まさかの再会
……しみじみ思う。
どうして女の子は、こうも買い物に時間が掛かるのだろうか。
店舗前に置かれたベンチに座りながら、俺はその理由を考えていた。しかしながら、当然答えなんて出てこない。
ふぅ。1店舗目のランジェリーショップも結構な時間だったけど、2店舗目の服屋さんも……まぁまぁの時間だぞ?
立ってるより座っている時間の方が長いとはな。けどまぁ……心底楽しんでる2人の姿を見ると、どこか許せてしまう。
そもそも異性の家族が出来たからこそ、こういう待ちぼうけという体験が出来ている気もする。
買うものは事前に決めるタイプで、買い物に5分も掛からない俺達男性陣からは想像も出来ないのは間違いない。
「父さんと2人だったら、こういう光景もこう言う考えも浮かばなかったんだろうな……」
とはいえ、時間はもうすぐお昼。しかも、流石にお尻が痛くなってきた。
そういえばここに来る道中で、お昼はイタリアンレストラン トマト&トマトが良いって言ってたよな? 先に行って、席でも取ってよう。
じゃあ美由と美世ちゃんは……この店広すぎて、入口からじゃ見えないな。じゃあ、ストメでもしておこう。
……っと。じゃあ行きますか。
★
「いらっしゃいませー。お好きなお席にどうぞー」
こうして到着したトマト&トマト。価格は家庭的でありながら、本格的な料理が楽しめるとあって、結構有名なお店だ。幸い、昼前と言う時間帯もあって、席には殆どお客が居ない状態。
じゃあ、窓際で良いかな? よっこいしょ。
席に付くと、とりあえずメニューに目を向ける。本格パスタかぁ……超絶オムライスか……はたまたドリアか……なんて、迷いに迷っている時だった。
「いらっしゃいませ。ご注文……あっ」
水を置く音と共に聞こえてきた声。その驚いた声に……正直嫌な予感しかしなかった。
「なんだ空じゃん。久しぶり」
ただ、続け様の声に……それは確信に変わった。
この声は……まさかここで再会するとは思わなかった。
何とも言えない感情が渦巻く中、俺はゆっくりと視線を上げる。すると、そこに立っていたのは……
「まさかここで会うとはねぇ」
ある意味、忘れかけていた人物が立っていた。
「ひっ、久しぶり。
「樫乃って、何? 改まっちゃって」
改まって……か。そうだな。樫乃が言う通り、元々俺達は小学校1年から知り合いだった。そして勿論名前で呼び合う仲だった。そうだったんだ。あの出来事が起こるまでは。
「まぁ。久しぶりだし」
「そういえばそうかも。2年ぶりくらい?」
小学校1年から同じクラスだった樫乃。ちょっと自信家っぽい口調ではあったけど、それも気にならないくらい明るくて、話しやすかった。
それから中学2年まで一緒のクラス。テニスの事も応援してくれて、冗談も言い合える……俺としては結構仲良くなったと思ったんだ。
好意を抱く程に。
でも、中学2年になった頃からかな? 少しずつ俺に対する雰囲気が変わって来た気がした。
今までも自信たっぷりな言動はあったんだ。それこそ命令口調って言うのかな? けど、それも冗談の様に結局は明るく振舞ってくれていた。
ただ、なぜかは分からないけど、徐々にその命令口調の比率が高くなってきて……
―――ん? どしたの。用事ないなら話しかけないでよ―――
―――日直の掃除? 空やっといて―――
―――宿題忘れた。早く見せなさいよ空―――
最初は、期間的にそういう態度を見せるドッキリか何かだと思った。ましてや、その頃には俺は樫乃の事が好きだったし。
でも、一向に変わる事はなかったんだ。
俺自身焦った。何か変えないとまずいのかなって思った。だから俺は……今の関係をどうにかしようと思って……自分の気持ちを伝えたんだ。
『はぁ? 本気で言ってんの? マジ無理』
『あんた、ちょっと仲良くしてあげただけで、勘違いしてない? そもそもテニスも続けられない軟弱な男の事、好きな奴なんて居ると思うの?』
『昔からの情けで、仕方なく仲良い振りしてたってのに気付けって。身の程を知りなさいよ?』
正直堪えた。
冗談も言い合えるくらい仲が良い。
もしかしたら、樫乃も自分に少しは好意を抱いているんじゃないかって淡い希望。
その全てが吹き飛んだ。
それからすぐ、樫乃は親の都合で転校して行った。その先は分からない。いや、誰かが言っていたのかもしれないけど、自分の脳が遮断したんだと思う。
それから、約2年。美耶さんと美由と美世ちゃんが正式に家族になって、そんな悪しき記憶は、消えつつあった。
けど……
「にしても、あんた1人でここ入ったの?」
まさか、こんなところで再会するとは。
「ちょっと私だったら無理なんだけど? 1人とか。ダサっ」
しかも相変わらず……上から目線だな。
「まぁ別に良いだろ?」
「いやいや、ボッチ1人とかお店の雰囲気考えてよ? ここは家族・カップル達が楽しく美味しくご飯楽しむ所なんだよねぇ」
……なんだろう。昔の記憶が蘇ってくるな。少なくとも小学校辺りの樫乃なら、
『なんちゃってね! 今の時代1人のお客さんも増えてるし全然問題ないって。ゆっくりして行きなよっ』
なんて続けるんだろうけど……
「陰気臭さ出すのは止めてよ? 大体1人御用達の店なんて腐るほどあるでしょ。空気読みなさいよ」
やっぱある意味変わらないな。
……昔の俺。よくこんな奴に告白したな。よくこんな奴の事好きだったな。
「お1人様お断りなんて張り紙はなかったけど?」
「そんなの張らなくたって、普通の人なら察するでしょ?」
あぁ、マジでその不敵な笑みと言う奴……腹が立つな。
「まぁ、そんな陰気な様子じゃ彼女なんて一生出来る訳ないし、ここはあんたには無縁な場所なんだよ? 分かったらさっさと……」
「あっ、空~! お待たせ!」
その時だった。雑音の中、耳に通る一筋の声。その聞き慣れた声は、この場において何とも綺麗で可愛く聞こえた。
そして、満面の笑顔で近付く姿に、これ程安心感を覚えた事はなかった。
「時間掛かっちゃってごめ~ん」
「全然だよ。美由」
「本当~? あっ、ちょっとすいません前通りますね?」
「なっ!」
おっ、美由の奴あからさまに樫乃の前横切って、俺の隣に座ったぞ? それにしても、樫乃の奴……結構驚いてるな。
「えっと~何食べようかなぁ。って、あれ? なんか2人で話してたような……お知り合い?」
「えっ? あぁ、この人は……」
「どっ、どうも? 空の幼馴染です」
幼馴染!? その基準が良く分からないけど、んな事今まで1度も言った事無いだろうよ。
「幼馴染なんですか~」
「そうですよ? それであなたは……」
「私ですか? 美由と言います。空の婚約者です」
「はっ!?」
なっ! 婚約……って、しかも腕掴んで胸に押し付けるなって! まてまて。家の中ではそんな発言は結構多かったけど、学校や外ではそう言う事言った事無いよな。
しかも、あからさまな行動……もしかして美由。さっきのやり取り聞いてたんじゃ……
「そそっ、そうですか。それにしても、こんなダサくて陰気で芯も通って無い奴を選ぶなんて、見る目無さ過ぎじゃない?」
「えー? そうですか? それってあなたから見た空ですよね? 本音かどうか分かりませんけど。私にとって空は、気遣いが出来て、優しくて頼りになる素敵な人ですよ」
真相はさておき……見ているこっちは、すこぶる気持ちが良いよ。
「はっ、はぁ? マジで言ってんの? まぁ仮にそうだとして、その素敵な彼に昔告白されたんですけどねぇ。もちろん突き返しましたけど。そんなお古で良かったら好きにどうぞ?」
「お古も何も、空は物じゃないので。大体、それって昔の話ですよね? 今の彼の恋人、それを通り越して婚約者は私です。あっ、あなたは知らないでしょうけど、空って男らしいんですよ? それにキスだって抜群に上手で」
「なっ、なに言って……」
「あら、あなたはした事無いの? あぁ、する前に自ら突き返したんでしたっけ? 勿体ないですねぇ」
「ばっ、バカじゃ……」
「それに空って、あっちも凄く上手なんですよ? あれだって物凄く逞しいし……」
……あの? 美由さん? いくら人が居ないからって、ちょっと言い過ぎじゃ……しかも事実と異なる部分もチラホラ見えるのですがっ!
「あっ、頭おかしいんじゃないのあんた! 流石類は友を呼ぶって奴だわっ!」
「それはそうかもしれませんねぇ。とにかく、私と空の相性は抜群なんです。あぁ、そうなるとあなたが空を振ってくれたおかげで、私と空は今こういう関係になれたんですね? じゃあ、お礼言わないと」
「空を振ってくれてありがとうございます。幼馴染さん?」
「つっ、付き合ってらんないわよっ!」
そう言うと、樫乃は足早に言ってしまった。
はぁ……マジであいつと再会した時はどうなる事かと思ったけど。マジで美由に救われたな。
「ん? どうしたの空くん?」
「ん? いや、なんかありがとう」
「何言ってるの? 事実だもん。あともう少しで美世もくるから……一夫多妻だって設定にしようね?」
……流石にそれはどうかと思うけど、助かったよ。
「お姉ちゃん、あの人?」
「そうそう。じゃあ、空くんの対面に座って……」
「おっけぇ。美世もお姉ちゃんも婚約者ね?」
「うんうん」
……おーい? マジで言ってるの? 本気でするの?
「すいませ~ん」
ちょっ、美世ちゃん? ピンポイントで樫乃をっ!
「はーい。ただい……げっ」
「すいませ~ん。食後にパフェ良いですか? スプーンは1個で大丈夫です。おに……彼と一緒に使うんでっ!」
「はっ?」
おいおい、なんで美世ちゃんもノリノリなんだよ。
とはいえ……美由も美世ちゃんも、ありがとう。
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