鏖鎧の戦鬼
鍛冶 樹
第1話 燃え盛る村の中で
燃え盛る村の中、村人であろう男が叫び声を上げながら逃げ惑っていた。
「ああああっ!! 誰かっ、助けてくれぇぇぇ!」
悲鳴を上げながら走り出した男は足をもつれさせ、地面に転がった。その男がゆっくりと顔を上げた後、その男の動きは完全に止まっていた。
そうならないなんてのは当然無理な話だ。なぜなら白銀の鎧を纏い、全く顔の見えない兜を被っている奴が、村の人間を殺しまわっているのだから。恐怖に染まらないという方が無理な話だ。
「や、止めてくれっ!?」
俺は何も告げる事なく、その男の目の前に立つ。そして、ゆっくりと自分の身長と同じくらいの大剣を振り上げた。
その姿を見た男は声を出したいのに出せないのか、魚のように口を開いたり閉じたりしている。
何度も見た事がある光景だ。まあ、特に思うところはないのだが。
この後にやる事なんて決まっている。この男に直接的な恨みはないが、俺は頭上に掲げた大剣を容赦なく振り下ろした。
切断というよりは破砕、その男の頭が砕け散った。
白銀の鎧に血が降りかかったはずなのだが、一切汚れる様子はなかった。
「ふむ……切れ味が大分悪くなってきたな」
等身大の大剣を片手で振り回し、べっとりと付いた血糊を可能な限り払い落した。
「さてと、後は……」
この村でやれる事はやりつくした。この場所にもう用はない。
一息つきながら周りを見渡す。どこを見ても村の中にある木造の家は、夜の帳を消し去る程に燃え盛っている。
村の住民を一人残らず完全に殺しきる事。俺は今まで何度も同じような事をやってきたし、これからも辞める事なんてない。
村の人間は皆殺しにしたため、周りには一人の気配以外は感じない。
俺はその気配の主へと声を掛ける事にした。
「おい、シエル! 終わったか!」
大声で叫ぶと、今にも崩れ落ちそうな家の中から、一人の少女がゆっくりとした足取りで出てきた。その少女の片手には、大人の男性だったのであろう物体が引きずられている。
「うん! 終わったよ!」
彼女は真っ赤になった顔ではにかんでいた。
たしかチュニックに丈の短いズボンという服装だった気がするが、どんな色の服を着ていたのかが分からなくなるほど全身が真っ赤になっている。血が付いていない部分は髪の毛くらいだ。
遠くから見たら赤い装束を纏った金髪の少女のように見える……かもしれない。
もちろん全身が染まる程の血は、彼女の血ではない。全て返り血だ。
この村に住む人間程度に彼女が負けるわけがないのだから。
彼女は俺の近くに来た後、腰の辺りに抱き着いてきた。
「今日もいっぱい殺したよ! 褒めて褒めて!」
「はぁ、まったく……」
彼女の名はシエル、訳あって一緒に行動している。シエルとの付き合いはかなり長く、10年ほど前から俺と一緒に生活をしている。たしか今年で15歳くらいだったはずだ。
「おーい、人間を殺したらちゃんと燃やさなくちゃ駄目だろ? ほら、早くそれを捨てて来なさい」
「えー!? まだ、少し動くよ! もうちょっと遊びたいんだけどなー」
シエルは玩具で遊ぶ子供のように駄々を捏ねるが、俺はそれを許さない。
「死んだ人間はちゃんと燃やさないと病気になるだろ? それで昔は伝染病とかが人間達の中で流行ったんだからな。それに、あんまり命で遊ぶのは感心しないな」
「ちぇ、わかったよ……。そーれっ!」
シエルは死体を燃え盛る火の中に投げ捨てた。自分よりも大きい相手を片手で投げ飛ばすその剛腕は、人間業とは思えない。
「まったく……俺と違って普通の人間なはずなんだがな……」
シエルは己の肉体を使った近接格闘を得意としている。尋常じゃないほどの身体能力をもつ彼女は、防具を付けた人間を防具ごといとも容易く粉砕できる。それに魔力による強化が加わったら、俺でも止められるかは怪しい。
その辺の村に居るような戦闘訓練の受けていない一般人など、シエルにとっては羽虫に等しい存在だ。
「そんなに褒められたら困っちゃうなー!」
「いや、褒めては無いんだが……まあ、いいか」
俺は近くにあった死体の衣類を剥ぎ取り、中身を未だ燃えている家に投げ捨てた。強く投げすぎたのか、衝撃で家が崩れ始める。
「ね、クライ、あたしお腹空いちゃった! お肉がいい!」
クライ、それが俺の名前だ。10年前にとある奴から貰った。
「はいはい、お肉ね」
先ほどまで人間を殺していたというのに、切り替えが早い奴だ。
食事の準備をするよりも前に、まずはその辺の落ちていたボロ布でシエルの顔の血を拭ってやる。
真っ赤な化粧をしたままでは奇麗な顔が台無しだ。
「んー! 自分でやるから大丈夫だよ! んしょっと」
俺の手を払いのけたシエルは、勢いよく血だらけの上着を脱ぎ始めた。
燃え盛る村の中で齢15歳の少女の上半身が露わになる。
「いやいやいや、何で服を脱いでるんだ!?」
「血だらけになったから全部燃やしちゃおうと思って。それっー!」
全裸になったシエルは、身に着けていた衣類を全て燃えている家の中に投げ込んだ。
「だあっ! そんな簡単にズボンも燃やすんじゃない!」
「はー! スッキリした!」
両手を上に挙げて伸びをするシエル。
燃え盛る炎を反射する金髪に、深い蒼の瞳、そして白く強靭な肢体。
同然だが、このような惨状が起きている場所に、何もかもがそぐわない。
「いいから服を着なさい!」
俺以外の存在は感知できないとはいえ、意味もなく全裸になる必要なんてない。
というか人間はみだらに自分の素肌を晒す種族ではないはずだ。人間でない俺だって、一応急所は隠す。だから普通の人間だってすぐに全裸になる訳が……ないんだよな? あれ、俺が間違ってる?
「えー? なんかゴワゴワするからヤダ!」
「嫌だじゃありません! 外で裸になったら風邪ひくでしょ!」
まだ燃えていない家屋の中から衣類を漁る。シエルが着れそうなものをいくつか見繕う。
そしてそれを無理矢理着せていると、シエルのお腹が盛大に鳴った。
「もう……そんな事よりご飯にしようよー?」
確かに、今日は昼から何も食べていない。夜も大分ふけてきているため、お腹が空くのは当然だろう。だが、
「こんな臭いの中で飯を食う気にはなれないな」
人間が燃える臭いというのは、鼻にこびりつく様な嫌な臭いだ。可能であればそんな状態の中で食事をする事は避けたい。俺ですら好ましくないと思っているのだから、人間であるシエルにとっては相当な臭いのはずだ。だが、シエルはそのような素振りを微塵も見せない。
「じゃあさ、あっちの川辺の方でご飯にしようよ!」
「あ、ああ。そうだな」
シエルの提案に従い、まだ形の残っている家の中から食料品を集めてから川辺へと向かう。
できる限り食えそう、かつ、新鮮な食材を探す。もちろん、シエルに悪くなった食べ物を食べさせるわけにはいかないからだ。
俺は腐っていようと生肉であろうと、何を食べても体調を崩す事なんてほとんどない。基本的に無機物でなければ、ほとんどのモノは食える。勿論それは、美味い美味くないを無視した話にはなるが。
川辺に着くと、遠くで燃えている家屋の光を反射したせいか川が赤く染まっていた。
念のため、村の人間以外の人間が居ないか調べるために周りを見渡したが、人気は感じない。警戒を解いても大丈夫だろう。
「ふぅ……《装甲解除》」
自分の背丈と同じくらいの大剣を地面に突き刺し、呪文を唱えた。身体が薄い光に包まれ、纏っていたフルプレートの鎧が解除されていく。
俺だけが使えるらしいこの能力は、とある奴から契約と引き換えに得た能力だ。少なくとも人間側で使っている奴を見た事はない。希少なスキルではあるのだろうが、俺には鎧をまとっている間は絶大な力を得る事しかわかっていない。だが、それだけ分かっていれば俺の目的を達成するのには支障はなかった。
ちなみにだが、鎧を纏う時は《装甲》と唱えるだけでいい。
先ほどまで鎧を装備していた腕を見ると、見慣れたダークグリーンの肌が目に入った。産まれてから見続けてきた自分の身体だった。
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