第五十一話 魔法学園ご案内編②
日が沈みはじめた黄昏時の夕方。
一休みしていた私は、サフィに誘われて夕食を共にしていた。
「うーん、今日のスープはいつにも増して美味しい気がするわ」
私の向かいの席に座るサフィは、パンとスープを交互に口に運びながら満面の笑みを浮かべている。
「確かに美味しい……というか、精霊って人間みたいに普通に食事するのね」
「ええ。口があって舌があって、味覚を感じられるなら、もちろん可能よ。まあ、人間みたいに毎日食べる必要はないんだけどね。嗜好品みたいなものかしら。今は物資にも余裕があるから、たまにはこうして贅沢させてもらってるの」
「いい時代になったわねー」と感慨にふけるサフィ。
今日一日彼女に付き合って思うのだけれど……本当に彼女は精霊なのだろうか?
思考や言動、行動の一つひとつが人と大して変わらず、触れた手も暖かかった。
自称“大精霊”を名乗ってはいるけれど、実は私たちと変わらない、ただの人間なんじゃ……。
そう思っていた矢先、サフィがドアや壁をすり抜けていく姿を目の前で見せられた。あれだけは確かに、人間にはできない芸当だ。やっぱり精霊なのかもしれない。
「もしかして、そういう魔法なのかな……」
「ん? どうかしたの、エーナ?」
「ううん、なんでもないわ。ちょっと考え事してただけ」
「そう? ならいいのだけど。ところでエーナ、さっきからあんまり食べてないけど、もしかして口に合わなかった?」
「いえ、そんなことないわ。私、食べるのがちょっと遅いだけで……スープもパンも美味しいわよ」
出されたスープもパンも、味にはまったく問題ない。
いつもの私なら、もう食べ終えていてもおかしくないくらいだ。
進みが遅い理由は、サフィと話しながらの食事というのもあるけれど……一番の理由はそれじゃない。
その理由とは──
「あの子よ。今日、サフィと一緒に教室に入ってきた子」
「ここで食事してるってことは転入生かしら? でも制服じゃないのよね」
「何年生なのかな? 誰か聞いた?」
私たちから少し離れた席で、遠巻きにこちらを観察するように話す生徒たち。
ここは学園の食堂。夕食の時間帯とあって、生徒たちが一斉に食事をとっている。
そんな中、見慣れない人物が目立つサフィと一緒にいるとあれば、自然と注目を集めてしまう。
早く食事を終えてこの場を離れたいけれど、私は緊張に弱く、食事がなかなか喉を通らない。
おまけに、サフィが「サービス」と言ってスープを大盛りにしてくれたのも、原因のひとつだ。
生徒たちが距離を取る中、一人の影が食事を持ってこちらに近づいてきた。
「サフィ、隣いいかしら?」
「あら、フロノちゃんじゃない。もちろんいいわよ」
やってきたのは、ライハスさんの姪・フロノだった。
「エーナ、私がここに座っても大丈夫?」
「もちろん。むしろ、部外者の私がここで食事してていいのか心配なくらいなんだけど」
「エーナはもう入学が決まってるし、サフィの許可もあるみたいだから大丈夫だよ」
「気にしなくていいよ」と言って、フロノは席に着いた。
「今日はサフィにいろいろ学園を案内してもらってたみたいだけど、どうだった?」
「見たことない道具とか、授業の様子が見れて楽しかったわ。ただ……みんなの授業の邪魔になってなかったか心配だけど」
「大丈夫よ。進行を止めたりしてなければ。ちなみにサフィは以前、薬品の調合授業中に突然参加してきて薬品を爆発させたから、それに比べれば全然問題ないと思う」
「へぇ……って、サフィ!? 何やらかしてるのよ!」
「いやー、私も一緒に実験したくて参加したら、手が滑っちゃって。てへっ☆」
「『てへ』じゃない! ああいう授業は危ないんだから、先生の言うことをちゃんと聞いて、手順通りにやらなきゃダメ」
「はーい……」
しゅんと落ち込むサフィ。
やっぱり彼女、大精霊なんかじゃなくて、普通の人間なんじゃ……?
「ところでエーナ、話したいことがあるんだけど」
「話したいこと?」
「うん。今日、校長室で会ったときの話の続きをしたいの」
「校長室での話の……あっ」
嫌な予感がした。
「そう。大魔女アピロからの課題の件。やっぱり気になってて、どんな課題か教えてほしいの」
やっぱり、まずい話だった。
「え、えーと、そうね。まぁ、大した内容じゃないの、本当に。簡単すぎるくらいで……」
「確かに、アピロの弟子であるエーナにとっては大したことないのかもしれない。でも、私にとっては未知の知識だし、きっと参考になると思うの。だから、内容を教えてほしいの」
「いや、その……えーと……」
やっぱりまずい。
フロノは、課題の内容がすごく高度なものだと勘違いしている。
実際は「初歩的な魔法の教科書を読むこと」。しかも、それすら読めなくて、フロノの伯父であるライハスさんに助けを求めたくらいだ。
正直に言うべきか……どうしよう、と悩んでいるその時だった。
気づけば何人かの生徒が、ぞろぞろと私たちの席に近づいてきていた。
「あの、今アピロがどうこうって聞こえたんですけど、もしかしてあなたが、噂の“大魔女アピロ”に弟子入りしたっていう子ですか?」
「え……まあ、一応、弟子ではありますけど……」
そう答えた瞬間、わーっと生徒たちが歓声をあげ、私の周りに殺到してきた。
「あのアピロの弟子!?」
「本当に弟子を取ったって噂、ホントだったんだ!」
「ねぇねぇ! どうやって弟子になったの?」
「どんな魔法が使えるの!? もうすごい魔法とか習った?」
「ちょっと、ちょっと! 一遍に言われても答えられないから!」
一斉に飛んでくる質問に、声がかぶって何を言われているのかもわからない。混沌としてきた。
そんなとき──
混乱の中でもはっきりと響く、力強い声が食堂に木霊した。
「騒がしいわね。何事なの?」
その声を受け、生徒たちの喧騒がピタリと止んだ。
先ほどまでの盛り上がりは一気に冷め、緊張した空気が辺りを支配する。
カツ、カツ、と乾いた足音がこちらに近づき、やがてその姿が視界に入る。
紺色のとんがり帽子にローブをまとい、鋭い目つきをした背の高い女性。
彼女は周囲を見渡したあと、場違いな私の姿を見つけ、鋭く睨みつけた。
「見ない顔ね。あなた、名前は?」
「エーナ・ラヴァトーラって言います……」
「エーナ……聞いたことのない名前ね。それに制服も着てない。ということは、部外者? どうしてここにいるの?」
「エーナは部外者ではありませんよ、ナハト先生」
サフィが庇うように口をはさんだ。
「どういうこと、サフィ?」
「エーナは来年、この学園に入学予定の子です。今日はとある用事で訪れていたので、私が案内していたんです」
「なるほど、そういう事情ね。でも、入学予定とはいえ、今はまだ部外者よ。学園内を軽々しく歩かせるのは感心しないわ」
「ちゃんと校長の許可はいただいています。それに彼女は“大魔女アピロ”の弟子。出自も確かですから」
「弟子……アピロの弟子、ですって?」
ナハト先生の目が鋭くなり、私を見据える。思わず体がすくんだ。
「あんたが、アピロの弟子、ですって……!?」
にじり寄るように迫ってくるナハト先生。
まるで憎しみすら込めたような目で、私を睨みつけてくる。
“災厄の魔女”と呼ばれたアピロの弟子であることのデメリットを、私はこのあと、思い知ることになるのだった。
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