モナムール
かえさん小説堂
懺悔
「フランツブルグ家は、残虐な家主のことで有名でした」
彼女は冷たい馬車の中、心に渦巻くざわめきを吐き出すように話し始めた。
閉ざされた小さな扉の格子窓から彼女の話を聞くのは、たった一人の老いた牧師だけであったが、彼女にとっては、十分すぎるほどだったらしい。
これから彼女は殺される。そのため、最後の魂の懺悔を神に告げるのだ。
彼女は、扉を挟んだその向かい側に届くように、声を発した。
「かねてより、あの家には呪われた血が混ざっていると、あちこちで噂立っていました。
と言っても、その噂の本性は、貴族の名門であったフランツブルグの先代が、下人の女と婚約したという、なんら恐ろし気のない話だったのですが。
しかし、噂は腕や足をつけて勝手に歩き回ったらしく、いつしか、フランツブルグには化け物の血が流れているのだとか、フランツブルグの子供は悪魔の落とし子だとか、そんな話が出回って、人々から恐れられていたのです。
人々は、あんまりにも領主を怖がって、関わらないようにしていました。
時は経ち、先代の家主様と下人の女との間に、子供ができました。それは可愛らしい子供だったらしく、人形造りの職人にも真似できない程の、美しい子だったようです。
家主様も下人の女も、美しい容姿をしていたそうですので、その遺伝子を受け継いだのでしょう。その子は、健やかに成長していきました。
それだけならばよかったのですが。
フランツブルグの噂が、その子を襲いました。領地に住む人々は、その美しく整った顔を気味悪がって、極端に避けていたのです。
その時期、子供は六つの歳を取っていました。
聡明な子には、色々な物事が分かってしまう時期です、そして、とても寂しがる時期でもあります。
その子は、友達が欲しかった。数少ない声色で鳴くしかできない犬ではありません。ペコペコとへつらって、遠慮がちに接してくる使用人でもありません。同年代の、一緒に遊んでくれる、友達が欲しかったのです。
しかし、その純粋な願いも、とうとう叶うことはありませんでした。
子供が、同年代くらいの少年たちに話しかけると、気持ち悪いものでも見るかのようにあしらって、それでも話しかけようとすると、虫でも払いのけるかのような手つきで、しっしっと追い払ってしまうのです。
きっと、親から教えられているのでしょう。
それでも、子供は優しい子でしたので、悲しがるだけで、それ以上は、何もしませんでした。
子供が成人するころには、立派な家主としての自覚も芽生え、フランツブルグは安泰かと思われました。
子供は聡明でしたので、学問のことや、お家のために何をするべきかも、分かっていたようだったのです。
ああ、しかし、これは何の呪いでしょうか。フランツブルグには、噂通りの悪魔が住み着いてしまったのでしょうか。
聡明と言うのは時として、人の首を絞めます、いっそのこと愚かだった方が、幸せに暮らせていたのでしょうに。
子供はお家を継がれる頃には、噂を体現するかのような、曲がった性格の方になってしまいました。
癇癪がひどく、物や人によく当たり、暴れて、残虐な行為を好んでなさりました。
きっと、先代のなさったことを理解してしまったからでしょう。人々の恐々とした奥底の闇を見てしまったからでしょう。
その子供が、今言う悪名名高き、ルドルフ・フランツブルグでした。ルドルフ様は家主の位に就きますと、何十人もの使用人を解雇したと聞きます。
ルドルフ様は気狂いしたように人を遠ざけ、最低限の使用人しか残さず、領地の真ん中にそびえたっていた屋敷も取り壊して、深い霧のかかる森の奥に移築してしまいました。
さらには、ルドルフ様はどこかからか密輸入してきた狼を放ち、野生の門番として、そこに住まわせました。
森に放たれた狼たちは群れを成して屋敷の周りをうごめき、ルドルフ様の意向通り、迷い込んだ生き物を判別なく食い殺します。
そして、その狼を屋敷内に寄せ付けないため、館の周りを囲むように深い崖が作られて、館へは橋を渡らないといけない仕組みにまでされました。
その凶行が成されたときごろ、先代はお二人ともペストにかかって、見るに堪えないお姿で亡くなってしまったようなのですが。
人々は荒れ狂う自らの領主に、さらに恐れおののきました。
噂は本物へとなってしまったようでした。それを、ルドルフ様が意図してやったのか、はたまた呪いの力がそうさせたのか、今となっては確かめようがありません。
しかし、そんなルドルフ様を、必死になってまっとうな道に導こうとした者がありました。
その人はフランツブルグ家に代々仕える召使いの子として生を受け、その責務を全うせんばかりに熱心になって働いていました。
その人を、私が殺してしまったのです……」
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