第五十話 魔法学園ご案内編①

(疲れた、さすがに疲れた)


現在、私はサフィに連れられて魔法学園の案内を受けている最中である。

かれこれ、もう感覚的には二時間くらい経っただろうか。


最初のころは、見たことのない道具や部屋の構造など目新しいものも多く、ワクワクしながら案内を受けていた。

だが、サフィの長〜い、そして私には少し難しい懇切丁寧な説明と、てきぱきとした移動によって、朝から屋敷を出て活動を続けていた私の体力は、もともとあまり残っていなかったこともあり、どんどんと削られていった。


「ここが薬草関係を収めている倉庫で、そこが薬学の教室。いまちょうど授業中だから、中の見学はまたあとでね」


「別に中の見学までは無理してしなくても大丈夫です。本当に」


「本当に? せっかくだから見ていったほうがいいと思うんだけどな〜」


何かとしっかり説明したがるサフィに、念を押すようにして拒否の姿勢を見せる。

善意から説明したいという気持ちは伝わってくるので、少し心苦しいが、仕方ない。

それに、私には体力的な疲労とは別に、もうひとつ精神的な疲れの原因がある。

それはというと――


「ねぇ、あんな子、この学園にいたっけ?」

「ううん、見たことないわ。服装もうちの制服じゃないし、誰なのかしら?」


と、今まさにこちらを見ながら話している女子生徒たちの声が耳に入ってきた。これが、その原因である。


当たり前のことではあるが、ここは魔法学園。基本的には生徒や教師など、関係者しかいない。

そのため、入学予定とはいえ、部外者である私が制服も着ずに学園内を歩き回っていれば、しかもサフィと一緒なら、目立つのは当然で、周囲から視線を集めてしまう。

しかもサフィに最初教室を案内されたときは、


『はい、ここが魔法の実技を習う教室よ、エーナ。そのための道具とかいろいろ備えてあるのよ。あ、適当に中を歩き回るけど、授業中の皆さんはそのままでいいからね〜』


と、大きな音を立てて扉を開けて入っていき、授業中の生徒たちの注目を一身に集めることになり、非常に気まずい思いをした。

そのあとサフィには、「授業中の教室は邪魔になるから、中に入ってまでの説明は控えてほしい」と伝えた結果、先ほどのやりとりになったというわけだ。


(別に悪いことをしているわけじゃないんだけど……邪魔にはなっていそうだし、なんかこう、居心地が悪いわ……)


いや、でもサフィは結構大きな声を出してたし、実際邪魔になっていたのでは?

学園の管理人とは一体なんなのだろうか。


「もしかして、エーナ、疲れちゃった?」


ぼーっとしながらついてきていた私の顔を見て、サフィは心配そうな顔をして尋ねてくる。


「……さすがに、朝からけっこう歩き回っていたので、疲れてきたかもしれません」


「そっか、そうだよね。ごめん、私張り切っちゃって。じゃあ、ちょっとどこか休めそうな部屋で休憩しようか」


「ごめんなさいね」と、再度謝るサフィ。


「サフィって、生徒が来たらいつもこんなふうに案内してるの?」


「そうね。この学園は広いから、入学初日は新入生を連れて必要な場所を案内するわよ。医務室とか食堂とかね、そういうところはよく使うから。

でも今日みたいに細か〜く説明してあげるのはあまりないから、エーナはとっても運がいいわよ!」


「特別特別〜」と口ずさみ、胸を張るサフィ。

どうやら私への対応は“特別”らしい。


「特別……だったんですね。でも、どうして?」


「そう、それそれ! それなのよエーナ! 私、あなたに聞きたいことがあったのよ!」


そう言いながら、サフィは顔をぐいぐいと近づけてくる。


「サフィ、顔が近いんだけど……」


「ちょっと動かないでね……えいっ!」


「ぶぇっ!?」


突如サフィは、私の顔を両手でつかむと、「ふむふむ」と言いながら角度を変え、何度も眺めて何かを確認し始めた。


「やっぱりそうよね、そうだよね〜」


「ちょ、急に顔つかんでどうしたんですか」


「うーん、やっぱり……。ねぇエーナ、あなた、私と会うのは今日が初めて?」


「今日が初めてですけど。学園に来たのも初めてですし」


「そうよね、来るのも初めてだもんね〜」


「やっぱり気のせいか」と、腕を組みながらしかめっ面になるサフィ。


「あの、さっきから話の流れがよくわからないんですけど」


「あのね、今日会ったときから思ってたんだけど」


「はい」


「私、エーナと会うの、初めてじゃない気がするの」


「へ?」


「会ったときから、初対面って感じがちょっとしなくてね。さっき案内しながらず〜っと見て考えてたんだけど……やっぱり私、あなたと会ったことがあると思うの」


「いや、だから私、今日初めてここに来たんですよ。それに、最近までずっと故郷の田舎の村にいましたし」


「でも間違いなく、会った覚えがあるのよ。まったく他人って気がしないのよね〜。こう、付き合いの長い戦友のような?」


「私はサフィと昔会ったような記憶はないですし、何度も言ってるとおり、今日ここに初めて来たんです。というか、サフィって精霊なんだから、そういう記憶って人よりしっかりしてるんじゃないんですか? あと、私のほっぺをむにむにして遊ばないでくだひゃい」


「あ、ごめんごめん。さっき触ったら気持ちよかったものだから」


しゃべっている途中、自然な動きで私の頬を触ってきたサフィに注意し、手を離させる。


「まあ、エーナが“初対面”って言うなら初対面か。たぶん昔、似たような生徒がいて、勘違いしちゃってるのかも」


「そこらへんって、精霊でも記憶があいまいなんですね」


「私は人間と密接に暮らしすぎて、どんどん精霊らしいことができなくなってきてるからね。

昔は建物の中なら瞬時に移動できたりしたんだけど、最近は皆と一緒にちゃんと歩いて移動しないとダメなのよね〜」


「さらっと大変なことを言っているような気がするんですけど……精霊って、そういうものなんですか?」


「どうかしら。もう長い間、私以外の精霊には会ったことがないから。

まあ、私の勘違いだったということで、変な質問してごめんなさいね。とりあえず、改めてよろしくということで」


サフィは私に手を差し出し、握手を求める。


「まあ、そうね。とりあえず勘違いだったみたいだし、こちらこそよろしく、サフィ」


私も手を差し出し、彼女と握手を交わす。

なんの変哲もない、普通の握手。相手は“大精霊”という、よくわからないけど特異な存在ではあるけれど、話してみると意思疎通のできる、ごく普通の人。


そして最後に、サフィは少し強めに私の手を握りながら、こちらに微笑んだ。


「本当に、改めてよろしくね、エーナ」

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