第二話 私と魔法使い

「なんで誕生日にこんな気持ちになってるのかな……」


用事を済ませた私は頭を抱えたまま自宅までの道をゆっくりと歩いていた。

久しぶりに親友と会えて嬉々としていた数時間前の自分が嘘のようだ。

まさか親友との再会でよもやあんな誘いを受けるなんて想像する方が難しい。

結局あの時点で私は答えを出すことは出来なかった。


『私は三日後にはこの村を出て城下に帰る予定なの。だからその時までには答えがほしいわ』


期限は三日。

それまでには何かしらの答えを出さなければならない。


(アメリーが入ればこういう事相談もしやすいんだけど……)


アメリーのは私のもう1人の親友だ。

歳はわたしと変わらないのだが私と違って色々と手際がよく勤勉で少しお節介焼きだがとても頼れる友人だ。

彼女が村にいた頃は色々相談事に乗って貰っていたのだが、去年から医学を学ぶ為に村を出て王都のある学校へと通っている。


(今いない人に頼ろうとしてたって無理な事だからなぁ)


そうこう考えているうちにいつの間にか家が目前に迫っていた。

村の中心から私の家までは少し距離があるのだが、思考に集中していたせいか

まさにあっという間であった。


玄関の前に着いた私は家の鍵を取り出し鍵穴に差し込む。

そしてそのままひねろうとするのだが鍵はがちゃがちゃと音を立てるだけで回転する様子がない。


「はぁ、今日は機嫌が悪い日なのね鍵穴さん」


ぽつりとそんな独り言をもらす。

元々この家は母が古い空き家を買い取って住んでいたらしく

扉のたてつけは悪く、床もぎぃぎぃと軋む場所が多いためかなりの年数を感じさせる。

玄関の鍵は数日前から調子が悪くなっており一度のひねりで鍵が開くこともあれば、数十回鍵を差し込みなおして試さなければ開かない日もあった。


「村の誰かに頼んで直してもらわないとだめかな。こういうのって誰に頼めばいいんだろう……」


そんな事を口にしながら何度か鍵を差し直しようやくカチャリと鍵が右側に回転する。

キィと軋むような音を出して扉がようやく開く。

中に入ると窓から夕日が差し込み黄昏ががらんどうの部屋を染め上げる。

そして誰もいない家にわたしは帰宅の言葉をつぶやくのだ。


「ただいま」


ちいさなテーブルと二つの椅子しか置いていない一階の部屋を何気なく眺めた私は二階への階段を上り自分の部屋へと進む。

自室は一階とは違って寝具やぬいぐるみ、チェストや化粧棚といろいろなものが置いてある。

といってもそのほとんどは母が使っていたもの使っているだけであり、自分で置いたものはぬいぐるみくらいだろう。

扉をあけて手に持っていたかごをその場に置くと、着替えもせずに私はベットへと倒れこんだ。

私、エーナ・ラヴァトーラはこの家で一人暮らしている。

元々私は母との二人で暮らしだった。

物心ついた頃からすでに父親の姿はなかったがそのことについて詮索をしたことはなかった気がする。

理由としてはたぶん母と一緒に過ごす毎日が楽しかったからだ。

母はとてもやさしかった。

私が本を読んであげたり母の似顔絵を描いたりしたときは

とてもうれしそうな顔をして喜んでくれていたのを今でも覚えている。

帰りが遅かったり、嫌いな食べ物を残したり、割った食器のことを隠していたときはとても怒られた覚えもある。

でも、最後には泣きじゃくる私をやさしく抱き寄せて慰めてくれた。

私はそんな母が大好きだった。

けれどそんな母も7年前、突如として私の前から姿を消した。

あの日母はいつものように仕事の仕度をしていた。

別段いつもの代わりのない光景だった。

仕事に行く母を送り出すために玄関へ見送りにきた私は『帰ったらまた本の続きを読んでね』と母に言ったような気がする。

私の大好きだった、とある一人の、独りぼっちの魔法使いの物語が綴られた本の続きを。


「魔法使い……」


ぼそっとそう呟いた。

懐かしい響き。

この言葉を口にしたのは今日が久しぶりだった。

そう、ウルが言っていたように魔法使いになることは私の夢だった。

昔は毎日のように口にしていたのを覚えている。

お母さんのような魔法使いになるんだ、と。

母は魔法使いだった。

絵本に出てくる様な派手な魔法ではなかったが、ちょっとした水を操ったり、火を出したり、軽いかすり傷を治したり、時には家で怪しげな呪文を唱えながら薬の様なものを作っていたり。

地味ではあったが、そんな魔法を使って母はよく村の人たちの仕事の手伝などもやっていた気がする。

そうやって人を助けて、そして皆に感謝される母をみて、私も母の様な人を幸せにできる魔法使いになりたいと思ったのだ。

けれど母は私が魔法使いになる事を余り快く思っていなかった。


『魔法使いなんかより、エーナにはもっと素敵で似合うすばらしいお仕事がいっぱいあるはずよ』


私が母によく言われた言葉だ。

魔法が使いたい、魔法使いなりたいと母に頼んだり泣きついたりする度そう言われた覚えがある。

結局母はそうやってはぐらかし、私を魔法というものに近づけることなく7年前、この家を去ったのだ。

それ以来、私は魔法というものに触れる機会を失ってしまった。

だけど今日、突然にも私の前に一つのチャンスが訪れた。

ウルの提案。

あの条件を呑み彼女についていけば再び私は魔法に近づくことができる。

母のように人を幸せにできる魔法使いに。

けれども、その代わりとして私は彼女の使用人という役目も負う事になるのだ。

正直に言ってしまえば不安しかない。

使用人といわれても具体的に何をすればいいのかわからない。

掃除に選択?料理に送迎?ぱっと思いつくところはそれくらいしかない。

何よりも使用人となった時、私と彼女の関係はどうなってしまうのだろう。

ウルと私が親友なのは本当だ。

私は彼女を信頼しているし、彼女も私を信頼しているはず。

では表向きだけでも上下関係となったとき、彼女は私をどう考えるのだろう?

考えれば考えるほどに頭の中はぐちゃぐちゃになる。

昨日までは誕生日にこんなにも悩むことになるなんて思いもしなかった。

そう何度も重ね重ね思う。

今日は昨日と変わらない、いつもの日常が来るものだと思っていた。

細かい変化はあっても、大きな変化なんてない。

ありふれた日々が続くと思って、いや、願っていた。

その方がたぶん幸せだから。

今のまま、何を求めるわけでもなくいつもの日常を享受する。

そう、ただそれだけ。

大きな変化を求めてはいけない。

きっとあの時の用になるから。

私の前から大切何かが無くなるから。

もう何も無くしたくないから。


(あれ、でも……。)


私は何を無くしたんだろう。


その時だった。


「-------!?」


突然頭を強烈な痛みが襲った。

鈍器で内側から殴られたように重く響く痛み。

私は掠れた声にならないような叫びを上げてを頭を抱えてベットの上をのた打ち回る。

痛みで呼吸がうまくできないまま、痛みは体中に広がっていくような感覚に陥る。


「痛い!痛い!何なのよこれ!?」


何が起こったのかさえわからない、もはや考える余裕などない。

私はひたすらに痛みに耐えることしかできない。

そうしてしばらく、目を瞑り耐えていると僅かながら痛みが引いてきた。

少しずつではあるが呼吸も整い、しだいに痛みは和らいでいく。

数分後、痛みがほとんどなくなった私はまだ少々呼吸が荒いながらも平静を取り戻していた。


「何だったの今の……」


今までに経験したことのない様な痛みだった。

私は落ち着こうと大きく深呼吸をし呼吸を整えていく。

そうしているうちに少々まだ違和感こそあるが痛みは徐々に引いていった。


「たしか私は、家に帰ってきて、疲れてそのままベットに横になって……あれ?」


私は何を考えていたんだろう。

先ほどまで何を思案していたのだろうか。

突然の頭痛に見まわれたせいか思い出そうにも何かにつっかえたようにうまく思い返せない。


もう一度落ち着いて思い出してみよう。

確か……そう、ウルから言われた例の件について考えていたはずだ。

私を使用人として村から連れ出だす準備を進めているウルに対してどうすればいいのか。

そんな感じだっただろうか 。

恐らくそんな感じだった気がする。

話の内容は傍から見れば突拍子のない内容であり、冗談や子供のわがままであろうと思われるようなものだ。

けれど私は知っている。

彼女が面と向かって話を持ちかけてくるということは間違いなく本気なのだ。

私を使用人とし、タリアヴィルの学校に行くといったからにはその算段は既についているのだろう。

詳しくは知らないが彼女の家系は昔から続く由緒正しいお家柄らしく、私とは違いお金には全く不自由していないそうだ。

引越しの費用やその他諸々の経費についてもあの家なら簡単に出せるものなのかもしれない。


(でも、普通に考えたらこんな話断るべきだよね)


いくら条件が破格で魅力的に聞こえようと、働くとは言え、私の給与や学費まで出させるなんて、落ち着いて考えてみれば余りにも図々しいにも程がある。

たとえ向こうが良くても私が負い目を感じてしまいそうだ。

それに何よりも仕事だとしても友人の下で使用人として働いてしまえば、彼女にどう接していいのか分からなくなりそうである。

とにかくやると決めたら実行するというとんでもない行動力と頑固差をもつ彼女が私に声をかけた以上あの話は間違いなく事実であり本気。

とすれば、回答は慎重に行うべきだろう。

受けるにしろ、断るにしろ。

そんな思考をめぐらせているとまだ少し頭の奥が疼く。

完全には痛みが引いていないようだ。

私はそれ以上の詮索をやめ、もう一度深呼吸をし大きく息を吐く。

なぜだろうか、先ほどよりも疲労感が大きい。

家に帰ってきたときはそれほどでもなかったのだがやはりウルの一件は私にとって大きく胸につかえているのだろう。

頭痛の件は明日、村のお医者様にみてもらったほうがいいのかもしれない。


「はぁ、横になってただけなのになんかすっごい疲れた。今日はもう寝たほうがいいのかな……」


気づけば先程まで橙に染まっていたはずのベッド横の窓はその色を失いすっかりと黒い夜の化粧へと移り変わっている。

疲労のせいか余り食欲も沸かない私は重い体をせめて寝間着に着替えよと思い体をベットから起こす。

そんな時だった、窓からほのかな月光が差し込みあたりにを明るく照らしはじめたのは。

窓を見るとそこには雲ひとつかかっていない空が映し出されており、爛々と輝く星々と丸く大きな月が夜空に浮かんでいた。


「わぁ、綺麗な月……」


口からそんな素直な気持ちが自然とこぼれる。

疲れていたからだろうか、私はしばらく何も考えず窓を開けてその月を眺めた。

本当に綺麗な月だった。

今日のことが、現実が嘘のように感じられる怪しくも美しい輝きを放つもの。

そう、そんな月に気を取られていたからだろう。

夜の帳に紛れこちら覗く人影に気づけなかったのは。

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