47:財務局

 財力に物を言わせてフリードリヒの商店を潰す。

 フリードリヒの策にまんまと嵌り、手痛い失敗をした後は、それだけがザロモンの生きがいになっていた。

 そのためならばいくらでも危ない橋を渡ってやる。


 先月フリードリヒを出し抜いた事を思い出してザロモンはほくそ笑んだ。酒に強かに酔っていると玄関からドアを乱暴に叩く音が聞こえてきた。

 しばらくすると執事が出たようだが、今度は玄関が騒がしくなった。

 チッと舌打ちを漏らしてザロモンは玄関へ降りて行った。

「ザロモン男爵ですね」

「そうだが、何の用だ」

「夜分遅くに申し訳ございません我々は財務局の役人です。お手数ですがザロモン男爵の資産を改めさせて頂きます」

「令状はあるのか?」

「もちろんです」

 そう言うと役人は紙を掲げて見せてきた。

 酒に酔った目でそれを見れば、財務長官のサインがあった。



 調査の結果、書類上ザロモン商店に不備は無かった。

 だが、書類上の不備は無くとも取引に不審な点は多く、財務局の一室ではそれらの確認が行われていた。

「さてザロモン男爵。これら伝票には美術品を海外に売ったと書いてあるが、いったいどのような美術品を売ったのかね?」

「さあて見ての通り件数が多くて、いったい何を売ったのやら覚えていませんよ」

「では売った相手は?」

「海外の富裕層です。彼らは物の価値が判らんようで二束三文の品でも喜んで大金を出すんですよ」

「その物言い、私には詐欺まがいの行為に聞こえるのだが?」

「そう言われましてもねぇわたしは商人ですから、相手が買うと言うのなら値を釣り上げるのは当たり前ですよ」

「つまり君は、二束三文で美術品を買い、それを高額で売ったと言うのだな」

「ええその通り。ちゃんと伝わって良かったです」


「ではその美術品の買い取り伝票はどこにあるのかな?」

「え?」

「美術品を買ったのだろう?

 それを買ったと言う伝票はどこにあるんだね」

「その伝票が無かったと言うならどうやら不備のようです。

 申し訳ございません。後ほど商店の者をきつく叱っておきます」

「いいやその必要はない。

 商店の従業員には美術品に関する伝票が存在しないことは確認済みだ。つまりだね、この伝票を書いて処理したのはザロモン男爵、君だと言うことだよ」

「そんな馬鹿な! 商店の者が無くしたに決まってる!」

「本当に? 最初から無かったのではないのかね」

「いや確かにあったはずです!」

「よし私は君を信じよう。では買った人を教えてくれるかな?」

「は?」

「これらの美術品を買った人だよ。

 伝票と言うのはね、お互いに同じ額を書いてやり取りするんだ。だからザロモン男爵が紛失したのならば、買った相手に見せて貰えば解決だろう」

「そ、その通りですが……

 わたしが品を買ったのは露店商でして、あいつ伝票なんて切ってたかなぁ?」

「おやおかしいな。君は先ほど商店の者が無くしたと言ったはずだが、そうなると最初から無かった事になるね」

「いえちょっと勘違いしていたようです。

 露店で買ったから伝票は無かったんですよ」

「ではどこの街の露店で買ったのかね?」

「見ての通り伝票の枚数が沢山ありますから、いろいろなところですよ」

「ではすべて調べるから思い出してくれ」

「どうしてそこまで……」

「どうしてかだって?

 不審な金の流れをすべて調べるのが我々の仕事なんだ。こんなことは当たり前だろう」

 逃げられない。

 そう思ってザロモンはガクリと首を項垂れた。




 ザロモンの商店に財務局の監査が入って数日後フリードリヒの耳にもその噂が聞こえてきた。

 その日の晩餐で、

「ザロモン商店に財務局の監査が入ったそうだ」とリューディアに伝えた。

「監査と言うことは決定的な証拠が出た訳ではないのですね」

「だがその指揮を執っていらっしゃるのは、ペーリヒ侯爵閣下だと言うから時間の問題だろうと思う。

 これもリューディアのお陰だ、ありがとう」

「止めてください。ペーリヒ侯爵閣下を動かしたのは伯父様で、それをお願いなさったのはフリードリヒ様です」

「だが俺の伝手だけではそこまで届かなかった」

「あらフリードリヒ様の伝手の中に妻のわたしは入っていないのですか?」

 笑いながらそう言われてしまえばこの話は終わりだ。貸した金が形を変えて幾倍にもなって返って来たと思うしかなかった。







 二年後……

 ザロモンの商店が持っていた市場は、いくつかの商店が取り合い、混じり合い、その結果、何事も無かったかのように塞がっていた。

 もちろんフリードリヒの商店も市場を広げ、そのために従業員の数を増やした。

 この様にして、あれほど嫌がっていた商店の規模はあっさりと上がった。税金は上がった、だがその反面、従業員が増えたお陰で仕事に余裕が生まれた。


 しかし夫婦は今も変わらず夜の残業を続けていた。

 なぜならここから二人の関係が始まったからで、お互いその想い出が無くなるのを惜しんだからである。

 そして二人が仲睦まじく一緒に残業する限り、フリードリヒの商店がさらなる発展を遂げる事は想像に容易い。



─ 完 ─




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妻は従業員に含みません 夏菜しの @midcd5

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