第三話 世話焼きな親友
「あら、エーナちゃん!この村を出ていくって本当?」
「いや、まだ出ていくって決まったわけじゃないので!」
翌日、起きて身支度を整え外へ出た私は村人達からから質問攻めに合っていた。
どうやらウルが昨日の件を周りに言いふらしていたらしく、村から出ていっちゃうの?などと
誰かと顔を合わせるたびにそんな質問を投げかけられる。
しかも話が独り歩きしているのか、私が既にウルの提案に乗って村から出ていくと思い込んでる人も多く、
朝から早々私の頭の中はぐっちゃぐっちゃである。
「それで、この話は本当なのエーナ?」
「本当かと聞かれるとそうでもないというか、なんというか……」
「嘘か本当かを訪ねてるだけなんだけど?」
そして今現在もとある友人から質問受けている。
彼女は私の分の紅茶を先に淹れ、自分の紅茶を用意してから席に腰を下ろした。
「ウルが嘘を言う子じゃないとかそういう事じゃなくて出回ってる話の真偽が知りたいの。
エーナ、本当にウルの召使いになるとかなんとか言ったの?」
「私が言ったわけじゃないのよアメリー。ウルが言いふらしてるのよたぶん……」
現在私は友人であるアメリーの家でお茶をご馳走になっていた。
ウルと同じく彼女とは幼いころからの付き合いである。
歳は私と同い年なのだが頭もよく面倒見のいいのお姉さんの様な存在である。
「で、でもアメリーも村に帰ってきてたんだね。さっき家から出てきたときはびっくりしちゃった」
「ええ、本当は帰ってくる予定じゃなかったんだけど村にちょっとした用事ができちゃって。急だったから手紙も送れなかったのよ」
彼女は一年前から医療を学ぶために村を出て王都に住んでいる。
私は起きて身支度を整えた後、アメリーが村に帰ってきているとは露知らず彼女の家を訪れ居た。
アメリーの父親は医者であり、昨日の頭痛について看てもらおうと思ったからだ。
しかし
『ごめんなさいエーナ、お父様は今タリアヴィルに出かけてて後数日は戻らないのよ』
という結果に終わってしまった。
その後仕方なく帰ろうとした所、せっかくなのでお茶をとアメリー進められ、現在至るのである。
だが引き止めた理由はお茶というより流れている噂を確かめるための様だが。
「とりあえず何があったか最初から全部話しなさい。包み隠さずによ、いいわね?」
「はい……」
私はもう一人の親友に事の顛末を話した。
昨日ウルに会ったこと。
ウルからある話しを持ちかけられたこと。
すべてを聞き終わった彼女ははぁと大きく溜息を吐いた後、一口紅茶を啜ってから再度また溜息を吐いて口火を切った。
「大体事情はわかったわ、ええわかりましたとも。というわけでエーナ、断ってきなさい今すぐに」
「お早い判断で……」
「お早い判断って……、これはあなたの問題なのよ?まずなんでその話しをすぐその場で断らないの、そんなむちゃくちゃな話しがあるもんですか。
いい?使用人続けながら魔法を学ぶなんて無理よ無理、絶対に無理。」
「でもウルが私に嘘を言うと思えなくて。村にいる時はいつも私の事気にかけてくれてたし、だから今回も私のためを思って本気で言ってると思ったのよ」
「ええ、本気でしょうね。あたなを村から連れ出すことに」
アメリーは飲み干したカップをソーサーの上へ置いた。
「ウルの一番目的はね、あなたを村から連れ出して自分の手の届く範囲に置いておきたいのよ」
「え、私を?でもなんで?」
「それはあなたが彼女にとって……一番の友達……というか依存…………。まあとにかく一番仲のいい友達のあなたに近くにいて欲しいっていうただそれだけのためなの。
あなたの将来についてなんて二の次よ。魔法の話だって、あなたを誘惑するための甘い甘い蜜みたいなもんなんだから」
「それじゃあウルは、単純に友達が近くにいて欲しいからっていうだけで私にあんな話しを持ちかけたの?」
「だから今そういったじゃない。あの子基本的に超がつくほどの人見知りでしょ。
そのくせ意地が張るし人当たりが強いから余程のお人好しでもないと友達なんてなれなさそうだし。
多分城下の学校方でも一人ぼっちだったんじゃないかしら。
それで生活に嫌気がさしてタリアヴィルにあなたを連れて引っ越し楽しい新生活のスタート。まあ大体そんな感じよね」
「アメリーって結構辛辣なこと言うよね……」
「今までの彼女との付き合いや経験からの考えられる憶測よ。いろいろ大変だったんだから」
やれやれと呟いてアメリーは空になっていた自分のカップを手に取ると再び紅茶を注ぎに台所へと歩いていく。
実の所、アメリーとウルの関係はそんなによくはない……と思う。
というのも、彼女もウルと同じくらいに意地っ張りなところがあるからだ。
まだウルが村にいた頃などはよくお互いに言い争いをしていたのを覚えている。
今日遊ぶ内容、お昼の内容、村祭りの飾りつけ、何かと彼女達は対立していた。
だが、非常に険悪な雰囲気になるというわけではなく、大体の場合はどちらかが折れ、
その後は素直に相手の意見に従っていたような気がする。
とは言え折れていたのはアメリーが大半だったような気がしないこともないが。
紅茶を淹れ終わった彼女は台所から戻ってくると はいこれ といいながら一緒に持ってきた茶菓子を差し出してきた。
「ありがとうアメリー。おいしそうなクッキーねこれ」
「当然でしょ。なにせ私ががんばって練って焼いたんだから」
「これアメリーが作ったの?」
「ええ。お父様も紅茶が好きだから、ティータイムに食べるお菓子でも用意してあげようと思ってね。練習して作れるようになったのよ」
「そっか、お父さんのためになのね。そういえば私のお母さんも甘いものが好きだった気がするな……」
クッキーをひとつ手に取りながら昔のことがふと頭をよぎる。
仕事がない日はよく母が菓子を焼いておやつとして用意していてくれていた。
私のためにとはいっていたが、母も菓子が好きだったのでそのための理由付けともとれるが。
「大丈夫?」
そうやって昔の思い出に浸っていると、アメリーが居心地悪そうに声をかけてきた。
「え?」
「今、悲しそうな顔してたから。辛い事思い出させちゃった?」
「いや、ぜんっぜん大丈夫よもう。昔のことだし。もうとっくに吹っ切れちゃったから!
「それならいいのだけど……」
そんな顔をしていたのだろうか。
ただ昔の思い出に浸っていただけだったのに。
「あなた昔から悲しい事とか抱え込む癖があるんだから何か辛い事があるならいいなさい?
私でよければ相談に乗るから。今言いにくいなら手紙でもなんでもいいから、ね?」
「ありがとうアメリー、でも本当に大丈夫よ。
私結構すぐ嫌な事とか忘れちゃうタイプだからそういうの全然ないの!大丈夫!」
「そういうふうに割り切れてるように見えないから言ったのだけど……」
まったくもうと愚痴りながらアメリーは頭を抱えた。
「ともかく話しを戻すけど、これ食べ終わったらすぐウルの所にいきなさいよ。
使用人と勉学の両立なん本当に難しいんだから。エーナの場合は特にね」
「なんで私の場合は?」
「だってエーナ、基本的に頼まれたこと断れないタイプでしょう。
ウルの使用人になんてなったらわがまま全部聞くことになって勉強に割く時間なんてなくなるわ。
使用人って時点で雇い主に強気に出れないんだからなおさらよ」
「そういわれるとなんかそういう光景が頭にすぐ思い浮かぶような気が……」
「その時点で向いてないのよあなた。
まあでも将来のことは少しは考えないとね。
ちなみにだけどエーナはこの村を出て行く気はある?」
村を出て行くという考えは正直に言えば今まで考えたことはほとんどなかった。
私もこの村で育って、この村で何かしらの職についてそのままここで生涯を終える。
そんなあやふやな考えで今まで過ごしてきてしまった。
「正直にいって考えたことがなかったです……」
「だよね。でもそれが悪いなんてことはないのよ。
確かにこの村も少しずつみんな大きな町とかに引っ越しちゃって人は減ってきてるけど
食べて寝るだけなら問題なんてないし、都会みたいな忙しなさもないしね。住むにはいいところよ」
「アメリーはやっぱりお医者さんになるの?」
「私?私は一応医者になる予定よ……ただ最近はちょっとわからなくなってきたけど」
「え、お医者さんになる勉強してるのに?」
「いや、もちろん私は医者になるつもりよ。でもねぇ……」
アメリーはしばらく俯き、先ほどの用に紅茶を一口啜ったあと口を開いた。
「実はね、私結婚するかもしれないのよ」
「結婚!?アメリー付き合ってる人いたの!?」
「勘違いしてないでね。付き合ってるとかそういうのじゃないの。
お父様をかかりつけの医師として昔から雇ってくださってる貴族様がいるのよ。
その人いろいろと私達家族のことよくしてくださるのだけどその貴族様の息子が私に一目惚れしたとかなんとかで、言い寄られちゃってるのよね」
「貴族の人達と会ったことあるのアメリー?」
「ちょっと前にパーティーに招待されたことがあって、娘さんも一緒にどうだとか言われたらしくて
お父様がどうしても一緒にでてくれって頼むから出席したの。そこで挨拶だけしたわ。」
「その他には?」
「ないわよ、その一度っきりだけ。その時はなにも言われなかったんだけど、
帰ったら手紙でもうアタックしてきてね。今でも結構な頻度で届くのよ」
「直接はこないのね……」
「恥ずかしいんだって。その割にはとても情熱的な内容の手紙をいっぱい送ってくるんだけど。」
アメリーは近くの棚の引き出しから手紙を取り出し、見る?と合図を送るが
さすがに人様の愛の綴りを除くのは悪い気がしたので遠慮しておいた。
「それで、やっぱり断るの?」
「断りたい……のは山々なんだけど、断っちゃうとその後がね」
「あ、そっかお父さんのお仕事……」
これは私にもすぐ察することができる。
その息子の親はアメリーの父の雇い主。
いままでの恩もあり、断るのが難しいのだろう。
「断ったからと言ってどうこうする方じゃないとは思うんだけどね。
なるべく穏便に済むのが一番なんだけど……、とまあそんなこんなでもしかすると……って事になっちゃうのかもってだけ。
そこらへんはお父様も話してくれるっていってたから、どうにかなると信じたいのだけど」
「アメリーもいろいろ大変だったのね……」
「そういうことよ。これに比べたらウルの件なんて即断ればいいんだから楽でいいじゃないの。
だから早いところ片つけてしまいなさいな」
そう言ってアメリーは私の空になったカップを持ち 淹れなおしてくるね と席を立つ。
彼女がちょうど部屋をでる時だった。来訪者を知らせる呼び鈴家中に鳴り響く。
「そういえば今日はまだ休診の看板かけてなかったんだわ」
「それじゃあ私が出てくるね、どうせみんな顔見知りだし。数日は診察できないって伝えれば大丈夫?」
「それでいいわ。ごめんなさいねエーナ」
「おいしいお茶とお菓子をご馳走になってるしね。これくらいはあたりまえよ!」
アメリーと話して少しは気が楽になった気がする。
内心そう思い、先ほどよりも心が軽くなった私はそそくさと玄関まで足を進める。
玄関前までついたとき再度またベルが鳴り響いた。
私はあわてて扉を開ける。
「すいません、お待たせして申し訳ありませ……」
「こんにちわ、エーナ」
「え?」
開けた扉の先に佇む私の悩みの種から、そんな挨拶が飛んできたのであった。
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