心霊探偵、神原語は仕事しない
巫夏希
第一章 地下アイドルの幽霊
第1話 サンシャインズ
地下アイドル『サンシャインズ』は、笠川市の地下にある劇場オクセンを拠点としている。
地下アイドルではあるが、たまに深夜のテレビ番組に出演する機会に恵まれるなど、今注目の地下アイドルとしても知られている。
劇場のある黒山羊は繁華街として知られるエリアで、夜になるとバーや居酒屋がその明かりを明け方まで照らしていて、ネオンサインよろしく、綺麗な夜景の一つを作り上げている。
酔っ払いの人間と酒臭ささえなければ、綺麗一点張りで言い張れるぐらいの場所だ。
しかし、時刻は今十七時。
ライブが始まる十八時には少し早いが、開場はもうされている。
良い席を取る――なんてことはこの劇場ではない。何故なら全てが立ち席だからだ。
彼女たちの雰囲気を間近で味わうことが出来るもだから、立ち席でも何ら問題はない――のだろう。
何故ぼくがそんな客観的に言えるのか、というのは付き添いで来ているためだ。
サンシャインズとやらも見たことはない。
一緒に来ている――正確にはチケットが余っているから来いなどと言い放った悪友の樋口がバスの道中べらべらと喋っていたのを覚えてしまっていただけに過ぎない。
樋口は女性でありつつも地下アイドルのオタクらしい。
女性でも地下アイドルを好きになることがあるのか、などと言ってしまうと昨今五月蠅いので、これについては心の中で止めておくとして、ぼくとしてはさっさと終わらせてしまいたいところではある。
つまらない、と言い切ってしまうことも良いのだけれど、ぼくとしては興味はない訳ではなかった。
正確には知的好奇心が勝った、とでも言えば良いのだろうけれど、地下アイドルのライブとはどういうものなのかを一度間近で見てみるのも良いだろう、と思っただけだ。
そういう訳で劇場へと向かうべく階段を降りていった訳だが――。
「どうして今日のライブは中止になったんだ!」
――いきなり怒号が飛び交っていた。
「申し訳ございません。本日はメンバーの体調不良でして……」
ぺこぺこと頭を下げているスーツ姿の男性は恐らくマネージャーだろうか。
マネージャーも大変な仕事だよな――だって、このような理不尽な怒りをぶつけられたとしても、こっちに非があるとして謝らなければならないのだし。
まあ、もしかしたら本当に悪いのかもしれないし、そこについてはあまり言わないでおくとして、問題は――その内容だ。
「だから、どうしてライブが中止になったかと聞いているんだ」
「メンバーが体調不良となり、出演が出来なくなったためです。残りのメンバーだけでも出演出来ないか、パフォーマンスが出来ないか最後まで思案しておりましたが、やはりサンシャインズは一人欠けてしまうとパフォーマンスが完璧に行えないと判断した結果でして――」
プロ意識、というやつだろう。
確かにアイドルだろうが何だろうが、集団でのパフォーマンスと一人欠けてしまったパフォーマンスとでは、その完成度が全く異なってしまう。あまりにも違ってしまうと、見ているファンから怒号が飛び交ってしまう可能性も零ではないだろう。
「……グッズを買いに行こうと思ったら、とっくに美桜ちゃんのタペストリーが売り切れていたよ。しくしくだぜ、通販に賭けるとするか」
そんなことを考えていると、奥にあるショップのスペースから樋口がやってきた。
ぼくをここに連れてきた、元凶だ。
樋口はお目当てのグッズが手に入らなかったらしく、見た感じご機嫌斜めのようだった。グッズが手に入らないとなると、やはり気分に関わってくるのだろうか。
「待たせたね、たーくん。ところで、ライブはどうなった? 開場のアナウンスはあったと思うけれど、この感じだと誰も入れていないようだし。早く良い席取っておきたいから、並んでおきたいんだけれどねえ」
「……そのことだが、樋口」
「どうしたの、たーくん。改まって」
こんな狭い空間でたーくんなどと呼ぶではない、と言いたいところだったが、樋口はずっとそう呼んでいるので今更それを変えたところでどうという話でもないし、きっとこいつは言ったところで変えるはずもないだろう。そういう性格だ、樋口っていう女は。
それはそれとして。
「ライブだが、どうやら中止らしいぞ。メンバーが体調不良らしい」
「……何だって?」
樋口は目を丸くして、ぼくに再度聞き直した。
だが、聞き直したところで事実が変わる訳などない。このタイミングで世界線が変わればまた別の話だけれど。
「だから、ライブが中止なんだ。メンバーが体調不良らしい……。悪い言い方をすれば、ドタキャンってやつだな。まあ、肩を持つつもりはないが、人間の体調というのは波があるし、そこについては仕方ないように思えるがね?」
「でもまあ、コンディションを整えるのもアイドルの仕事、ってもんかもしれないけれど……。でも、わたしは冷静にそれを受け止めるから安心しろ、ところでたーくん、ライター持っているかな?」
「地下は火気厳禁だろ、どう考えたって」
それに、確実に動揺しているだろうが。
普段はこんな明らかに禁煙の場所で煙草を吸おうなんてしやしなかったはずだろう。それをあっけらかんと破るということは、確実に動揺しているはずだ。それを指摘したところで治るはずもありはしないのだけれど。
「いや、いやいや……ちょっと待ってよ。ようやくライブにこぎ着けた、ってのに中止だって? それは幾ら何でも不憫すぎやしないか。わたし達ファンもそうだけれど、サンシャインズのメンバーだってさ。二年間、感染症の影響でこういう劇場ではライブを出来なかったんだよ。感染症対策をしっかり取るために換気をしなければならないし、間隔を開けなければならないし、休憩をしなければならないし、マスクをつけなければならないし、定員も厳しく制限されてしまうし……。けれども、大手ならそれを簡単にチケット代に転嫁出来たけれど、地下アイドルはそうはいかない。何故なら、彼女達にとってファンは大切な存在だから、そんなファンから簡単にお金を摘み取ってはいけないという精神が働いていたらしいんだよ。だから、彼女達は必死になって、利益を削ってまでもなんとか開催出来るようにここまでやってきた。いわば、今日のライブはサンシャインズのメンバーにとっては集大成とも言えるライブだったはずだ。無論、サンシャインズはここで解散とかする訳でもないし、新天地へ向かう訳でもないはずだけれど、まあ、サプライズがあればそれはそれで嬉しいし、新メンバーが入っても良いし……、解散はして欲しくないけれど。とにかく、サンシャインズにとっては、今日のライブは不可欠であり絶対にやらなければならないライブだったはず……。だのに、どうして今日のライブが中止になってしまったんだ、という話だよ。体調不良というのならば、どうしてこの日に向けてコンディションを整えなかったんだ、って話になってしまうし、この結果を避けることは出来なかったのか、って話にもなってしまうし……。はあ、悲しいよ、全くもって悲しい」
樋口の熱い思いは伝わってくるけれど、せめて文章を区切ってはくれないか。意味を理解しづらい。
「……で、どうするつもりだ。樋口」
「あん? どうするったって、もう終わっちまったものはしょうがないじゃないか。取り敢えず、もう今日は帰るよ。ライブのDVDでも見ることにする」
あの、本人が自分で焼いたという?
何かビデオテープだったらテープが切れるぐらい見たって言っていたような気がするけれど、また見るというのか……。流石にもう付き合わないからな。
「幽霊が居る――だって?」
もう人も疎らになっていて――ライブが中止になったのなら、当然と言えば当然だけれど――ぼく達もご多分に漏れず、そろそろ帰ろうかと思った矢先、奥に居たマネージャーがそんなことを言っていた。
電話をしている様子だが、声が大きくて色々と聞こえてきてしまう。
「ええと、幽霊が居て、出られる感じじゃない? あのなあ、マリサ。さっきも言ったかもしれないが、幽霊なんてそんな子供だましなことが通用すると思ったら大間違いなんだぞ! 大人をからかうのもいい加減にしろとどれだけ言ったか……。今日だって、ライブを楽しみにしてくれた人達におれがどれだけ頭を下げたか――」
「おい、たーくん、あれって……」
「幽霊、だろう。だったら、あいつの領分だろうな」
こういう話にはうってつけの人間が居る。
それを現実を知らないマネージャーに教えてやりましょう。
「ちょっと良いですか?」
「あ、何だ。今電話をしていて……。それにサンシャインズのライブは今日は中止になっていて――」
「あ、いえ。中止になっていることは知っているんです。問題は今話している内容……」
「ごめんなさいね。ちょうど帰ろうとしたら、話が聞こえてきて」
マネージャーはばつが悪そうな表情を浮かべたけれど、直ぐに答え始めた。
「……ああ。ちょっと色々あってね。メンバーのマリサが幽霊を見てそこから出ることが出来ない、って言うんだ。だからライブも中止だよ。感染症対策をして、久しぶりのライブだっていうのに、幽霊みたいな子供だましで中止することになろうとは――」
「――その、幽霊なんですけれど、解決出来るかもしれないとしたら? あ、いや、もしかしたら話を聞いたら幽霊じゃないかもしれないんだけれど」
「……どういうことだ?」
マネージャーは疑心暗鬼になっている様子だ。
まあ、そうだろうな。いきなりこんなことを言われたら、納得する訳もない。
「取り敢えず、一度会ってみてくれませんか? 話はそれから、ってことで……。一応言っておくと、そいつは幽霊にまつわることだったら、どんなことでも解決に導こうとする探偵なんです。人呼んで――」
――心霊探偵、ってね。
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