第34話 依頼2
このようにこいつは延々と話を進めてしまうので、ぼくはあんまりこいつに仕事を依頼したくないのだけれど、一応依頼をクリアしてくれたらきちんと手数料として多少は支払ってくれるので問題はない。というか、諦めるしかない。
「……どうしたんだい。どんな依頼が来ているのか、僕ちゃんに教えてくれないかな?」
「まあ、教えてやらんこともないけれど」
というか話さないと、こちらも商売あがったりだ――そこについては、致し方なしと言ったところでもあるだろう。ぼくは幽霊未遂の話を持ち込んで、神原が興味が抱いてくれればこっちの物だ。ただの幽霊未遂じゃ、こいつのアンテナには引っかからない。だから、ぼくはその依頼内容については吟味する必要がある――という訳だ。
何でもかんでも、在り来たりな話など持ち込んではいけない。
何処にでもあるような事件は、何処にでも居るような有象無象の探偵に解かせてやれば良いのだから。
「僕ちゃんが興味を持たない事件については、事前にゾーニングしていることは有難いことではあるのだけれど……。その結果が、職を失う結果になることはないだろうか?」
「じゃあ、お前は今職を失っているか?」
答えは、火を見るよりも明らかだろう?
ぼくの言葉にうんうんと頷きながら――神原はインスタントコーヒーを一口啜った。
「うん、確かにその通りだな。幽霊未遂の中から、本物を見つけ出す……ってのは面倒臭いことでもあるし、なかなか興味を持たないとやりたくない案件ではあるのだけれど、きみが持ってくる事件は九十パーセントの確率で未遂ではない――つまり、本物の幽霊であることが多い。有難い限りだよ、全く。どうやってそのアンテナに引っかけているのか、一度教えて欲しいものだけれど」
「それ、本当に言っているのか?」
一度、いや何度あったか分からないけれど、そういったやりとりがあって、最終的にお前は面倒そうにそれを受け入れなかった――そんな記憶ばかり残っているけれど、もしかしてぼくは気付かないうちに平行世界に飛び込んでしまっていたのか? だとしたら、存外つまらないのでさっさと元の世界に戻して欲しいものだね。
「パラレルワールドというのは、正直言って非現実的な言い方だよ。……科学的に平行世界を証明しつつあるようだけれど、あれは最終的には平行世界とは言い難い物になるのだと思う。それと同じだ」
「……そんなことを言うのなら、神原、お前は平行世界について一家言ありそうな感じがするけれど?」
「要するに、可能性の世界……ただ、それを平行世界だと言っているだけに過ぎない。例えば、そう――」
インスタントコーヒーの入ったマグカップをテーブルに置くと、机の上に置かれている砂糖の入った袋を手に取った。
「例えば、僕ちゃんがこれを手に取ったとする。この時点で想像出来る未来、いや可能性には何があると思う?」
考えられるとしたら、それは恐らく……二つかな。砂糖を入れるパターンと入れないパターン――でもそれが?
「それもまた、可能性の世界であることは間違いない。そうだろう? 僕ちゃんが砂糖を入れるか入れないかは、僕ちゃんの意思に委ねられていて、それは即ち曖昧な指標によって定められている。僕ちゃんがやるかやらないか……まあ、ここはシンプルな考えだろうね。けれども、普通に過ごしていく上で、それは無限の選択肢の繰り返し……ってことになっていく」
「……何だか話を小難しい方向に持って行こうとしていないか?」
神原と話をするといつもこうだ……ちょっとは上手い方向に持って行きたいところではあるのだけれど、何だかこいつと話をしていると、十中八九遠回りをしてしまう。本来なら近道さえ歩いていれば十五分も掛からない話があったとして、神原と話をしていたら一時間で終わるかさえ怪しい――神原との会話は、そういった話の繰り返しで、あまりにも面倒臭い。
「面倒臭いと言われるのはあまりにも心外ではあるけれどね……。そもそも、そんなに嫌ならば来なければ良いだけでは? だのに、今でも来ているということは嫌ではないんじゃないか?」
「五月蠅い、変人。そんなこと言われなくても、良いよ。別に理解するつもりもないし」
というか、何時まで回りくどい話を延々としなければならないのだ――正直、こんなことが続いてしまうんだったら、くだらない話でも延々と続いてしまうことだって有り得るし、ちょっとは改善していかないといけないかもな。
ボトルネックになっている、とまでは言わないけれど。
「……幽霊未遂の件は、結局どうだったんだい?」
「それを話に来たんだよ。全くお前って奴は……。何時まで経っても本題に入ることが出来ないから、やる気がなくなってしまうよ……。もしかして、それを狙っているんじゃないだろうね?」
「何の話?」
分かってはいたけれど、無意識でやっていたのか……。
だとしたら重症だよ。ちょっと何とかしないと。こういう病気を治療する先生とか居ないかな、何処かに。
「そんな物が居るのなら、一度行ってみたいものだね。もしかしたら、治すことは出来ないとあっさり言われるかもしれないねえ」
何で楽しそうなんだよ。
そういうところだぞ、お前。
「そうかな? 僕ちゃんは全然変人だとは思ってはいないし、寧ろそちら側が正しいということもないのでは? 誰が正しくて誰が正しくないか……なんて、そんなことは簡単に決められやしない。人間というのは、そうやって酷く曖昧な価値観で生きている。それこそ、少し揺らしてしまえば呆気なく崩れてしまうように、ね」
さいですか。
言いたいことは分かるけれど、別にそこまで仰々しいことを言わなくても大丈夫だろうが――これは最早、神原の癖と言っても差し支えない。この男の癖は、そう簡単に直せない。何度言ったって理解してくれないからな、これ。
「失敬な。理解しようとはしているよ、譲歩する意思ぐらいはあるさ、僕ちゃんにだって」
「本当か? それ。鏡見てからもう一度はっきりと言えるか?」
「ああ、言えるとも」
即答かよ。
まあ、そんな物だよな――こいつの価値観って物は。別にこっちの価値観が正しいとは言わないけれど、確実に大勢の価値観と比べたら乖離していることは間違いない。
それぐらい、神原の価値観というのは――言い方が悪いかもしれないけれど、直球で言うならば狂っているのだ。
だから、こういった探偵稼業しか仕事が成り立たない、なんていうデメリットもあったりするのだけれど。
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