第88話 鋼腕

「ぐあっ!?」

「ぷるんっ!?」

「ガアッ……!?」



背中に痛みが走ったコウは動きを止め、スラミンと赤毛熊も驚愕した。コウは何が起きたのかと振り返ると、そこには気絶したと思われたヒヒが頭から血を流した状態で右手を伸ばしていた。



「ひ、ひひっ……死ねっ!!」

「お、お前……!?」

「ぷるるんっ!?」



コウの背中にはヒヒが投げた短剣が突き刺さっており、どうやら服の中に隠し持っていたらしく、赤毛熊にコウが注意を向けた瞬間を狙って投げつけた。


赤毛熊に攻撃を仕掛ける事に注意していたコウは背後への警戒が緩んでしまい、その隙を突かれて背中に短剣が突き刺さってしまう。コウはその場に膝をつくと、それを見たヒヒは笑い声を上げながら赤毛熊に怒鳴る。



「ひゃははははっ!!さあ、殺せ!!そいつをぶっ殺せ!!」

「ガアッ……!?」

「何をしているこの獣!!早く殺せ!!」

「ぷるるんっ!!」



気が狂ったかのようにヒヒは赤毛熊にコウを殺すように命じると、怒ったスラミンがヒヒの元に目掛けて突っ込む。しかし、そんなスラミンに対してヒヒは裏拳で殴り飛ばす。



「邪魔をするな!!」

「ぷるんっ!?」

「スラミン……!?」



スラミンが殴りつけられた光景を見てコウは目を見開き、その間にも赤毛熊が迫る。赤毛熊はヒヒの言葉を理解しているわけではないが、自分をここまで追い詰めたコウに対して怒りを露わにして止めの一撃を繰り出そうとした。



「ガアアアッ!!」

「そうだ、殺せっ!!」

「ぐっ……!!」



赤毛熊が右腕をコウに目掛けて振り下ろすと、それを見ていたヒヒは笑みを浮かべた。しかし、攻撃を受ける寸前にコウは両手で掴んでいた黒斧を構えて赤毛熊の一撃を受ける。



「ぐぎぎっ!!」

「ガアッ……!?」

「なっ!?まだそんな力が……は、早く殺せ獣!!」



負傷した状態ながらコウは赤毛熊の右腕を黒斧で受け止め、背中に痛みを感じながらも踏ん張る。赤毛熊は黒斧に阻まれて爪をコウの身体に食い込ませる事ができず、仕方なく牙で彼を噛み殺そうとした。



「アガァッ!!」

「ぐあっ!?」

「そうだ!!そのまま喰いちぎれ!!」



黒斧を振り払った赤毛熊は今度は鋭い牙でコウの頭に喰らいつこうとすると、咄嗟にコウは右腕を前に差し出して赤毛熊の牙を受けた。


コウの右腕に赤毛熊の牙が突き刺さって血が滲む。それを見たヒヒは興奮するが、何故か右腕に噛みついた赤毛熊は困惑した表情を浮かべる。どれだけ噛み千切ろうと顎に力を加えても、何故か牙が上手く食い込まない。



「フガァッ……!?」

「な、何をしている!?早く喰いちぎれ!!」

「……るな」



右腕に噛みつきながら何故か一向に噛み千切る様子がない赤毛熊にヒヒは怒鳴りつけるが、ここでコウが何事か呟く。彼は身体を震わせながら赤毛熊を睨みつけ、その瞳を見た赤毛熊はコウが唐突に巨人のように大きくなったように見えた。



「調子に乗るなぁあああっ!!」

「アガァアアアッ!?」

「うわぁっ!?」



コウは絶叫すると右腕の筋肉を凝縮させ、食い込んだ牙が抜けないようにすると力任せに赤毛熊の巨体を近くの大木に衝突させる。通常の熊よりも2倍近くの体躯を誇る赤毛熊をコウは腕力で叩きつける。



「おらぁっ!!」

「ガウッ!?」

「まだまだっ!!」

「アガァッ!?」

「ひ、ひいいっ!?」



右腕に噛みつかれた状態のままコウは赤毛熊を振り回し、幾度も大木に叩きつけて遂に引き剥がす。赤毛熊がコウの右腕から口元を外した時に何本もの牙が折れてしまい、コウは右腕を振り払って突き刺さったままの牙を抜く。



「はあっ、はあっ……生憎だったな、こっちの腕は頑丈なんだよ」

「アガガッ……!?」

「ば、化物か!?」



コウの右腕に噛みついたのか赤毛熊の命取りとなり、彼の右腕は鍛錬によって人間離れした筋肉質を誇る。見た目は普通に見えるが、岩石や岩壁に何十万回と殴りつけ、星水で自己回復を繰り返した結果、コウの右腕は鋼の如き硬さを誇る。


もしも右腕以外の箇所を噛み付かれていたとしたらコウは死んでいたかもしれないが、赤毛熊は判断を誤った。コウは背中に刺さった短剣に手を伸ばして引き抜き、顔をしかめながらも抜き取った短剣を掴んで赤毛熊に迫る。



「終わりだ」

「アガァッ……!?」

「うおおおおおっ!!」



右手で短剣を掴んだコウは岩石を殴りつける要領で短剣を突き出し、赤毛熊の顔面を貫く。岩石をも破壊するコウの腕力から繰り出された短剣を額に受けた赤毛熊は地面に倒れ、今度こそ確実に絶命した。



「そ、そんな……嘘だ、こんな事、あり得ない!!」

「おい、お前……」

「ひぃいいっ!?」



自分に不意打ちを仕掛けてきたヒヒに対してコウは振り返ると、ヒヒは恐怖のあまりに失禁してしまう。だが、そんな彼の姿を見てもコウは一切同情や憐れみを抱かず、拳を鳴らしながら彼の元に近付く――

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