第1話 お風呂の時

 私と姉の由芽ゆめと妹の風花ふうかとはかれこれ家族として5年は付き合ってきている。

 だがこの5年間でなにがあったのかと聞かれれば……とてもありすぎる。

 もちろんお風呂だって入ったことはある。4年くらい前までは。

 しかしこれは私が17歳の話だ。




「ゆいねえ詰めて〜」


 妹の風花の声がお風呂場に響く。

 それと同時に私のももの上に柔らかい物がゆっくりと乗っかり、私の胸は風花の背中に押し付けられ、濡れた淡い桜色のボブが私の顔にあたりくすぐったい。


「あったか〜い」

「そ、そうだねえ」


 なぜだか言葉に詰まってしまった。

 それはただ単にこの状況に慣れていないからだと信じたい。

 落ち着かないのをどこかにぶつけようと、風花の背中を滴がなぞってるのを指ですくいあげた。


「んあっ」


 私の膝の上から甘い声が漏れた。

 そうだった、風花は背中が弱いんだった。

 湯船に浸かりながら私の膝の上に座っている風花が私の方に顔だけ振り返った。


「ゆい姉くすぐったい……」

「ごめんって」


 私の適当な謝罪が気に食わなかったのか、風花は「んー」と頬をプクッと膨らませると、体ごと私の方に向け、私のももにまたがり向かい合った。


「ゆい姉もゆめ姉もいつも仲良いよね〜」


 ジト目で私を試すように見つめる風花。


「そんなことないよ?」


 私はと内心焦りながらも冷静を装い、優しい口調で返した。

 それに満足しなかったのか、風花は「へー」と適当に相槌をし、私をじっと見つめる。


「な、なあに?」

「ゆい姉ってすごい可愛いよね」


 私は突然の褒め言葉に心臓が跳ねた。

 それは突然だからであって、他の理由でドキッとした訳では無い。


「どうしたのいきなり……」

「えー? なんか近くでみたらすごい可愛いなーって」


 さっきまでのジトっとした顔とは真逆の汚れの知らない天使のような笑顔で「えへへ〜」と笑うと、私の頬にそっとキスをし、さっきよりちょっとだけ赤くなった顔で健気に笑った。

 ほっぺにキスは慣れているはずだが、少しドキッとした。


「ねえゆい姉〜」


 ちょっとだけ首を傾けて可愛く尋ねる。

 その後、ちょっとだけ間が空いたあと、気づいたら私の耳元に風花の顔があった。


「ふ、ふうちゃん?」


 風花の胸は私より大きく、私の胸を覆い、お互いがお互いの鼓動を感じる。

 そして、私のお腹や腰に、風花の柔らかい肌が触れた。

 体を私に預けるように倒し、私の背中に手を回す。その手はくすぐったいと言うより、何故だか安心感を感じてしまうような。

 気がつくと私と風花はピッタリとくっつき、私は足以外身動きが取れない状態になった。

 私は風花を諭すように背中をとんとんと触る。


「膝曲げてたら私も動けないよ……?」


 私の耳元でそう囁く。

 無意識のうちに私は膝を深く曲げてしまっていたらしい。防衛本能か。

 だが生憎足を完全に伸ばすスペースなどお風呂にはなく、風花の言葉を否定するアクションを起こすことは出来なかった。



 それから3分くらい抱き合った状態だった。

 風花の息がたまに耳にあたるとくすぐったいってこと以外、慣れた。心臓のドキドキも収まってきたし。

 風花は全体的に柔らかくてスベスベだから抱き心地は最高だ。

 でもそろそろ暑いから離れて欲しいという願望がチラと現れた。



「ふうちゃん? そろそろいい──」



……」


 言おうとした言葉が分かっていたかのように遮った。

 か──めっちゃ嬉しい! 

 って言われると、なんか2人いるお姉ちゃんから本物のお姉ちゃんに選ばれたような気がして、とても嬉しかった。

 姉をお姉ちゃんと呼ぶのと、義姉をお姉ちゃんと呼ぶのでは妹としても覚悟が居るはず。


「ん?」

「お姉ちゃん好き……」


 頭がクラっとした。

 多分のぼせているのと、義妹からの強烈な一言、そして抱き合っているからだろう。

 私が後ろに頭が倒れそうになるのを背中に回していた手で支えた。

 私の顔をトロンとした顔で無言でのぞき込む風花。


 3、4分くらい見なかっただけの顔だが、とても久しぶりに見たような感じがして新線だ。

 改めて見ると風花は目口鼻全部整っていて、大人っぽさは無いかもしれないが、可愛いし、とにかく可愛い天使である。

 あとなんと言ってもボブからちょっとだけ飛び出ている耳がとても可愛い。

 齧りたくなる。


「ちょっとのぼせちゃったかも」


 私は風花の手の上で苦笑いしながら言った。

 風花はトロンとした表情のままかわらない。


「じゃ、じゃあそろそろあが──」

「ダメ」


 風花の表情はかわらない。


「でものぼせちゃ──」


 口で遮った。



 あ行を言う時、口を開くのが普通。

 その口を口で塞ぐとなると、また塞ぐ側も口を開くのが普通。

 その結果私は風花に攻められて濃厚なキスをしてしまっている。

 舌が入ってきては居ないものの、私の唇を唇で食べてしまうように包み込む。

 舌が入ってきたら、私は正気を保てるのだろうか──



 10秒くらいした後、満足したような顔をした風花がまた私を強く抱き締めた。

 そして耳元で囁く。


「ゆい姉とゆめ姉ってさもしかしてだけど──」


 私はそこまで聞いて次に来るであろう言葉を悟ってしまった。

 ついにバレてしまったか、わたしと由芽の関係が……

 私と由芽の関係がバレてしまったら家族にも迷惑がかかるかもしれないし、もちろん私と由芽の関係が最悪なことになる。

 ならばせめて言わせなければ、とキスして口を塞いでやろうかと思ったが、強く抱き締められて身動きが取れない。



「──2人だけで旅行行こうとしてるよね?」




 もちろん隠していたのでバレたくはなかった。

 しかし、最悪の事態は免れた。


「うん……でもふうちゃんを仲間外れにしたとかじゃないよ!」


 風花は「別に気にしてないよ」と小さい声で言うと抱きしめる力を緩め、私と顔が向かい合うような体勢になった。


「でも私もと2人で旅行したいなあ……?」


 あざとく、首を傾げ、私に試すような、ねだるような、視線を送る。

 ちょっとだけ顔が赤い。


 そうだ。

 私のせいで風花と由芽の二人の時間が少なくなっているのだ。

 だから、二人の時間を作ってあげるのも私の役目だろう。




「──じゃあその旅行ゆめ姉と2人で行ってきていいよ」




 私がそう言うと、風花は眉をちょっとひそめたあと、ムッとした顔をし、私の耳に噛み付いた。

 噛み付かれた私は「んっ」と小さく喘いだ。

 耳は弱い。



「鈍感女」



 風花はそう呟くと思うと、さっさと私の上から立ち上がりお風呂場を出ていった。



 そういえばなんで風花と一緒にお風呂に入っているかと言うと、風花が久々に家に帰ってきて、1として聞いてあげたからだ。

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