26:船の契約①
港の組合に属していない船と言えば、大抵個人が所有する船となる。それだけでも数は少ないのに、貿易の為に外洋まで出られる大型船となるともっと数は減った。
それこそ名を上げれば精々両手が埋まるかどうかしかいない。
その両手のうち、爵位が高すぎて口も利けない相手が半分いるから、残った片手分に必死に頼み込む以外に残された手はない。
交渉している間にすでに二ヶ月後まで迫った再契約の日。
持ち主がそれらの船を遊ばせている訳はなく、いまその船を借りている人がいる。それをこちらの都合で、二ヶ月後から借りたいなどと言っても馬鹿にされて鼻で笑われる以外なかった。
最後の一人からもあしらわれてついに手詰まりとなる。
酒にでも逃げないとやっていられないと、フリードリヒは大して強くも無いのに、アルコールの強い酒を所望した。
「久しぶりだなフリードリヒ。随分と探したよ」
初老の紳士がフリードリヒの前に座り声を掛けてきた。
見覚えのある顔なのに酒に酔った頭は中々名前を思い出してくれない。やっぱりやめておけば良かったなと後悔したところでやっと名前を引っ張り出すことに成功した。
「ああ……、オストワルト子爵ではないですか」
「君にしては珍しいな。ずいぶんと酔っているではないか」
「はあ、飲まないとやっていられないことがありまして……」
「それは船の話だろうか」
「ハ、ハハハッ、もう噂になってますか。……困ったなぁ」
「なあフリードリヒ。その悩み、儂が何とか出来ると言ったらどうする?」
フリードリヒの眼光が鋭くなった。
「ご冗談を、俺は船を持つ相手にはすべて声を掛けました。そして先ほど全員から断られた所ですよ。どうにかなんて出来る訳がない」
「君はいま全員と言ったが、その中に伯爵や侯爵は入っていたかな?」
「まさかっ! 買える爵位を持つだけの男爵風情が、上級貴族と容易く話が出来る訳がないでしょう」
「確かにその通りだ。
だがなフリードリヒ、君には無理でも儂ならその伝手がある。
どうだ、話だけでも聞いてみないか」
「とても有難いお話ですが、しかし子爵はどうして俺なんかに手を差し伸べてくださるんです?」
「うちの妻がな、おまえさんのところのリューディア嬢ちゃんをいたく気に入っておってな。君が困っているのに手を貸さないとは何事だと叱られてしまったのだよ」
聞いていなかったかなと子爵は苦笑を漏らした。
オストワルト子爵の邸宅に呼ばれたことは聞いていた。しかし最近は船を探すのに必死で、彼女の満足に話を聞いていなかった。
つまり何をしに行ったのかなんて知らない。
そう言えばずいぶんとリューディアとまともに喋っていない様な気がするな……
「子爵の邸宅にお伺いした事は聞きました。ですが最近は忙しくて妻の話を聞いてやれませんでした。済みません」
「おやそれは残念。
彼女はとても愉快なことをやってくれたのだよ」
子爵が知っていて夫の自分が知らない。そう思うと途端に寂しくなり、リューディアと心ゆくまで話したいと思った。
「オストワルト子爵、今の俺は柄にもなく酒に酔っています。
どうか明日、その話をもう一度させて頂けないでしょうか?」
「ああ構わんよ。
ただ、そうだな。場所は儂の家で、リューディア嬢ちゃんを連れてくるのが条件と言うのでどうだろうか?」
「わかりました。妻を連れて必ずお伺いいたします」
子爵は「ではな」と言って去って行った。
それを見送ってからフリードリヒは酔い醒ましのチェイサーを貰ってしばし休んだ。何とか酒が抜けた所で、愛する妻に逢うために馬車を拾って帰路についた。
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