飽き性

 それからというもの、伯爵家の屋敷には、毎日のように手紙が届いた。無論のことながら、その手紙には、きまって赤い狼の紋章が止められていた。


 最初の方は、夫人も、「困ったものねえ」などと言いながら、目を通していた。しかし、一週間、二週間、一か月と、毎日欠かさず届く手紙には、さすがの夫人も辟易と感じたそうだ。


 一か月と一週間が経ったころには、「赤い狼の紋章が付いた手紙は持ってこなくていいわ」と、手渡された手紙を、虫でも払いのけるかのような手つきで捨てていた。


 しかしそんなことをされているとも知らず、毎朝のポストのなかには、生真面目に必ず封筒が入れられている。


 彼女は少し、捨てられている封筒を見て、哀れに思った。こんなにも想ってくれる人など、滅多にいるものではない。もったいなさ、とでも言おうか。そんな曖昧な感情と、少しばかりの羨みをもって、彼女は小声で言った。


「あの、お目を通されるだけでもなさってはどうでしょうか…」


 すると夫人は、「はあ?」と荒々しく言って、こう続けるのだった。


「あのねえ、アナタ、自分の立場を分かっているの? どうしてアナタに命令されなければならないのかしら」


 強引な夫人の態度に、彼女は肩を震わせる。


「いえ、命令しているわけでは……」

「もう、フェルム! いい加減にして頂戴。アナタは口やかましい鳥なのかしら。オウムの方がまだ賢くってよ」

「……」

「アナタは黙って仕事をすることも満足にできないのね。そんなに言うなら、アナタが読んでおきなさいよ。重要な事だけ教えてくれればいいわ」


 夫人は迷惑そうな口調で言い捨てたが、その内心には、得も言われぬような心地よさを抱いていた。


 その心地よさと同時に、手紙を彼女に投げつける。


 理不尽を受けた彼女は、何も言えずに夫人の部屋を後にした。先ほどまでの様子を見ていた数人の召使いたちに、クスクスと笑われながら。


(愛する人に向けた手紙を、赤の他人が読むのだなんて、恥辱を与える行為でしょうに)


 そんなことを思ったが、下手に反抗すると首を切られてしまうという恐怖が彼女の口をふさいだ。


 仕方がなく、彼女は心の中で手紙の主に謝罪しながら、その封を切ることにした。




 その手紙の中につづられている想いは、想像にも及ばないものであった。


 少し癖のある字が、何枚もの紙に詰められている。その文章が表しているのは、ことごとく伯爵夫人のことについてであった。


 あまりにも苛烈な、しかし純粋すぎる愛情に、もはや狂気すらも感じられる。随分と夫人に対して忠誠しているようだが、どこかその面影には少年のような幼さが残っている。まるでこれが初恋であると言わんばかりに。


 彼女はより一層、この手紙を読んでいるのが自分であることに、確実な違和感と罪の匂いを感じ取った。



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