ちょっぴり不安定で依存気質な後輩ちゃんと廃墟で過ごした一夜の話

揚羽焦

第1話 よみきかせ

「はぁ……はぁ……何とか撒けましたね、先輩」


「ふふん、私この辺の土地勘あるんですよ。どうです? 役に立ちましたか? 立ちましたよね?」


「えへへ、ありがとうございます。さすがにあれだけの人数から逃げるのは大変でしたけどね」


「そうそう、だいぶボロボロですけど、この辺に結構立派な空き家があるんですよ」


「とりあえず、あの人たちが諦めるまでそこで隠れてやり過ごしませんか?」


「前から中に入ってみたかったんですよね。えーっと、確かこっちの方に…………あった! あそこです!」


――――タッタッタッタッ。

 二人は小走りで空き家へと向かう。


「鍵、壊れてますね。玄関から入れそうですよ」


――――ガチャ。

 少女が玄関の扉を開けた。


「おじゃましまーす」


「うわっ、埃がすごいですね」


「あっでも、中は意外ときれいじゃないですか? もっと雑草とかに侵食されてるものかと」


「それじゃあ早速探検しましょう探検!」


「廊下を渡った先にあるのは…………ダイニングとキッチンみたいですね」


「うーん、水道もガスも止まってて料理は出来なさそうです。残念」


「次の部屋行きましょうか」


――――ギーギー。

 年季の入った扉のきしむ音。


「こっちは寝室みたいですね。おー、立派なベッドがあります」


「それじゃあ失礼して…………」


――――ボフッ。

 少女は、思い切りベッドに飛び込んだ。


「ゲホッゲホッゲホッ、先輩助けて! 埃ヤバいです!」


「あっ、ちょっと! なんで部屋から出ようとしてるんですか! 見捨てないで!」


…………


「はぁ、ひどい目にあいました。結構いいベッドっぽくてフカフカでしたけど、さすがにあそこじゃ寝れないですね」


「気を取り直して、次の部屋は…………あっ、ふすまだ。ということは…………」


「やっぱり! ここ和室みたいですよ、せんぱ――――」

「んぐっ!」


――――ドタドタドタ。

――――ドタドタドタ。

 突然、複数の足音がこちらに近づいてくる。


――――ガサガサガサガサ。

 どうやら、この空き家の周りを捜索しているようだ。


――――ドタドタドタ。

――――ドタドタドタ。

 しばらく経った後、足音は遠ざかっていった。


「んー! んー!」


「ぷはっ! ちょっと、急に口押さえないでくださいよ!


「もう少しで窒息しちゃうところだったじゃないですか!」


「えっ、うるさい? 見つかるから静かにしろ?」


「足音は向こうに行きましたし、多分大丈夫ですよ。もう近くにはいませんって」


「むしろ、こっちは調べ尽くしたと思ってもう寄ってこないんじゃないですか?」


「うん、きっとそうですよ。それならずっと黙ってても退屈ですし、お喋りしましょ? ねっ?」


「…………ねぇねぇ、しましょうよ~。返事してください」


「もう、先輩は心配性ですね。はいはい、わかりましたよ」


「それじゃあ…………」


『こうしたほうがいいですか?』

 少女は耳元でそうささやいた。


「あはっ、今ビクッてしましたね」


「ふーん、先輩はこういうのに弱いんだぁ」


「知らんぷりしても無駄ですよ。もうバレバレですから」


『ほら、先輩はこうやって耳元でコショコショされるのが好きなんですよね』


「きゃっ! もう、押さないでくださいよ。照屋さんだなぁ」


「先輩にはちょっと刺激が強すぎましたかね~」


「あ、怖い顔してる。怒ってるんですか?」


「あーもう、わかりましたよ。先輩をからかうのはこれでおしまいにします」


「本当は好きなくせに…………コホン、なにも言ってないですよ」


「いたたたたた、頬っぺたつねるの禁止! 暴力反対です!」


「ねぇねぇ先輩、楽しいですね!」

 少女は、ひとり楽しげに笑う。


「その『え? お前何言ってるの?』みたいな目やめてくださいよ」


「小さいころによくやったかくれんぼみたいでワクワクするじゃないですか」


「…………ねぇ先輩」


「私、先輩に出会う前は毎日が退屈で、急に隕石降ってきて世界滅びないかなーとかいつも考えてたんです」


「でも、今は違います」


「昨日あったものが、今日はもう無いかもしれない。今日できていたことが、明日にはできなくなってるかもしれない」


「そんな不安定な毎日ですけど、退屈な日々を延々繰り返すより全然幸せです」


「私、ずっと待ってたんだなって、先輩のこと。白馬の王子様と待ち合わせをするお姫様みたいに」


「え? そんなメルヘンな存在になったつもりはない?」


「まあいいじゃないですか、意外と似合うと思いますよ白馬に乗った先輩」


「…………いや、白馬はちょっとやりすぎだったかも」


…………


「あっ、そうだ先輩! 今日はここで一泊しませんか?」


「この家、埃っぽいのはどうしようもないですけど、それだけ我慢すれば中々上等な隠れ家じゃないですか?」


「それから私、和室のある家に住んだことなくって、畳で寝るのちょっと憧れだったんですよね」


「なんだかあったかいというか、『団らん!』って感じがしていいですよね」


「というわけで、今夜は一緒に団らんしましょう!」


――――ミシミシ。

 少女が横たわり、ボロい畳が音を立てた。


「さあ、先輩も横になってください。一緒に寝ましょうよ」


――――ミシミシ。

 少女に流されるまま、畳に寝転がる。


「はい、いい子ですね~」


「そんないい子の先輩には、むかし話をひとつ読み聞かせてあげましょう」


「タイトルは『浦島太郎』です」


「あっ、ちょっと! 寝たふりしないでくださいよ!」


「せっかくオリジナル展開考えたんですから!」


――――ガタガタ。

 少女に体を揺らされる。


「よしっ、目が覚めましたか? おはようございます!」


「なんですかその不安そうな顔、オリジナルじゃ不満なんですか」


「こう見えても私、結構優等生で国語の成績だってよかったんですよ」


「だからほら、聞いてくださいよ! ねっ?」


「むむむ、返事はないですけど、まあいいでしょう!」


「それじゃあ、はじまりはじまり~」



「むかしむかし、あるところに亀がいました」


「亀は弱虫で泣き虫だったため、いつもいじわるな子供たちにいじめられていました」


「ある日、亀が浜辺でいつものように子供たちからいじめられていると、そこにひとりの青年が現れます」


「その青年の名前は浦島太郎といい、彼はいじわるな子供たちを追い払うと、傷ついた亀を優しく撫でました」


「亀は助けてもらったお礼を言おうとしますが、太郎はせわしなくすぐにその場から立ち去ってしまいます」


…………


「それから数日間、亀は太郎を探し回りました」


「あの日出会った浜辺から、川沿いを伝って山のふもとまで」


「それから、苦手な人間がたくさん住んでいる村にも訪れました」


「そしてついに、亀は太郎を見つけ出します。太郎は村はずれの木陰でじっとうずくまっていました」


「亀は一目散に太郎のもとへと駆け寄り、お礼をしようとします」


「しかし、太郎はそれどころではなさそうな様子。よく見ると、太郎の腕からは血が流れていました」


「亀が何があったのか尋ねると、苦しそうに村の方向を指差します太郎」


「村人たちにやられたのかという亀の問いかけに、太郎は頷きます」


「それを見て亀は激怒しました。太郎のような優しい人がどうしてそんな仕打ちを受けなくてはいけないのかと」


「しかし、そんな亀に対して太郎は首を横に振ります。そして、不思議そうにしている亀に話し始めました」


「自分は、本当は物を奪ったり人を傷つけたりと悪事を繰り返してきた悪い人間なのだと」


「そして腕の傷は、そんな自分の罪に対する報いなのだと」


「亀は、その話をにわかには信じられませんでした。しかし、太郎が嘘をついているようにも思えません」


「なので亀は今の話を一旦飲み込んで、それならなぜ自分を助けてくれたのかと尋ねました」


「太郎はそれを、気まぐれだとあしらいます」


「納得のいかない亀は同じ質問を何度か繰り返しますが、結局その日、太郎はそれ以上何も教えてくれませんでした」


「それでも太郎のことを放っておけないと感じた亀は、これから彼の後を追いかけようと決意するのでした」


…………


「それから、亀は半ば強引に太郎の後をついて回りました」


「その中で、実際に太郎がたくさんの悪事を働いているのを目の当たりにします」


「亀は太郎の話が本当だったことに衝撃を受けましたが、それでも亀が太郎を嫌いになることはありませんでした」


「それどころか、亀はむしろ太郎に憧れの感情を抱くようになっていきます」


「生きることに窮屈さを感じていた亀にとって、太郎の生き方はとても素晴らしいものに見えたのです」


「そして、最初は悪事を眺めているだけだった亀も、次第に太郎の協力をするようになっていきました」


「経験したことのない刺激的な日々に、亀は生きている実感を見出します」


「それは、亀の生にずっと欠けていたもので、最も欲しかったものでした」


「こうして、弱虫な亀はかけがえのない幸せを手に入れます」


「そしてある時、亀は太郎に改めてこう質問しました――――」



「ねぇ先輩、最初に会った時、どうして私を助けてくれたんですか?」


「いや、ごめんなさい、質問が間違ってますね」


「太郎は何で子供たちにいじめられていた亀を助けたんだと思います?」


「もし先輩が太郎だったら、どうですか?」


「…………おーい、もしもーし」


「うわっ、絶対寝たふりですよこれ、さっきまで目開いてましたもん」


「はぁ…………まあいいです。先輩は寝ちゃったみたいなんで独り言を喋りますね」


「私、先輩と一緒なら竜宮城でも鬼ヶ島でも閻魔様のところでも、どこにだってついていきます」


「だからこれからも、いっしょにたくさんいけないことしましょうね、先輩」


――――スッスッ。

 少女がこちらに身を寄せてきて、服のこすれる音がした。


――――ギュッ。

 少女が強く手を握ってくる。


「スー…………スー…………」

 それからしばらくして、彼女は寝息を立て始めた。

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