらく、圧勝も余裕だろうな」
またも火に油を注いでいく。
こいつ、喋らせちゃダメなタイプだな。俺には分かる。
そんな空気を読まない実行委員長を冷めた目で見ていると、ガタリというひと際大きな音が室内に響く。
「なんですかそれ。なにを根拠に、そんなことを言うんですか?」
見ると、一人の男子生徒が立ち上がっていた。眼鏡をかけ、真面目そうな容姿をしているが、これまた結構なイケメンだ。
「君は確か……」
「一年B組の三下です。委員長、貴方は先ほど優勝するのは自分たちのクラスだと言いましたが、何故そんな自信があるのですか。実力で勝てるというのでしたら、その根拠を是非お聞きしたいですね」
三下と名乗った生徒は、一年生ながら結構気が強い性格のようだ。
上級生である上北のことをまっすぐに睨みつけていることからもそれは察せられるが、やはりというべきか。上北は涼しい顔を崩さない。
「フッ、まぁ簡単なことさ。俺たちは三年で、二年生以下とは基礎体力が違うというのがまずひとつ。だが、それ以上にうちのクラスは今、極めてモチベーションが高いんだ。なにせA組にはあの春風真白が在籍しているのだからね」
春風真白。
その名前が出た瞬間、多くの生徒が反応を示す。
「その様子だと、やはり皆知っているようだね。そう、『ディメンション・スターズ!』のリーダーであるあのマシロだ。ステージの上では最年長として明るく振る舞う彼女だが、クラスではクールで寡黙。休み時間はいつも本を読んでおり、その姿はどこかミステリアスですらある。謎を秘めた一人でいることを好む孤高の女神さ」
誇らしげにマシロについて語る上北だが、その内容は少し意外なものだった。
『ダメンズ』を取りまとめる彼女は常に優しい笑みを浮かべていて、どちらかというと包容力のある年上のお姉さんという印象があった。クールと言われても、俺には正直ピンとこない。
その気持ちは皆同じなのか、一様に微妙な顔をしている。それを見た上北は小さく苦笑すると、
「まぁ気持ちは分かるよ。だけど、そのギャップもまた魅力的でね。うちのクラスは皆マシロにやられているというか、彼女の大ファンであるやつばかりなんだ。勿論俺もそうだ。マシロのためにも、俺たちは絶対負けるわけにはいかないのさ」
口ぶりこそ多少軽薄なものはあったが、その気持ちは本物なのだろう。
自分たちが必ず勝つという、並々ならぬ決意を確かに感じる。
「なるほどな」
俺は小さく頷いた。上北の妙な自信に納得がいったからだ。
確かに球技大会は推しのアイドルに間近で活躍する姿を見せる、絶好のチャンスである。
思春期男子なら張り切らない理由はないだろう。むしろ『ダメンズ』のダブルセンターを擁しながら、俺が扇動するまでやる気皆無だったうちのクラスがおかしいのだ。
「ま、そういうわけだ。幸いうちのクラスは運動が出来る生徒も集まっているし、普通にやっても優勝する可能性は高いと踏んでいるよ。ここで事前に話したのは、俺のクラスになら負けたとしても仕方ないと思ってもらえると助かるからだね。お互い、恨みっこなしでいい大会にしようじゃないか」
実行委員たちの顔を見ながら満足そうに頷く上北だったが、なーにが恨みっこなしだよ。
納得は出来たが、それはそれとしてやってることは普通にセコい。ただの牽制じゃねーか。
出鼻をくじくのは戦略としてはアリっちゃアリだが、それをやるのが実行委員長ってのが最悪だな。
逆らいにくいポジションのやつにこんなことを言われた日には、反論だって中々しにくいが、三下はそういうタイプではなかったようだ。
「……恨みっこなしって言いましたね、委員長。それはつまり、僕たちのクラスが委員長のクラスに勝ったとしても、笑って祝福してくれると解釈してもよろしいでしょうか?」
それは事実上の宣戦布告。
上北を睨みながら、お前たちには負けないと、ハッキリ口にした。
「ああ、勿論だ。だけど、勝てると思っているのかい?」
「勝負はやってみないと分かりませんよ。それに委員長は自分のクラスに『ダメンズ』がいると言いましたが、忘れたんですか? うちの学校には『ダメンズ』のメンバーが全員いるということを……」
「ほう、もしや君のクラスにも……」
「ええ、いますよ。ルリ様がね。あの方に無様な姿を見せるわけにはいかないんですよ。僕にはファンクラブナンバー005としての誇りがあるのでね……」
眼鏡を怪しく光らせてながらクイッと持ち上げる三下くん。
若干雰囲気がおかしい気がするのは気のせいだろうか。てか、この流れでファンクラブナンバー言う必要あった?
ツッコミどころがかなりある。
「ほう、君もまさかファンクラブナンバー一桁だったとはね。お会いできて幸栄だよナンバー5。ナンバー6として、君とは是非お手合わせ願いたいものだね」
「へぇ。委員長も一桁ナンバーだったんですか。ていうか、6? 僕より格下の分際でよくも偉そうなことを言えたものですね、敬語使えよ、デコ助野郎」
歪んだ笑みを浮かべる上北と、高速で眼鏡をクイクイさせる三下。
まさに空気は一触即発。だけど張り合ってる内容はしょうもない。
とりあえず分かったのは、こいつらは伊集院と同じような人種であるということだけだ。
「あの、会議はもう終わったんですよね。俺、もう帰っていいですか」
これ以上話を聞いていても無駄だと判断し、俺は席を立ち上がった。
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