第15話 出発ロビー

 出発ロビーには大勢の人が押し寄せていた――無論、全員が唐紅島へ向かう訳ではなく、笠川空港から全国に飛び立つ人が全員ここで出発の時を待っているだけに過ぎないのだけれど。


「ぼく達が乗るセスナは、いったい何処から飛び立つんだ?」


 そもそも、貸し切りの飛行機にこのような出発ロビーを用意してくれているのか、ってところから始まるのだけれどね。

 神原はスマートフォンを見つめながら、ああでもないこうでもないとぶつぶつ言っていた。おい、まさか自分でも何処に行けば良いのか分からない――なんて状態じゃないだろうな? だとしたら、そいつはちょっとショックだ。ショックという一言で片付けて良いのかは、良く分からないけれどね。


「連絡の通りだと、十五番ゲートになるらしい。あんまり使われていないから、急いで来なくても問題はない……なんて言っていたけれど、そんな感じでもなさそうだがね?」

「それは出発ロビー全体のことを言っているのではなく、ゲート単体の話をしているのだと思うけれど……。旅行シーズンが到来しているから、飛行機の搭乗率は高い値を示している、ってこないだテレビのワイドショーでやっていたよ」


 かつては感染症が大流行して、飛行機業界に大打撃を与えたとも言われているけれど――まあ、喉元過ぎれば熱さを忘れるとも言うし、今はその熱さを忘れた段階になっているのだろう。

 ともあれ、空港で少しショップでも見て回ろうかと思っていたからこれは想定外だ――空港の土産物店というのは、やっぱり空港に来ないと足を運ぶことが出来ない。これは当然だと言い張るかもしれないけれど、しかしこれが大事だ。

 何故なら、空港に足を運ぶということは飛行機にこれから乗る可能性が高く、そうでないのに空港に足を踏み入れるのも、そうない。

 まあ、そういうことが増えてきてしまっているから、空港にアミューズメント施設を併設するようになって、飛行機に乗るために空港を利用するのではなく、遊びに行くために空港を利用する――なんてケースも出てきているらしい。空港や飛行機業界も、そういった飛行機に乗らないお客様を大事にしているのだとか。確か、今は乗らないけれど、いつかは乗っていただけるように、気持ちよく過ごしてもらうよう心がけているらしい。そう考えると、飛行機業界も未来を見据えている、ってことになるのだけれど。


「十五番ゲート……、ここか」


 当然ではあるが、誰も居なかった。

 両隣のゲートからは結構高頻度に飛行機が飛び立っているためか、客の流動性が高い。けれども、このゲートは本来使われることも少ないからか、閑古鳥が鳴いている。

 本当にこのゲートからセスナが飛び立つんだろうな?


「疑り深いねえ、たーくんは。別に少しぐらい信じてくれたって良いだろうに。……それと、たーくんの心配は問題ないよ。こっちはちゃんと計画を立てている訳だしね。何度ここから飛行機が飛び立つのを確認したことか」

「ん? その感じからだと、ここから飛び立つセスナが貸し切りではないような……そんな言い方になっているが?」

「いつ貸し切りって言ったっけ?」


 言ったが。

 それとも、まさかぼく達以外にも誰かが乗るのに、貸し切りなどと言い張っていたのか?


「正確には、唐紅島へ飛び立つ専用機……。貸し切りというよりかは、誰が乗るかを把握しきっている、ってことでもある。一斤染財閥関係者、という広いフォーカスで考えれば、それもまた貸し切りと呼べるのだろうね」


 背後から、声がした。

 振り返ると、そこには全てを赤く塗り潰したような格好をした女性が立っていた。

 スーツも赤、ネクタイも赤、シルクハットめいた帽子も赤――唯一白いワイシャツがジャケットから覗き込んでいたけれど、それを踏まえたとしても、三倍動くことが出来そうな格好ではあったけれど、それと同時に目がチカチカする格好でもあった。隣に緑でも置いてくれないか。


「……あんたは?」

「いきなりあんたというのはちょっとどうかと思うけれどね? それともあれか? 他人にはいきなり喧嘩を売れと、そういう教育でも受けてきたのかな? まあ、売ってくれるというのなら、何も言わずに買ってあげるけれどさ」

「……いや、だから」


 誰なんだ、と言っているんだが……。


「――誰かと思えば、秋山か。お前も、ここに?」


 うっそ、まさかの知り合い?


「私を名字で呼ぶんじゃない――と散々言ったところで、お前さんはきっと答えねーんだろうけれどよ。まあ、それも悪くないぜ。ずっと敵対関係を演じ続けていたって。まあ、そもそも探偵である以上、商売敵であることは間違いないんだけれどよ」

「探偵……?」


 探偵というのは変わり者だらけなのかよ。


「そう。私は探偵だ。それも目に見えない物限定――ってところだね。幽霊だろうが神様だろうが何だろうが……、目に見えない物であるならばどんな物だって推理してやる。それが私のやり口だ」

「つまり、神原の上位互換?」

「……たーくん、きみは身も蓋もないことを言うんだな。しかし、それはその通りだよ。同意せざるを得ないね」


 回りくどく言ったって何も変わらないなら、ストレートに言ってしまった方が良いだろうが。


「秋山とは古くからの知り合いでね……。依頼される分野も近しいから、こうやって事件現場でばったり会うこともある」

「これが事件に繋がるかどうかは、さっぱり分からないけれどねえ」


 それもそうだ。

 今回はあくまでも財閥の令嬢に会いに行くだけ――まあ、その理由が良く分からないのだけれどね。そう簡単に解決しそうにないから、長丁場になりそうではある。出来ればさっさと解決して、適当にバカンスでも楽しみたいところではあるけれど。


「まあ、ここで会ったのも何かの縁ってことで、取り敢えず一緒に飛び立とうじゃねーか」

「ってことは、秋山も一斤染財閥の?」

「私は顔が広いんだよ。それに一斤染財閥は、トリニティの一角だ。それもあんたは知っているだろう?」

「トリニティ?」


 また知らない単語が出てきたな……。


「まあ、それについては追々……。とにかく、先ずは飛行機に乗ることとしよう」


 こうもぐだぐだ話しているうちに、案外時間というのは直ぐ傍まで迫っていた。


「そうこなくっちゃな。まあ、よろしく頼むよ、お二人さん?」


 ……何となく苦手だな、ぼくは。

 そんなことを思いながら、ぼく達は搭乗口へと向かうことにした。赤いスーツがあまりにも目立ち過ぎることについては、最早考えないことにした。そうしないと、やっていられないからね。

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