第83話 成体
(何だ、この感じ……前にも味わった事がある)
岩陰に隠れながらコウは黒斧を握りしめ、何時でも戦える準備は整えておく。何故だか分からないがコウは前にも似たような状況があったような気がしてならず、すぐに彼は違和感の正体に気付く。
(この気配は……まさか!?)
コウは岩陰から様子を伺うと、彼の視界に信じられない光景が映し出される。先ほどコウとヒヒが立っていた場所に巨大な赤色の毛皮で覆われた熊が立っていた。
――ガァアアアアッ!!
全身が赤毛に染まった熊は鳴き声を上げ、周辺の木々に立っていた鳥たちが慌てて逃げ出す。コウも無意識に身体が震え、まさかこの森の中でかつて自分を追い込んだ化物と再び巡り合うなど夢にも思わなかった。
(
魔の山にてコウが退治した赤毛熊の同種が出現し、しかも今回の個体はコウが倒した赤毛熊よりも体長が一回り程大きい。恐らくは成体だと思われ、コウがかつて倒した赤毛熊はまだ子供だった事が発覚する。
森の中から現れた赤毛熊は鼻を鳴らしながら周囲を見渡し、慌ててコウは見つからないように隠れる。かつて倒した相手とはいえ、今回の赤毛熊は大きさも雰囲気も異なり、間違いなくコウが倒した赤毛熊よりも強い。
(なんて威圧感だ……前にあった奴も相当だったけど、こいつは桁違いだ!!)
気配だけでコウは自分が倒した赤毛熊よりも今回現れた赤毛熊の方が厄介な存在だと気付き、このまま見つからないように祈るが、赤毛熊は鼻を鳴らしてコウ達が隠れている場所へ近づく。
(どうしてこっちに……しまった!?こいつの血の臭いか!?)
コウは隣で岩に背中を預けて気絶しているヒヒに視線を向け、彼を殴りつけた際に鼻血が流れていた。その血の臭いを嗅ぎつけたのか赤毛熊はコウ達の隠れている岩に視線を向け、突進を仕掛けてきた。
「ガアアッ!!」
「やばい!?スラミン、避けろ!!」
「ぷるんっ!?」
見つかった事に気付いたコウはヒヒを持ち上げると、岩から駆け出す。スラミンも彼の言葉に従って勢いよく跳躍すると、直後に赤毛熊が岩に衝突した。
ボアの突進を上回る勢いで赤毛熊は岩に衝突し、粉々に砕け散った岩の破片が周囲に散らばる。それを見たコウはもしも逃げるのが少しでも遅れていたら自分達が死んでいたと判断し、顔色を青くしながら赤毛熊と向き合う。
「グゥウウウッ!!」
「は、ははっ……
「ガアッ!!」
冗談交じりにコウは肩に担いだヒヒを餌として差し出す事を告げたが、当然だが人間の言葉が理解できない赤毛熊が応じるはずがなく、彼に目掛けて右腕を振りかざす。
「ガァッ!!」
「うわぁっ!?」
赤毛熊は爪を薙ぎ払っただけで地面が抉り取られ、その爪の切れ味は鋼鉄の刃をも上回る。もしも一撃でも当たれば致命傷は避けられず、どうにかコウはヒヒを抱えながら距離を取る。
(くそっ、こいつ邪魔だ!!)
ヒヒを抱えた状態では戦う事も逃げる事もできず、どうにか彼を先に安全な場所に避難させる必要があったが、この時にスラミンが赤毛熊の注意を引く。
「ぷるぷるぷ〜るっ!!」
「ガウッ!?」
スラミンは岸辺で跳ねまわりながら鳴き声を上げると、赤毛熊の注意がコウから逸れた。それを見たコウはスラミンに感謝しながらヒヒを持ち上げ、力任せに投げ込む。
「邪魔!!」
「ぐへぇっ!?」
コウは近くに生えている樹木に視線を向け、彼を力任せに放り投げる。投げ飛ばされたヒヒは樹木の上の方にある枝に引っかかり、苦しげな声を漏らしながら枝に服が引っかかって落ちる事はなかった。
人間を投げ飛ばすのは初めてだが投石の技術を生かして無事に樹木に引っかける事ができたコウは、改めて赤毛熊と向かい合う。彼は黒斧を掴み、一か八か赤毛熊に攻撃を仕掛ける。
「スラミン!!」
「ぷるしゃああっ!!」
「ガアアッ!?」
コウが声をかけるとスラミンは赤毛熊の顔面に水を噴き出し、それを浴びた赤毛熊は一瞬だけ視界が封じられる。その隙を逃さずにコウは全力で黒斧を振りかざし、この時に彼は剛力を発動させて全力の一撃を叩き込む。
「どりゃあああっ!!」
「ウガァッ!?」
視界が封じられて隙だらけの赤毛熊に対してコウは全力で黒斧を腹部に叩き込むと、一瞬だけ赤毛熊の身体がふらついた。しかし、攻撃を仕掛けたコウの方は衝撃の表情を浮かべる。
(か、硬っ……岩よりも硬いぞこいつ!?)
黒斧の刃は赤毛熊の胴体に確実に当たったが、まるで鋼鉄の塊に叩きつけたかのように攻撃を仕掛けたコウの両腕の方が痺れてしまう。これまでにコウが素手で壊してきた岩よりも遥かに硬く、しかも視力を取り戻した赤毛熊はコウに目掛けて右腕を振り払う。
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