38:訳ありの侍女②

 その日の夕刻、フリードリヒが帰ってくるや玄関に降りて彼を出迎えた。

「ただいまリューディア」

 フリードリヒはわたしに近づくとそっと抱きしめてくれた。コートから外の冷たい香りがそれに遅れてフリードリヒの香りが追っかけてきた。

 うんいつもの匂いだわと安堵する。

「お帰りなさいませフリードリヒ様。

 先日お話していました侍女が決まりましたので後ほど一緒に挨拶に参りますね」

「ほおついにか。分かった執務室で良いか?」

「はいすぐに向かいますわ」


 フリードリヒは自室に戻って着替えるはず。わたしはその間にアウグスタを伴って執務室へ向かった。着替えるより人を呼ぶ方が早いから当然先に付いたのはわたしたちだ。

 遅れること五分、フリードリヒがやってきた。

「初めまして旦那様。

 私はアウグスタと申します。どうかよろしくお願いします」

「フリードリヒだ。よろしく頼む」

 フリードリヒはそう言うと彼女から興味を失ったかのように仕事を始めた。

 今日は初日と言うこともあり、アウグスタはわたしの近くに座って見学して貰った。そして徐々に仕事を引き継いでいき、お腹が大きくなる頃には手を引ける手筈。

 まあアウグスタがちゃんと出来ればだけどね。


 さて一日を終えて、「どうだった?」とアウグスタに聞いた。

「奥様の文字がとてもお綺麗でびっくりしています」

「うむ。そうだろうとも」

 いやそうじゃなくて……

 と言うかフリードリヒ様も変に共感しないでよ、恥ずかしいじゃないの!

「あーもう! 二人とも! わたしの字はどうでもよろしい!

 そうじゃなくて仕事が出来そうかって話よ」

「それでしたら。複雑な計算はなさそうですから出来そうです」

 普段わたしがやってることは、金額の足し算か、数量と単価の掛け算だ。これはどちらもやり方を知っていれば出来ること。

 それを見て複雑じゃないと言えるのならば、やり方を知っていると言う意味よね。

「じゃあ明日からは仕事を分担するからそのつもりで頼むわ」

「畏まりました」



 そして寝室。

 いまは身籠っているのでもちろんしない・・・けど、二人きりで話をするのにうってつけなので、わたしたちは変わらず同じ寝室を使っていた。

 今日の話題はもっぱら新しく雇った侍女のアウグスタの事だ。

 眠くなる前にと、アウグスタの生い立ちを伝えると、とある伯爵の態度に不満を覚えたのか舌打ちが聞こえてきた。

 そして伯爵の態度が変わった事に関しては、

「お手付きをするような輩だ。

 十年も経てばアウグスタの母よりも若い女性はいくらでも居る、大方そちらの方に気が乗ったのだろうよ」

「やはりそうなんですね……」

「チッ忌々しい。同じ男として恥じだ」

「あの、もしもフリードリヒ様ならアウグスタに手を差し伸べましたか?」

「残念だがその質問は前提から間違っている。

 俺は生涯お前だけを愛すると誓っている。だからその状況が訪れることはありえない」

 ひゃ!? うわぁ部屋が暗くて良かったわ。

 そんな台詞、赤面なしで聞けるわけないじゃないの!?


 それにしても、実はアウグスタの整った顔や見事な躰に嫉妬して、内心穏やかではなかったのだが、今の台詞を聞いて吹っ切れたわ。

「ありがとうございます。わたしも愛していますよ」

 そんな訳で今回はとても素直に言えたと思う。

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