伯爵家
その一通の便りがフランツブルグの屋敷に届いたのは、新緑の季節が終わりを迎えようとしていたころだった。
茶会などもせず、交流会にも出向かず、一人静かに暮らしていたところに、突然、その一報が届いたのである。
その便りとは、至極不思議なことに、とある伯爵家で行われる舞踏会の招待状であった。
なるべく人を遠ざけようとしていたフランツブルグにとって、衝撃的な事である。その伯爵家というのも、まったくの無縁のところだったのだ。いよいよ理由が分からなかった。
しかし、実際に招待状は届いている。
その問題の伯爵という人物は、結婚している身であるのにも関わらず、女癖が悪かった。
金や地位にものを言わせて女を釣り、遊んでは取り替えてという、贅沢で傲慢な生活をしている男である。
そんな浮気性の旦那に、人々は真っ先に夫人の不遇さを哀れんだ。夫人は夫の毎日のように出かけていく様を見て、悲しんでいるのではないかと思ったのである。
しかし、実際のところはそうではなかった。
夫人の方も、旦那の影響かは知らないが、地位の高い貴族の男の影を侍らせていることが多々あったのである。
どうやら伯爵夫妻はどちらの行為も互いに黙認しているようで、許すどころか、その二人が世間話をするところすらも見られなくなった。
なんとも心地の悪い夫婦仲だ。そう思っていたのが、今懺悔をささげている、彼女だった。
彼女は、その伯爵家に仕える召使いだったのだ。
主にその仕事は、伯爵夫人の身の回りの世話で、いわゆる、メイドという職業に就いていたのである。
しかし、その仕事は過酷なものであった。
夫人は、その美しい容姿と明るい雰囲気とは違って、高慢な性格をしていた。そのため召使いというものは、夫人にとって、見下し、蔑んでも良い恰好のおもちゃと見られていたのである。
彼女たち召使いは、いつも物のように扱われ、いやがらせや暴言などは日常だった。
夫人は、召使いをその者の名で呼ぶことはない。
たいていは蔑称でつけられた、あだ名で呼ぶのである。
サルテ(不潔な奴)だとか、デグラス(うんざりする子)だとか、様々な名前で呼んでは、反応を見て楽しんでいたのだ。
彼女とて例外ではなかった。彼女は、フェルム(うるさい子)と呼ばれていた。
どれだけ悪い環境で、そして劣悪な現場だったか、想像には難くないだろう。
だが、彼女には頼れる親類もおらず、友人もいないから、どんなに辞めたいと思っても、その仕事にすがるしかなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます