第12話

「今から空いてるかしら。ちょっと個人的に会って話をしたいの」

 斎から誘いの電話が掛かってきたのは翌日の夜八時であった。

 夕飯を済ませた直後の連絡に真は驚いた。大学時代にも斎とはラインで時折連絡を取っていたが電話は珍しかった。

「どうした。明後日には大社行くぞ」

「そうなんだけど、姫香ちゃんには聞かれたくない私事もあるから。それに連れて行って欲しい場所もあるのよ」

「俺、車は無いぞ」

「知ってるわ。あなたのバイクに乗りたいの。二人乗り出来るんでしょう」

「出来るがメットがないと無理だ」

「大丈夫、知り合いから中古を貰い受けたから。じゃあ大社の石輪橋の前で待ってるわね」

 殆ど一方的な約束を取り付けられた真は仕方ないと頭を掻いて外出の準備をした。


「急なお願いでごめんなさい」

 白のフルフェイスヘルメットを両手で抱え持った斎はハンターカブで迎えにきた真に恭しく頭を下げた。強引な頼み事であったがこういう親しき仲にも礼儀あり的な態度はさすが作法を重んじる巫女長である。

「斎だから別にいいけど」

 バイクを降りた真は思わず斎の格好を凝視した。長い髪を三つ編みにし、カーキ色のバイクパンツを履き、少し大きめの黒いライダースジャケットを羽織っていた。

「借りたんだけどやはり似合わないかしら」

 斎は真の視線に気付いて恥ずかしそうに尋ねた。真は咳払いした。

「いや、似合ってるよ。斎はいつも巫女姿だから驚いただけで」

「私だって私服くらい持ってるわ。普段それを着て出て行く時間がないだけ」

 そうか、と真は大野家の厳格な因襲を思い出した。家は裕福だが外出もままならぬ籠の中の鳥。

「でも家はいいのか、こんな時間から男と出歩くなんて。それも婚約者がいる身で」

 真の懸念を余所に斎は浮かれて笑った。

「今日に限ってはお母様が特別に許して下さったの。それに相手は幼馴染みの真君だもの。信頼されてるから」

「あはは、研究馬鹿の俺は人畜無害だから大野家から許可が下りたのかな」

「人畜無害だなんて。歴史に造詣が深い博士の真君は家でも一目置かれているのよ」

 目尻を下げて斎は真の評価を述べた。

「そりゃ光栄だ。ところでそのメットだけどちょっと細工していいか」

「細工?」

「インカムだよ。メット被っているとお互い声が届かないだろ。これで無線通話するんだ。俺のメットにはもう取り付けてあるから、斎のにも付ければ走行している時も常に話せる」

 真は八センチくらいの通信機を掌に置いて見せた。

「便利ね。じゃあお願いできるかしら」

 斎はヘルメットを手渡した。真は斎をバイクのシートに座らせて十分間くらいヘルメットに機械を取り付けていた。

「よし出来た。チェックするか」

 真は斎にヘルメットを被らせて外側に付けられたインカムのボタンを押した。

「あーあー、斎、感度はどうだ」

 真も自分のヘルメットを被り、伸びたマイクへ声を出した。

「ハッキリ聞こえるわよ、真君」という斎の声がスピーカーから流れてきた。

「オーケー、じゃ出発するぞ」

 タンデムシートに斎を乗せると真はペダルをキックしエンジンをかけた。

「ところで斎はどこへ行きたいんだ」

 と、問い掛けると軽快なマフラー音に混じって斎は「明神湖に」と切り出した。

「明神湖……」

 姫香の荒い運転を思い出した真はその地名に軽いトラウマになっていたが斎の要求なので叶えてやる事にした。

「落ちないようにしっかり俺に掴まっててくれよ」

「了解」

 斎は真の腰に腕を回すと楽しそうに返事をした。

 そうしてアクセルを回しバイクは走り出した。

 斎の私事とは何か知らないが、こうしてバイクで外出するのも初めてらしいので真は夜桜見物も兼ね桜咲く相川沿いの道を選んだ。

 そうして間も無く相川に架かる御幸橋の近くで暫しバイクを止め、斎に鯉のぼりと桜の競演を堪能させた。夜分なので鯉のぼりこそ朧気にしか見えないが街灯に所々照らされた夜桜は幻想的に映えていた。

「わあ、綺麗」

 ヘルメットを取って斎は無邪気に感動の声を上げた。

 真はそんな斎を悲しげに見つめていた。高校の登下校も斎は車での送迎であった。学校と家への行き帰りだけの変わらない景色にどれだけ退屈しただろう。欲しい物があっても大野家の誰かが買ってくる。だからショッピングの面白さも知らない。

 巫女舞の練習や茶華道、琴の稽古があるからと高校の部活動は入部さえ許されなかった。才色兼備を当然のように強要され、趣味や交友関係すら親に決められる。

 真と剣吾は幼馴染みで礼儀もあったから辛うじて認められたものの、近付こうと企む男を上手くあしらえないのは斎の断り方が悪いと亡き祖母に叱られていたという。

 真は姫香が、箱入り娘の虚しさと辛さなんてちっとも知らないクセに、と憤っていた事を思い出した。

 敷かれたレールに乗っていくのが楽な人間には旧家名家は適うのだろうが、真の目には斎はどこか感情を押し殺しているようにも見えた。

 大野家の娘だからと礼儀作法を徹底的に教え込まれ、決して怒鳴る事も泣く事さえしなかった。それは「大野斎」という人格でなく、大野家を継いでいく巫女という存在にしか感じられなかった。

 それでも斎は一切反抗しなかった。「私は大野の娘だから」と静かに笑っていた。強がりかもしれないが、どこか出生に対する諦めの気持ちが芽生えていたのかもしれない。真はそれならそれで斎が選んだ道だからと姫香のように異論は唱えなかった。

 ただ、今日だけは羽目を外してもいいんじゃないかとサイドバックから一本のドリンク缶を手渡した。

「これは何、真君」

 姫香は不思議そうに表面のデザインを見た。ほろよいアイスティーサワーと書かれた背景にはグラスに入った冷紅茶とレモンが描かれている。

「酒だよ。後ろに乗る同乗者は飲んでもいいんだ」

「でも私、お酒は家で禁じられてるから……」

「知ってるよ。でも今日くらい良いだろ。折角だ、花見酒と洒落込もう。度数も低いからアイスティー飲んでる感覚だし、さっぱりしているから俺のお気に入りなんだ」

「じゃあ飲んでみようかしら」

 恐る恐る斎はドリンクに口をつけた。そして驚いた顔で感想を述べた。

「美味しい。本当にアイスティーみたい。アルコールって感じはあまりしないわ」

「だろう。斎なら気に入ってくれると思って家から持ってきたんだ」

 すると斎はハイペースでみるみる一缶空けてしまった。

「おいおい、大丈夫か」

「平気よ。もしかすると私酒豪なのかも」

 真は苦笑し川を見た。

 鯉のぼりのシルエットが風に乗って穏やかに流れている。

「日に日に暖かくなってくるな。正に、相川や東風こち吹き送る巫女が袖、だ」

 その句を耳にして斎はふふふと笑った。

「それは相川でなく河内路よ。でも与謝蕪村よさぶそんの句をもじられるとは誉れだわ」

「はは、斎と話すとポンと普通に返ってくるから楽しいよ。姫香ならこうはいかない」

「得意不得意は誰にでもあるわ。姫香ちゃんのように私は早く走れないもの」

「そうだな。じゃそろそろ目的地に向かうとするか」

 真は空き缶をサイドバッグに片付けると再び明神湖目指してバイクを走らせた。

 道中二人は無線で、今日何を食べたかとか、面白かった本の内容とか、他愛もない会話を延々と続けていた。斎も本当に楽しいのかいつもよりずっと多弁になっていた。

 そうしている内に山道に差し掛かり、バイクは真っ暗な北へと進んでいく。

 真はハイビームと後付けのフォグランプを併用してダム湖へ向かいシフトダウンしてアクセルを開け二人乗りでも難無く湖の入口に着いた。

 東に向かう道の途中で斎が停めてと言うので真はそこでエンジンとライトを切った。

 下車してセンタースタンドを立て、二つのヘルメットを両ミラーに引っ掛けて、周囲を眺めてみれば辺りは深い闇に包まれ、南側に僅かな夜景が煌いている。

 真は念のためスマホのライトだけは胸ポケットの中で点灯させた。

 その薄明かりは真と斎の距離を照らす柔い光源となった。

「もっと夜の絶景を期待していたのだけれど」

 バイクから降りて夜景に近寄った斎は少し気が抜けたような顔をした。

「何だ、それなら池田山とか赤坂のこくぞうの方に連れて行ってやったのに」

「急な頼みなのにそこまで迷惑かける気はないわよ」

 斎は遠慮がちに頭を振った。真は右隣に立って鼻息をついた。

「ふ、夜景なら真禅院からでも楽しめるからな。でも、斎」

 明るい光りがない代わりにと真は後ろの北側の黒い空に手を向けた。

「星がよく見えるぞ」

「本当ね。瞬きが美しいわ」

「だろ? あそこに見えるのは錨星いかりぼしのカシオペア座、近くにはキリン座、北斗七星のおおぐま座、その隣にはりゅう座。こぐま座の尾の先端が北極星」

「詳しいのね」

「星座も一つの文化だからな。日本も今じゃギリシャとかローマ神話の影響で認識されているけど、江戸時代までは中国の星座を使っていたんだ。十二星座は太陽の通り道にある黄道にあるけど、中国では月の通り道である白道に二十八の星座が作られた。北極星も天帝と呼ばれていたし星座の形も東西では全く違う」

「へえ」

「ほら、あそこに器が下を向いた北斗七星が見えるだろう。丁度柄がやや右下に向いている」

「うん」

「中国楚の思想家の著『鶡冠子かつかんし』に、斗柄とへいが東を指せば天下は皆春、南を指せば夏、西を指せば秋、北を指せば冬とあって季節を示す星とされてきた。一時間で反時計回りに十五度動くから時間も計れる。それにあの星一つずつにも名前がある。器の部分の左端の星から右上、そのまま右下、そして下に。それがアラビア語を語源とする固有名ではドゥベ、メラク、フェクダ、メグレス。そして柄の部分の三星はアリオト、ミザール、アルカイド。唐の密教教典では同じ順で貪狼星たんろうせい巨門星こもんせい禄存星ろくそんせい文曲星もんごくせい廉貞星れんていせい武曲星むごくせい破軍星はぐんせい。それは各々日輪菩薩、月輪菩薩、光明照菩薩、増長菩薩、依怙衆菩薩、地蔵菩薩、金剛手菩薩に当てられている。これらの星を勧請して祈祷する法を北斗尊星そんしょう法と言って……」

 ここで真はまた語り過ぎたと気付きハッと口を止め自嘲した。

「すまん、これだから俺は馬鹿だって駄目出しされるんだよな」

「どうして、私にはとても趣深いわ」

「姫香には空気読めないって叱られるよ」

「そんなの姫香ちゃんが真君を過小評価しているだけでしょう。誰だって他人の内面は決して見えないし触れられない」

 斎は道際のガードレールを掴んで体を揺すった。

「私ね、本当は勉強なんて好きじゃないの。箸の上げ下ろしの作法も習って料亭で和食を前にするけど本音はハンバーガーをみんなみたいにかぶりつきたい。ウィンドウショッピングで一日潰せたらどんなに楽しいか。音楽も流行のポップとか聴きたい。カラオケだって憧れてる。一度高校の時ケーキを持ってきてくれた子が分けてくれてね、とても美味しかったわ。そうよ、和菓子より洋菓子が好きだって大声で知らせたい」

「斎……」

「でも出来ない。私は大社に務める大野の巫女だもの」

 その憂えた横顔に何の労りも見つからず黙ってしまった真に斎は振り向き、更に思い掛けない話を口にした。

「私、実は婚約を解消しようと思っているのよ」

「え」

 突然の告白に真は驚愕した。

 私事の話がまさかこんな重大な件だとは予想していなかった。

「相手の橘さん、何度もお会いしたけれど、人当たりも良くて誠実で本当に紳士的な方なの。でも私には荷が重すぎる感じがして」 

「荷が、重い?」

「いえ、そんなのは繕った言い訳だわ。彼、穏やか過ぎて覇気がないというか、きっとこのまま成り行きで結婚すると私が潰れてしまいそうで怖いの」

「大野の家はそれを許すのか」

 真は案じ顔を向けた。思いの丈を吐露した斎は翳りを帯びた瞼を半分閉じた。

「きっと許さないでしょうね。物凄く叱責されると思う。結婚日まで幽閉されるかもしれない」

 だから、と斎はゆっくり瞳を開けて真を見詰めた。

「真君、いっそこのまま私と駆け落ちしない?」

「……は」

「私、あなたとだったら楽しく生きていける気がするの。あなたを支えるためならどんな仕事だって厭わない。私達相性も良いし、きっと明るい未来になるわ」

「はは、今になってアルコールが回ってきたか。生憎、酔っぱらいの戯れ言は信頼しない質でね」

 真は軽く笑ってはぐらかした。

「酔ってないわ」と斎は真の腕を握って真剣な眼を向けた。

 黒曜石のような黒い眼がスマホライトに照らされ妖しく光っていた。

「私、あなたが子供の時から好きだった。活動的で頭が良くて凄く眩しかった。私とは対極的な生き方をしていた真君は私の理想そのもの。中学の時一緒の部で活動したあの時間は私の宝物だった。高校まで同じなのは驚いたけどあなたの姿を見かける度に胸が高鳴っていたの。東京へ行ってしまったのは寂しかったけれどあなたはよく連絡をくれた。それがとても嬉しかった。そしてまたこうして帰ってきてくれた」

「斎」

「中二のバレンタインにあなたへ金つば渡したの覚えてるかしら。毒味だって」

「覚えてるよ」

「あれはただの口実よ。本当はチョコレートを渡したかった。そして真君が好きですって告白したかった。姫香ちゃんよりずっと恋い焦がれてますって」

「……姫香?」

「やっぱり気付いてなかったのね。いえ、気付いてないのね。あの子も真君に思いを寄せているのよ。あなたの側にいたかったから部活も文化系にしたの」

「いやいや、それは友達の斎と一緒にいたかったからじゃ」

「本当に鈍感。姫香ちゃん、私にライバル宣言してきたのよ。幼い頃ブルドッグに襲われそうになったのを真君が身を挺して守ってくれた時から好きになったって。それにあなたが東京に行ってから季節が変わる度に、真に彼女出来てないかなってそれとなく聞いてきたもの」

「あいつ、それで俺のプライベートやたら詮索してきたのか」

「それで私を連れて逃げてくれないかしら。私自由に生きたいの」

 すると真は斎の手を離させて首を振った。

「悪い、俺はお前の人生を背負えるだけの頑丈な背中を持ってない。それにそれは多分俺の役割じゃない」

「そう」と斎は残念そうに項垂れて、

「今の会話は全て忘れてくれると助かるわ」

 と呟いた。真は「すまない」と一言口にするしかなかった。

「帰りましょう」

 斎はバイクに歩を進めたが、真は後ろから斎の手を力強く掴んだ。

「俺だってお前が好きだった。俺にもそれは大事な思い出だ。どんなことがあっても決して忘れないよ」

「忘れない、本当に?」

 斎は少しだけ頬を緩ませて尋ね返した。

「ああ、忘れない」

 真は再度真剣な顔で明言した。

 斎はそう願うわと小声でヘルメットを被り、運転の準備をする真に掴まった。

 行きと帰りでこれ程状況が変わるとは思ってもいなかった。真は口を噤んだままでいる斎に何と話し掛けていいか迷っていた。

(こんな時、姫香なら馬鹿話でも通じるんだけどな)

 すると出発して直ぐ後方から車のエンジン音が耳に届いてきた。ダムの周回コースに誰かいたのだろう。ミラーを見ると暗闇の中、車のヘッドライトが近付いてくるのが確認出来た。

 ここは道が狭いから急いでいるようならどこかで譲るか、と真は考えていたのだが、いつの間にかその車は異常にスピードをあげて間近に迫っていた。

 どれだけ暗くてもテールランプが点いているからバイクの存在に気付いていないとは考えにくい。真はたちまち嫌な胸騒ぎを覚えた。

 何とカブのミラーに映ったのは黒のアルファードであったのだが、運転者はあろう事か舞楽でつける金色の蘭陵王らんりょうおうの仮面を被っていたのである。

 視野を広げるために眼の部分は大きく刳り抜いてあるのだが、何よりナンバープレートが全て黒いガムテープで幾重にも覆われていた。

(例のヤツが現れたか)

 どんどん詰め寄ってくるアルファードに真はインカムで斎に大声を出した。

「斎、犯人が後ろから接近してる」

「え、犯人」

「例の俺を襲ってきた奴だ。危ないからしっかり掴まってろよ」

「わ、分かったわ」と斎はより強く真にしがみついてきた。

 真はアクセルを全開にしたが、何せ相手はミニバンでこっちはカブの二人乗りだ。離したと思えば間髪容れず追いついてくる。

 そして何度もバイクのリアフェンダーの端に執念深く体当たりをしてきた。見えないがその樹脂部品はかなり破損しているだろう。

「こんにゃろ、捕まえて絶対弁償させてやる」

 真は抜け道代わりに禅幢寺の青空駐車場にバイクを乗り入れたが、相手も暗さを物ともせず直ちに追い掛けてきてバイクの後ろを執拗に狙ってきた。

 真は駐車場を回転するように逃げたが向こうも巧みなハンドル捌きでぴったりついてくる。逆回転で走っても同じコースを辿る。

 ライトに照らされた砂埃が舞う中ひたすらチェイスが続いた。

「ならこっちはどうだ」

 行く手を阻まれた真は禅幢寺の前の地蔵堂を南に横切る脇道を選んだ。

 本来車輌が通行しない草が生えた狭い歩道である。

「斎、ちょっと飛ぶぞ。落ちるなよ」

 石の一段でバイクは宙に浮いてドンと着地した。

「さすがにここの狭い道までは来れないだろ」と安心して振り返れば全く躊躇無く仮面の車は追跡してきた。

「追ってくんのかよ。マジで殺す気か」

 直ぐアクセルを再度全開にして急坂を下り、新垂井線の桁下防護工を横目に桁下をくぐり抜けスピードを上げた。相手も形振なりふり構っていないのか防護工に接触し左のドアミラーを折りながらも付け回してきた。

 真は岩手郵便局までの直線を必死に逃げたが性能が違いすぎる。

 日常乗りのカブにアルファード以上の速度が出せるはずもない。まして重量にも差があり、高速で体当たりされれば一溜まりもない。

 ドンと更に強い追突がバイクを大きく揺らした。

(まずい、このままじゃやられる)

 その時だった。

 ビービーと突然クラクションがアルファードの右から鳴って、「ガツン」とミニバンの運転席側の車体を軽く揺らした。体当たりされたアルファードは咄嗟に停止し仮面男は振り向いた。

 ハスラーの運転席に色を成した姫香が再度クラクションを鳴らし、窓を開け叫んだ。

「私の幼馴染みに何してくれてんのよ。あんたの車ぶつけまくってそのまま警察に突き出してやる」

 さすがに警笛と姫香の大声に臆したのか、仮面男の車は真達を猛スピードで追い抜き、右折して消えていった。

「真、斎、大丈夫?」

「危機一髪、助かったよ、姫香」

 下車し走り寄ってきた姫香に真は感謝したが、斎は、

「どうして姫香ちゃんがここに」

 と不思議そうに聞いていた。

「あ、ちょっと真が斎と出掛けるって小耳に挟んだから……、まあ、その、ね」

 姫香は口を濁したが斎は笑った。

「後をつけてきたの。呆れたものね。でもそのお陰で命拾いしたんだもの。ありがとう」

「いやいや、斎に御礼を言われると複雑だよ」

「でもあなたは私の命の恩人だわ。感謝するのは当然。真君のバイクと姫香ちゃんの車の修理代は私が払わせてもらうわ」

「斎、それには及ばない。代金は犯人からしっかり頂くさ。何となく見当もついてるしな」

「じゃあさっきのは大社の関係者なの、真。あの仮面って舞楽のだよね」

 姫香は高舞殿で舞を奉納する蘭陵王を思い返していた。

 ところが真は曖昧に否定した。

「あの面は大社の舞の物とは違うからどうとも。おそらくネットで買ったバッタ物を改造したんだろう。それはともかく斎、明後日の謎解きの件頼むな」

 真は平然と再確認したが斎は逡巡しゅんじゅんした。

「それ、もう止めておいた方が無難じゃないかしら。真君、蟇股の件で狙われているかもしれないし。私もう真君が危ない目にあうのは嫌よ」

「心配してくれてありがとな。でもきっとその時には色々な問題が氷解すると思う」

「氷解って何」

「全てが終わったら分かるよ。じゃ家まで送るから」

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