第59話 全てを込めた拳

「ガウッ!?」

「うおおおおっ!!」

「ぷるんっ!?」



投石で一瞬だけ赤毛熊の気を反らすと、コウは赤毛熊に目掛けて突っ込む。スラミンは彼の行動を見て慌てて止めようとしたが、既にコウは攻撃態勢を整えていた。




――馬鹿じゃないのか、俺!?




赤毛熊に向けて駆け出している最中、コウは自分自身の行動に後悔していた。赤毛熊が気を反らしているうちに逃げ出すのが最善の行動だと分かっていながら、コウはつまらない意地のために赤毛熊へ立ち向かう。


ルナに言われた言葉を思い返し、自分が「凡人」だと思い知らされた日の事が頭に浮かび、気が付けば勝手に身体が動いていた。まるで自分がである事を否定するために圧倒的な脅威に立ち向かい、決して自分は弱い人間ではないと証明するためだけに行動していた。




――死ぬ!!絶対に死ぬ!!




全速力で駆け出しているにも関わらずにコウはまるでスローモーションのように時間がゆっくりと流れているように感じた。人は窮地に立たされると死ぬ間際に走馬灯を思い浮かべるというが、今のコウは赤毛熊の動きがよく見えた。


赤毛熊は顔面に石を受けて怯んだが、コウの叫び声を耳にして反射的に右腕を振りかざしていた。このまま突っ込めばコウは赤毛熊の鋭い爪に心臓を貫かれ、一撃で死んでしまうだろう。それでも彼はもう足を止める事はなかった。




――ここで死ぬぐらいなら、せめて……!!




迫りくる赤毛熊の右腕を見てコウは避ける事も防ぐ事もできないと判断し、彼は振り翳した右拳を突き出す。こんな事をしたところで岩も砕けないコウの拳が岩を粉々に破壊できる赤毛熊の攻撃に通じるはずがない。それでも彼はこれまでの訓練で身に付けた力を振り絞って拳を繰り出す。




――今までの全てをぶつけろ!!




吹っ切れた様にコウは全身の力を込めて右拳を突き出すと、時間が加速して赤毛熊の動きが早くなる。そして赤毛熊の右腕の爪とコウの右拳が接触する寸前、コウの頭の中にある呪文が思い浮かぶ。




火球ファイアボォオオオル!!」

「ガァアアアアッ!?」




呪文を口にした瞬間、握りしめていた拳から炎が解き放たれ、赤毛熊の右腕を吹き飛ばす。その光景を見ていたスラミンは驚愕の表情を浮かべ、コウも呆然と自分の右手に纏う炎に戸惑う。



「ぷるるんっ!?」

「な、何だこれ……!?」

「ウガァッ……!?」



赤毛熊はコウの右拳が接触する寸前、彼の右手から放たれた「爆炎」によって右腕が弾き返された。赤毛熊の右腕から煙が上がり、必死に腕を振り払う。


コウは右手の拳に纏う炎を見て戸惑い、自分が何をしたのか彼も理解するのに時間が掛かった。コウは右手に纏った炎が拳の内側から漏れている事に気付き、ゆっくりと手を開くと小さな火球ができあがっていた。



(今のはまさか……)



先ほどの攻撃の際、コウは拳を握りしめた状態で魔法を発動させた。これまで魔法を発動させる時は掌を開いた状態の時しか発動しなかったが、今回の場合は右手を強く握りしめた状態で発動させた。それが原因なのか、本来であれば球体状の炎の塊を生み出す初級魔法「火球ファイアボール」がコウの指に押し潰される形になって炎が形を定まらずに拳に纏う。


自分の魔力で生み出した魔法は自分自身の肉体を傷つけないという原理のため、どれだけ燃え盛ろうとコウの右手が火傷を負う事はない。また、火球を握り潰す際に圧縮された炎が指の隙間から放たれ、爆炎と化して赤毛熊の右腕を吹き飛ばした。



(この力……使える!!)



コウは今まで感じていた「足りない何か」を掴んだような気がすると、自分が欲していた物の正体は「腕力」でもなければ「魔法」でもなく、自分だけの力で生み出したなのだと気付く。



「ガァアアアッ!!」

「ぷるんっ!?」

「うわっと!?」



考えている間にも怒り狂った赤毛熊がコウに目掛けて左腕で攻撃を仕掛けてきた。右腕の方はもう使い物にならないのか、左腕だけでコウに襲い掛かる。



(落ち着け!!動きを良く見ろ、さっきと同じように殴るんだ!!)



冷静さを取り戻したコウは赤毛熊の攻撃を躱しながら相手の動きを読み、攻撃の隙を伺う。先ほどは上手く相手の攻撃を弾き返したが、流石に二度も同じことができるとは思えない。


最初の攻撃はあくまでも偶然に過ぎず、相手の攻撃を故意に狙って弾き返すなどコウにはできない。だが、攻撃の動作タイミングを掴めば反撃する事は決して不可能ではない。



(ここだ!!)



赤毛熊が大振りの攻撃を仕掛けた際、コウは後ろに跳んで距離を作る。そして赤毛熊がコウを追いかけようと前に乗り出した瞬間、コウは掌で造り出した火球を握りしめながら右手を突き出す。



「喰らえぇええっ!!」

「アガァアアアッ!?」



赤毛熊が一瞬だけかがんだ隙を逃さず、コウは拳を繰り出す。この時に握りしめられた火球が再び爆炎と化して彼の右手から放たれ、赤毛熊の顔面を捕えた。赤毛熊は打撃と爆発を同時に受けた事で顔面から煙を上げながら倒れ込む。




※投稿時間をミスって次の話を投稿してました(´;ω;`)モウシワケナイ

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