37:訳ありの侍女①
産婆とは違い侍女の方は難航した。
そもそも読み書きや計算と言うのは裕福な家庭で育っていないと習っていない。そのうえ侍女の訓練を受けているとなるとその数は激減する。
デリア夫人にお願いしてから半月ほど経った頃、二十代前半らしき女性がオストワルト子爵家の蝋印の入った紹介状を持って屋敷を訪ねてきた。
彼女は客人ではないから執務室に通して紹介状を確認した。
定型の挨拶などを省けば、『少々訳ありの子』と言うところが気に障った。しかしそれを含めても『可哀そうな子なのでぜひ雇って上げて欲しい』と書いてあった。
「まずは初めまして、わたしはケーニヒベルク男爵夫人です」
「私はアウグスタと申します。よろしくお願いします……」
まずもって自信な下げに俯き、ごにょごにょと話して語尾がはっきりとしないのは頂けない。折角顔立ちが整っていて胸も大きいのに、彼女が醸し出す陰のせいでかなり損をしているわね。
「オストワルト子爵夫人とはどういう縁があったのかしら?」
「私はオストワルト子爵家と直接の縁はございません」
「じゃあここに来る前はどこのお屋敷に務めていたの?」
「どこにも……」
「んんっ? ちょっと待って。あなたは侍女なのよね?」
「侍女の経験はございませんが、侍女の訓練は一通り受けております」
「つまり今までどこにも務めていなかったと言うのね。だったらその技術はどこで習ったのかしら」
「亡き母から習いました……」
「そうなのね、ごめんなさい」
「いえ……」
「実はね。オストワルト子爵夫人の紹介によると、少々訳ありと書いてあるのよ。
もし差し障りなければ教えてくれない?」
「言わないと雇って頂けませんか?」
「残念だけど、何も知らない相手を、常に側に置く侍女に選ぶつもりはないわね」
非情に聞こえるだろうが、言った通り。侍女は常に側に居るのだから、気の合う合わない以前に、信頼もできない人物を選ぶ気はない。
「判りました、お話します……」
アウグスタの話は少々気分が悪くなる話だった。
とある伯爵家に生まれたアウグスタ。ただし彼女を産んだのはその屋敷の侍女で、つまりお手付きと言う奴だ。
妾では無くお手付き。
当たり前だが妻である伯爵夫人に秘密にされた。
子を身ごもり侍女を辞めた母は、伯爵が街中に借りてくれた家に移ってアウグスタを産んだ。それからの数年は幸せだった。食事にも困らず、アウグスタが八歳になると教師がやってきて勉強を教わった。だがそれと入れ替わるかのように伯爵がやってくる頻度が減っていく。
さらに二年も経つと、伯爵はすっかり家に来ることは無くなり、同時に教師も来なくなった。月々の生活費も支払われず、生活に困り始めると母は家を売り、もっと物価の安い田舎に引っ越して母は働き始めた。
またそこ頃から、どういうつもりか、アウグスタに侍女の仕事を教えるようになった。訓練をやらないと食事が出てこないこともあり、彼女は渋々従ったらしい。
苦しく貧しい生活が続いた。そして一昨年前。
母が病に倒れたのを機にアウグスタは再び生まれた街に戻って伯爵を訪ねた。
だが伯爵は使用人を通じて少々の金を渡してきただけで、母にもアウグスタにも会ってはくれなかった。
アウグスタはその金で薬を買った。
それが尽きると今度は住んでいた家を抵当に入れて金を借りた。だがそれでも病は治らずついに母が亡くなった。
少しだけでもお金を貰ったからと、アウグスタは母が亡くなった事を伯爵に伝えた。すると今度は使用人から一通の封書を渡されたそうだ。
それがこの紹介状かと思いきやそうではなく、アウグスタはその後は何度も何度も貴族の間をたらい回しにあったらしい。そして今日、数々の縁を借りてうちに来た。
「要約すると貴女はとある伯爵の娘と言うこと?」
「一応そうなります……」
「ふうん。そうなると伯爵の娘が、それより地位の低い男爵夫人のわたしに仕えることになるのだけど、大丈夫?」
「はい問題ありません。私は自分を貴族だと思った事は一度もございません」
「良いわ。雇います」
「えっ……?」
「確か売ってしまって家は無いのよね、今日から住みこみと言うことで良いかしら?」
「本当によろしいのですか……?」
「とりあえず不満を言わせて貰うと、もう少し明るくしてくれると嬉しいわ」
しかし暗いのは事情を聞けば仕方がない事で、もちろん「おいおいでいいわよ」と続けて置いたわ。
「はい。善処します」
今の返事は今日一番の元気があったかもね。
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