前世おしどり夫婦はもう一度結婚したいっ!

みみみ

第1話 死んだなんて聞いてないっ!

第1話 死んだなんて聞いてないっ!

「…ま!…うさま!…お嬢様!」


はっ!と目を覚まし、辺りを見渡す。

起きたばかりなせいか、頭も視界もぼんやりとしている。


「よかった。お嬢様、とても魘されていましたよ。ほら、汗がびっしょり。」


声からしておそらく若い女性。心配そうに顔を覗き込んでいる。

段々と視界がはっきりとしてくると、それが所謂メイド服を着た可愛らしい女の子だと気がついた。


「あの、ここは…?」

「お嬢様のお部屋ですよ。きっと悪い夢でもみたんでしょうね。」


おそらく10代後半。自分よりずっと年下の女の子から微笑みかけながら頭を撫でられますます混乱する。

視界に続いて頭もはっきりとしてくる。

そう、そうだ。私は普通のOLで、仕事の帰りに甘いものが好きな夫のためにコンビニでスイーツでも買って帰ってあげようかな、なんて。そんなことをぼんやり考えながら歩いてて。それで。それで。


「…あ。あ。いや、いたい。いたい。しにたくない。やだ、さいごに、あのひとに、」


体がガクガク震え、ぼたぼたと冷や汗が止まらない。

自分はただ普通に歩道を歩いていただけだった。なのに、暴走したトラックが歩道にまで乗り上げ、自分はトラックの大きな車輪に踏みつけられた。即死だったらどんなに良かっただろう。腕と脚は踏みつけられ、きちんと体についていたかも分からない。頭を強く打ったのに、痛くて痛くて意識は無駄にはっきりしていて。でも体はどんどん冷たくなっていくのだ。息が苦しい。痛い。痛い。

両腕で体を抱いて震え上がるのをみて、メイド服の彼女はオロオロし始める。


「大丈夫ですか!?きっと悪い夢をみてしまったんですね。とりあえず汗を拭かないと体が冷えてしまいます。お水も飲みましょう。少しだけ待っていてくださいね。」


そう言って慌ててパタパタと部屋から出ていくのを見て、少しだけ落ち着いた。

あれほど痛かった体はもう少しも辛くない。記憶よりもずっと小さい掌をグーパーと握ったり開いたりする。違和感もない。

額の汗を袖で拭って、ふぅ、と小さく息を吐いた。


「…うん。もう大丈夫。…思い出した。」


ベッドから体を起こし、壁に立てかけてある鏡を見る。

プラチナブロンドの長くふんわりとした髪。真っ青で大きな宝石のような瞳。雪のように真っ白な肌。小さな体。

エルシィ・ヴァロア。12歳の、ヴァロア伯爵家長女。それが今の自分である。


「お嬢様!お待たせいたしました!大丈夫ですか?!」

「あ、うん。ありがとう、ミリー。心配かけたわ。大分落ち着いたからもう大丈夫。」


メイド服の女性、エルシィの専属メイドのミリーはニコリと笑いエルシィに水の入ったコップを渡して柔らかな布で体の汗を拭いた。

ミリーはテキパキとエルシィの寝間着を脱がし、家で過ごす用のシンプルなワンピースを着せていく。髪を瞳の色と同じくブルーのリボンで簡単に結うと、鏡に映るのはまるで前世でみたフランス人形のようだな、などと思う。

前世のエルシィはごく普通の日本人らしい見た目だった。真っ黒な髪に真っ黒な瞳。背は平均より少し高いくらい。顔だって、日本人らしいあっさりとした顔。不細工だったわけではないが、特別に可愛い!美人!といったわけでもない。

鏡の前でくるりと回るエルシィに目を輝かせて「とっても可愛らしいです!!」というミリーの言葉はきっとお世辞ではないだろう。自分のことなのに前世平凡日本人の記憶がまじったせいでどこか客観視している。


「そういえばお嬢様、一体どんな夢を見たんです?」


心配そうにミリーは問いかける。

びくりと肩を跳ね上げたエルシィに、ミリーはまたオロオロとし、慌てて「ごめんなさい。思い出したくないですよね。」と謝った。


「いや、気にしないで!少し怖い夢を見ただけ。」


大きなトラックになすすべもなく轢かれ、全身が引き裂かれるような痛みを経験した。痛いのは嫌いだし、苦しいのもごめんだ。しかし、それよりもずっと怖かったのは。


「ねえ、ミリー。ミリーには好きな人っている?」

「…へ?!す、好きな人ですか?!お嬢様のことはとっても大好きですけど…ってそういうのじゃないですよね!」


まさかそんなことを聞かれるとは思っていなかったのだろう。ミリーは顔を真っ赤にしてあたふたしている。

エルシィはそれを見てクスクスと笑った。


「えっと、前に街で見かけた男の人は格好いいなぁ、なんて思いましたけど…。好きな人って言われると、その、あの。」

「ふふっ。ごめんね。困らせようとしたわけじゃないの。」

「…あ!お嬢様、もしかして好きな方でもできたのですか?!」


好きな人ができた、というのは正しくないのだろう。

愛する人を思い出した。でも、その人にはもう会えない。愛する夫は事故で死んだ自分よりきっと長生きしているはずだ。自分よりぽわぽわしていてドジだった夫だがなんだかんだ運はいい方だったし、病気をするタイプでもなかった。悪いことをする人でもないから、きっと長生きして天寿を全うするだろう。ならばこの世界にはきっといない。


「ううん。私きっと、これから好きな人なんてできないわ。」


大好きだったのだ、彼のことが。彼以外を嘘でも愛するなんて。きっと天地がひっくり返っても無理なのだ。


「私は私が愛する人が幸せになってくれればそれでいいのよ。」


そしてほんの少しだけ、自分のことを思い出してくれればいいと、エルシィはそう思ったのだ。

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