第86話 爆拳

「ガアアッ!!」

「くっ!?」



赤毛熊はコウに目掛けて四つん這いの体勢で突進を仕掛け、それを見たコウは逃げようとしたが、ボアの突進を上回る速度で迫る赤毛熊を見て避け切れないと判断した。


このまま赤毛熊の突進を受ければ無事では済まず、確実にコウは死んでしまう。もう駄目かと思われた時、コウの魔法腕輪が光り輝く。



(この光は……!?)



魔法腕輪の輝きに気付いたコウは右手の魔術痕が反応している事に気付き、一か八か掌を赤毛熊に向けて伸ばして魔法を放つ。



火球ファイアボール!!」

「ウガァッ!?」



先ほど発動させた時よりも一回り程の大きさの火球が誕生し、赤毛熊に衝突すると爆発を引き起こす。爆風を受けたコウの身体が後ろに吹き飛び、一方で赤毛熊の上半身が炎に包まれる。



「ギャアアアッ!?」

「いててっ……な、何だ今の威力!?」



爆風に巻き込まれる形でコウは赤毛熊の突進を避ける事に成功し、更に赤毛熊は上半身に炎を纏って苦しむ。初級魔法は攻撃威力が最も低い魔法のはずだが、コウの放った火球は赤毛熊をも苦しませる火力を誇る。


魔法腕輪に魔石が嵌め込まれた瞬間に普段の何倍もの威力の火球を作り出す事に成功し、これほどの力があればコウは赤毛熊を倒せると確信した。起き上がったコウは拳を握りしめ、を発動させて突っ込む。



(この一撃で終わらせる!!)



まだ完全に赤毛熊に纏った炎が消える前にコウは駆けつけ、身体能力を限界まで引き出した状態で彼は右手を振りかざし、魔法を発動させた。



(行けぇっ!!)



これまでコウは魔法を発動する時は呪文を口にしていたが、魔石を嵌めた途端に彼は何となくではあるが呪文を口にせずとも魔法を発動できる気がした。彼の予想通り、意識を集中させるだけでコウの掌に火球が誕生し、その状態で拳を突き出す。



「爆拳!!」

「ッ――――!?」



赤毛熊の身体に目掛けてコウは拳を叩きつけた瞬間、火球が破裂して爆炎と化す。先ほどの何倍もの威力の爆炎が赤毛熊へと襲い掛かり、あまりの威力の赤毛熊の巨体は吹き飛ぶ。


拳を突き出した状態でコウは吹き飛んだ赤毛熊を見て呆然とすると、この時に彼の魔法腕輪に装着していた魔石が色が薄まり、やがて完全に色を失う。火属性の魔石は無色の水晶へと変化すると、途端にコウは疲労感に襲われた。



「うあっ……!?」

「ぷるるんっ!?」



立っていられずにコウは膝をつくと、元気を取り戻したのかスラミンが茂みから抜け出して彼の元に駆けつける。コウは頭を抑えながら右手の魔法腕輪に視線を向けると、何もしていないのに色を失った魔石が砕けてしまう。



「ど、どうなってるんだ……?」

「ぷるんっ……」



勝手に魔石が色を失って砕けてしまった事にコウは疑問を抱くが、頭痛と疲労感に襲われながらも彼は赤毛熊に視線を向けた。赤毛熊は全身が黒焦げの状態で倒れており、恐らくは絶命していた。



「倒したのか……こんな怪物を俺一人で」

「ぷるぷるっ!!」

「あ、ごめん……俺達で倒したんだよな」



コウの言葉にスラミンは抗議する様に鳴き声を上げ、もしもスラミンが居なければ赤毛熊の最初の一撃を受けていた時点でコウは戦えずに死んでいた。スラミンが星水で治療したお陰で赤毛熊を倒す事ができた事を認め、彼の頭を撫でながらコウは砕けた水晶の破片を拾い上げる。



(どうなってるんだこれ……まさか、魔力を使い切ったからこうなったのか?)



コウは拾い上げた水晶の破片を確認し、触れた限りでは何も感じられなかった。赤色に輝いていた時に触った感じではコウの魔術痕が反応していたが、今は特に何も感じられない。


恐らくだが最後の攻撃の時にコウは魔石に宿った魔力を使い果たしてしまい、そのせいで魔石は色を失ってただの水晶と化した。そうと考えなければ説明がつかず、コウは拾い上げた水晶を握りしめると倒れているヒヒの元へ向かう。



「おい、生きてるか?」

「あ、ううっ……」

「うわ、本当に生きてる……しぶとい奴だな」

「ぷるんっ(同感)」



高所から落下したにも関わらずにヒヒは気絶しただけで特に大きな怪我を負っておらず、それを確認したコウは面倒ではあるが彼を助ける事にした。何だかんだでヒヒの持っていた魔石のピアスのお陰で赤毛熊を倒せたため、彼を連れて帰る事にする。



「行くぞスラミン……他の魔物に見つかる前に帰ろう」

「ぷるぷるっ?」

「そいつは放っとけ……今は解体する道具も体力もないし」



黒焦げと化した赤毛熊は残念ながら今はどうしようもできず、コウはヒヒを連れて早々にラナ達の元に戻る事にした。スラミンは赤毛熊を一度振り返ったが、すぐにコウの後に続く――






――しばらく時間が経過した後、死んだと思われたはずの赤毛熊の身体が震え出し、目元が開かれた。赤毛熊は起き上がると、怒りの表情を浮かべて咆哮を放つ。



「ガァアアアアッ……!!」



瀕死の状態まで追い詰められた赤毛熊だったが、辛うじて生き延びていた。深手を負ったのは間違いないが、意識を取り戻した赤毛熊は身体をふらつかせながらも立ち上がる。

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