第3話 アイドルの裏面。
バックヤードがあまりにも広いのはちょっと驚きではあったけれど、幾ら地下だからと言っても広さには限界があるはずだし、一体どういう仕組みを使っているのだろうか。全くさっぱり見当がつかない。というか、幾らサンシャインズが稼いでいるとしてもこのオクセンを運営しているとは到底思えないし――これは否定している訳ではなく、謙遜の意味を含めていると言えば良い――、だとすると別の収入があるのか?
「サンシャインズは地下アイドルに留まらない活動をしているからねえ。メンバーのユウカだってこないだテレビに出ていたし、バラエティ番組で面白い回答していたのが良かったなあ……」
「いや、何で樋口が来ているんだ?」
今、ぼく達のメンバーを一人一人説明していくと、ぼくと、神原、そして樋口だ。樋口は絶対にサンシャインズに会いたいがためについて来ているだけだと思うのだけれど。
「部外者ではないし、別に良いでしょう?」
「まあ、一人二人増える程度でしたら……。けれども、一応言っておきますが……、落胆しないでくださいね」
「落胆?」
それって一体どういうことなんだろうか。
もしかして、サンシャインズには裏の顔があるとか?
「まあ、見てみれば分かる話ですよ。……やっと、到着しました」
気が付けば、ぼく達は楽屋の前に到着していた。扉の横の看板には、『サンシャインズ マリサ様』と書いてある。
「あれ? サンシャインズって仲良しだから楽屋も一緒って話を――」
「それはただの妄言でしょう。仲良くしているから裏でも一緒だ……なんていうファンの妄想に過ぎませんよ。そもそも、そんなことが有り得ると思っているのですか。仕事でもプライベートでも仲良くしている集団が居るなんてこと、殆ど有り得ませんよ。大抵は、片方が仲良いなら、もう片方は仲が悪いでしょう。それが真実です」
「えー……、知りたくなかったな……」
そりゃあ、ファンからすれば落胆することだろうし、知りたくないと言いたくなるのも分かる。
けれども、それも考えていた上でついてきたんだろう。だったら、仕方ないんじゃないか。
「まあ、マリサはまだ良いですよ。アイドルらしいアイドルですから……」
扉をノックしてから、マネージャーが開ける。
楽屋は小さい部屋になっていた。玄関のスペースがあり、そこで靴を脱ぐ形だ。畳が敷かれている部屋というのは良い部屋だと思う。壁側には机が設置されていて、鏡が壁に取り付けてある。恐らくはそこで化粧をするのだろう――そうして、鏡に向かって一人の女性が俯いた表情を浮かべていた。
赤いフリルが付いたドレスがハンガーに掛けられている。きっとそれが今日のライブで着る衣装だったのだろう。しかし彼女はそれを身に纏っておらず、紫色のジャージを着ている。
……いや、ジャージ?
ジャージは確かに準備中の服装としては最適なのだろうけれど、アイドルってジャージ着るもんなの?
「……誰?」
「マリサ。体調は大丈夫かい? ちょっと、さっき言っていた幽霊のことについて聞いておきたいことがあって――」
「――失礼する。きみだな、幽霊未遂を起こしたのは」
「幽霊……未遂?」
ほら見ろ、謎の単語を聞いてマリサは目を丸くしているじゃないか。
「幽霊未遂というのは――」
「幽霊を見たか見ていないかどうかというのは、本人にしか分からないから確定事項とは言い切れない――ということだ。言うなれば、シュレーディンガーの猫だな」
何で僕ちゃんの台詞を奪うんだ、と言いたそうな顔をしている神原だが、それはこっちの台詞だ。何で同じ台詞をまた言う必要があるんだ――ということだ。それも長々と説明するのだったら、やっぱり掻い摘まんでぼくが説明した方が早い、ということだ。そういう結論を導くのも、最早必然と言えるだろう。
マリサはぼくの説明を聞いて納得したのか、何度か頷いて、
「……いや、違いますよ! わたしが見たのは、確かに幽霊なんですって。未遂とかどうとか、そういった話じゃ――」
「――だから、それを証明出来ないだろう?」
「……っ!」
「いや、神原……。幾ら何でも言い方ってものが……」
「何だ、たーくんはそっちの味方ってことかい? だったら、それはそれで否定しないけれど……。たーくんは今回の幽霊未遂は未遂じゃない、そう思っているのかい。だとしたら、それなりの証拠が必要だと思うけれどね」
「それを聞くために、ここに来ているんだろう。……申し訳ないな、いきなりやってきてああだこうだとゴタゴタしていて」
「いえ……、別に大丈夫です。あなたは――頭ごなしにわたしが見た幽霊を否定しないんですね?」
「そりゃあ、幽霊は存在するからね。……だが、存在する理由はそれぞれだ。もしかしたら第三者が介入出来るかもしれないし、出来ないかもしれない。ただ、一番は――幽霊が出現しやすく第三者にも見やすくする状況を作り上げなくてはならない。それが出来なければ、本当に未遂のままだ。僕ちゃんは骨折り損の草臥れ儲けってことになる。まあ、お金すら貰えないかもだから、純粋に損になるか」
マリサの言葉に、神原は即答する。
相変わらずというか、変わらなくて寧ろ安心すらするのだけれど、本当に面倒臭そうに答えるんだよな。心霊探偵として、専門分野で仕事をしているんだから、それなりに自信と気合いを持って仕事に取り組んでもらいたいものだ――まあ、こいつが真面目に仕事をしていたら、ぼくがサポートで苦労することもないのだけれど。
「言いたいことは分かるけれど、きっと話したところでその状況を作り上げられるかは分からないけれど……」
「作れるか作れないかを聞いている訳じゃない。問題は、それを勝手に当事者が判断することではない――ということだよ。当事者ではなく第三者が聞いてあげることで、状況を分析し幽霊を出現させる状況を確立する方向へ持って行く――それが一番大事なことなんだ。ともあれ、大事なことが分からないし、分かったところでそっちに誘導出来ないのが面倒なんだよなあ」
おい、最後は明らかに本音だろう。
そんなことを言っているから、いつまで経ってもちゃんと心霊探偵の仕事が終わらないんだろうが。終わらない、というか終わらせることは出来るのだけれど……、それを未遂の方向に軌道修正させてしまうのが殆ど、というか。カウンセリングの結果、そうなってしまったのなら少しは譲歩する価値もあるのだけれど、何回かはそれって幽霊が居たんじゃないか? という素人が見ても思う事案もあった訳だし、そう思うと少しは不安なのだけれどね。
まあ、そういう事案でも――神原が言うには、幽霊を出現させるに至らない現世の理由があったから、ということらしいのだけれどね。
要するに、物は言い様だ。
「……取り敢えず、話を聞いておきたい。上がっても?」
「まあ、立ち話をずっとするのも、何だかね……。良いよ、上がっても。どうせ、マネージャーもそれを見越して呼んだんだろう? ってか、幽霊専門の探偵? が居るなんて聞いたことないし……。本当にちゃんと解決してくれるんだろうね? 何だか話を聞いていると、色々話を聞いただけで何もしないような気がするけれど……」
分かっているじゃないか。
ってか、神原、もう相手に気付かれる程そういうオーラをプンプン出しているってことになるのだろうか……。だとしたら、それはそれで嫌だなあ。ますます仕事をしなくなるじゃないか。
「じゃあ、お邪魔するよ。ちょうどそこにテーブルもあるし、そこで膝をつき合わせて話をしようじゃないか」
そうしてぼく達は正式に楽屋にお邪魔することとなった。
因みに樋口が無言になっているのは、推しの地下アイドルを目の当たりにしているからか、何故か人見知りを発動しているためだ。お前、ここで人見知りを発動している場合じゃないだろう、と言いたいところだが、これが案外普通の反応なんだろうな、多分。
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