老紳士

 …ルドルフ様は、マシェリーは、…どうなったんだ。


 目が覚めると、即座にそのことを思った。


 眼前には見知らぬ木目の天井がある。身体が鉛のように重く沈み、長時間運動したかのような疲れが憑りついていた。


 体が痛くて、とても起こすことができそうにない。かろうじて動かすことができた右手で、そっとその痛みの根源をなぞってみる。


 …縫ってある?


 実に精巧で、均等な感覚の縫い目であることが確認できた。血も完全に止まっている。


 僕は生きている。そのことが確信となった。


 しかし、この縫い目を作った主は誰なのだろうか。意識を失う直前の記憶がはっきりしない。どうにか覚えているのは、あの低くて威厳のある声だけであるが…。


 そう思っていると、右の方で扉が開く音がした。


「おや、目が覚めたかね」


 僕が思い出していた、あの声だ。僕は体を起こすことが出来ないため、目線だけを動かして、その声の主を視界に収めようとする。


 そんな僕の様子を見てか、その声の主は機嫌よさそうに笑った。


「はは、無理に体を起こそうとしないのは賢明だ。今動けば、縫い目が食い込んで激痛が走るだろうからね」

「…あの、失礼ですが、貴方は…」

「ああ、私は、君に傷を負わせた、サヘラベートの伯父だ。援軍を要請されたから送ったのだが…どうせ碌なことに使わないのだろうと思ってね。私がこの目で確かめてやろうと、隠れて見ていたわけさ」


 と、伯父様は僕の顔を覗き込むようにして見た。


 髪にはところどころに白髪が混じり、帽子がよく似合う老紳士だ。口ひげが立派にたたえられて、その威厳を際立たせている。


「調子はどうだい?」

「傷が痛いですね」

「はは、痛みを感じるならば大丈夫さ。ああ、向こうの部屋に君の主人を匿ってある。後で連れてこよう」


 主人。ルドルフ様。


 匿ってあるということは、どうやら無事らしい。しかし、何かされてはいないだろうか。ちゃんと心は安定しているだろうか。次から次へと心配ごとが出て来る。


 僕はそんな危惧に押されて、こう口走った。


「いえ、…その、今ではご迷惑でしょうか…」


 伯父様は目を見開いた後、すぐに笑って言った。


「私は構わないが、彼は今眠っているんだよ。昨日は遅くまで、君を診ていたからね。起きたら、連れてくるよ」


 上機嫌そうにまた笑って、伯父様は部屋を出ていった。


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