鉄仮面を被らされている令嬢は、遊び人を自称する貴族に溺愛されそうです

@yayuS

第1話 鉄仮面令嬢を溺愛したい遊び人

 一日で一番好きな時間はなんですか?


 もし、私が誰かにそんな質問をされたら、獅子が兎を狩るような速度でこう答えることでしょう。


「鉄仮面を外す一時間です」


 私、ユア・サウザンライトは一日中、鉄仮面を被って過ごすことを母に命じられています。ぽっかりと後頭部まで被れる頑丈な仮面です。


 なんで、母は私に鉄仮面を被せるのか。

 その理由はしっかり覚えています。


「あなたの顔は、頭の悪かった前夫ぜんぷにそっくり。見ていて恥ずかしいわ」


 私の父は既に他界しております。

 なんでも、盗賊に騙され殺されたのだとか。まだ、当時は小さかったので父親との記憶は殆んどないのですが、とても、とても優しかったのは覚えています。


「はぁ……。どうせならノアがもう一人生まれていれば良かったのに」


 ノアとは今の夫と母の間に生まれた私の妹。

 勿論、彼女は鉄仮面を被らされたりはしていません。常にふわふわのお洋服に身を包み、入念に手入れされた髪は、柔らかさと艶やかさで太陽を反射させています。


 私とは大違いです。

 一日の食事、お風呂を与えられた一時間で終わらせなければならない私は、髪の手入れに時間をかける余裕はありません。

 濡れたまま髪を鉄仮面にしまうなんてことも、珍しくありません。髪まで隠れる仮面を与えたのは、私の黄色い髪の毛が父親譲りだからでしょうね。


「さて、今日は何をしようかしら?」


 私は貴族の娘として、大事に育てられていません。

 必要最低限の教育を午前中に終えたら、後はずっと自由時間。あ、自由と言いました、実際は自由ではありません。

 人に合わないように部屋の中で生活を強要されます。

 私を「いないもの」として扱うために。


 私の部屋は、ごわごわの布団が置かれているだけ。

 他には何もありません。


 はっきり言って、毎日が退屈です。やることがありません。


「こんなことなら、私を追放でもしてくれた方が楽なんですけど」


 身分も何もいりません。

 顔を隠され、拘束されながらも、買い殺されるくらいなら、一から自分だけで生きていった方が楽なはず。

 しかし、私はそれすらも許されませんでした。


「レベルの低い貴族と婚約させて、金だけ貰えるようにしましょう」


 と、母はいつも言っています。

 ようするに、私は母にとってお小遣いを稼ぐための財布でしかないのです。

 鉄仮面に財布。

 散々ですね。

 自分でも笑えて来ます。試しに声を出して笑ってみました。仮面で声が反響して五月蠅いだけでした。





 飼い殺しの生活をしていると、私はいつのまにか18歳になっていました。数十年、こんな生き方をしていると、自分の歳すらも正しく数えられているか不安になります。


 そんな、ある日のことです。


 サウザンライト家が異様な賑わいを見せていました。

 何事かと扉に耳を当てて聞き耳を立てていると、今日は妹のノアの誕生会が開かれると言うのです。


「いい? こんな場所には誰も来ないと思いますが、念のため、見張っておきなさい」


 母の声が聞こえてきました。きっと、メイドさんに私のことを見張るように命令を出したのでしょう。

 私に聞こえるところで言わなくてもいいではありませんか……。


 私が暮らしているのは城の最上階。

 パーティーが開かれる大広間からは遠く離れています。こんな場所まで、勝手に上がってくる貴族はいないでしょう。


 夜になると賑やかな声が聞こえてきます。

 それもその筈。

 私の妹であるノアはとても可愛いのですから。あ、これは決して私が妹バカなから言っているわけではありません。

 客観的に見た事実です。


「今日も、二流貴族に言い寄られたらしいわね。だけど、付き合っては駄目よ。ノアは超一流の相手と結婚するのだから。この国じゃ、王子とライク家くらいのものよ」


 私の前でいつも母親は言っています。

 確かに王子とノアは美男美女

 二人が並べば、理想のカップルの誕生です。


 レイク家の男性は見たことないので、何とも言えないのですが――きっと、母が認めるくらいなのだから、家柄も顔も良いことなのでしょう。


 ノアは母に命じられているとはいえ、王子と並び立つことは嫌でないのか、進んで話しかけているみたいです。

 自分から進んで隣に立ちたいと思える男性は、今のところ出会ったことがありません。こんな生活をしているので、当然なのですが……。


「私の隣には、一体、どんな男性が立つのでしょうか?」びなn


 賑やかな声を少しだけ羨ましく思った私は、いそいそと薄い布団の中に潜り込みます。寝る時も鉄仮面をしなければならないのが辛いです。

 鉄仮面には鍵が取り付けられており、外すには母親の許可が必要になります。


「はぁ、どうして私はこうなったのでしょう」


 自分の人生を恨みます。

 優しかった父が生きていれば、こんな目に遭わなくても良かったのでしょうか――?」


 私が何度目かの深いため息を吐いた時のことでした。

 ガチャンと部屋の扉が開かれたのです。

 こんな時間に、何しに来たのでしょうか?

 身体を起こし、布団の上で扉を開けた人物を見ます。てっきり、やってきたのはこの屋敷の住人だと思っていたのですが――、


「厳重に見張ってるから珍しいモノがあると思ってみたら――、まさか、鉄仮面を被った人間が寝てるとはな。てか、それ、寝辛くね?」


 現れた人物は、見たこともない男性でした。

 身長は180センチ程でしょうか。手足も長く爪先まで綺麗に整えられています。肌の色は褐色で、夜空のように黒い髪の毛を耳の裏でお下げにしています。少女みたいな髪型で在りながら、男の視線は獣のように野生に満ちていました。


「……」

「ありゃ、ひょっとして会話できないのか? だとしたら、悪かったな」


 男は小さく頭を下げます。

 このまま、出ていくのかと思えば、なにやら身体全体を使って何か現わしているではないか。

 しかし、残念ながら何を伝えたいのか、さっぱり分かりません。それどころか、動きかハチャメチャで面白く、つい、笑ってしまいました。


「ふふふふ」

「今、お前笑わなかったか? ひょっとして、会話できる感じ?」

「はい。すいません」

「なんだよー。最初から言ってくれれば良かったじゃん。あ、俺はローグ・ライクってんだ」

「ラ、ライク!?」 


 ライク家は、理想の高い母が、愛すべき妹と結婚させても良いという貴族の名ではないか。そんな存在が私の部屋にいると知れたら、母はきっと怒るに違いありません。


「その、こんな所にいないで、パーティーに参加した方が楽しいのではないですか?」

「いやいやいや。普通に考えてくれよ。目の前に鉄仮面を被った――お嬢さんで、合ってるよな? が、いるんだぜ? 絶対、こっちの方が楽しいじゃんか!」

「そ、そうでしょうか?」


 私は鉄仮面こそしてますが、中身は詰まらない女です。過度に期待されても困るのですが……。


「なあ、なんで鉄仮面なんかしてるんだよ」


 男性は差も当たり前のように私の隣に座りました。仮面越しでも良い匂いなのが分かります。干したての干し草みたいな匂いですわね。

 あ、私はどんな匂いでしょう。

 今日はまだ、お風呂に入っていないので、臭いかも知れません……。


 そっと、距離を取りつつ、私はなんて答えようか悩みます。

 真実を言ってもいいのですが、ライク家は王族との仲も良いと聞きます。妹の恋を邪魔するのは姉としては避けて上げたいですね。


「それは……お洒落です。かね?」

「かねって、なんで疑問文なんだよ。さては、何か言い難いことがあるんだな――?」


 男は腕を組むと、目を閉じ何やら考え込みます。パーティーには参加しないで、本当にここに居座るつもり見たいですね。

 ポンと手を叩くと目を見開いた。


「分かった。確か、この家の娘は王子カズマに付き纏ってたな。仲のいい俺に伝えて、言い触らせれるのを恐れたってところだな。となると、理由は前向きな理由じゃないってことだ」


 この人――凄いですわね。

 流石はライク家の一員ってところでしょうか。


「となると、理由は親に強制して付けられたって訳だな!!」

「……」


 今のところ、全問正解です。

 私の言い方一つで答えを導くなんて――凄すぎじゃありませんか?


「理由は――生まれた時から痣があって、親が見たくないとか?」


 しかし、最後の最後で答えが外れました。


「残念です。私が死んだ父の子なので、似てる顔を見たくないらしいですよ」

「なんだそれ。分かるわけないじゃんかよ!」


 ローグは拗ねたように唇を尖らせます。

 本当に子供みたい。

 私はコロコロと変わるローグの表情に見惚れていると、その口から思ってもいなかったことを言われた。


「てか、お嬢さんスゲーな」

「はい?」


 私が凄い?

 一体、今までの会話でそう感じる部分があったでしょうか?


「だってよ、そんな理由で鉄仮面を被らされてるのに、妹のために嘘を付こうとしたじゃんか。普通、できないって。俺だったら、三割増しで嘘を盛るけどな」

「嘘は駄目ですよ……」


 それに私は正直に全てを話そうと思わなかった訳ではありません。


「迷った末に、妹を守ったんだろ? だったら、余計に凄いじゃんか」

「……」


 ローグに何を言っても駄目みたいです。

 私の話など聞いてはくれなさそうです。


「なんか、お嬢さんの鉄仮面の内側がどんな顔なのか気になってきたぞ? 鉄仮面それは外せないのか?」

「残念ながら、外せるのは母だけです」

「そっか、そうか――。母親だけか」


 ローグは「にんまり」と、悪戯好きの少年みたいに笑います。何を考えているのか、私は答えに辿り着くことはできませんでした。


「じゃあ、俺はここでおさらばするかな。近いうちに――また会おう」


 彼はそう言い残すと、何食わぬ顔で窓から飛び出しました。

 ちょっと!

 この部屋は最上階ですよ!?

 私が窓から逃げられないように、一番高い部屋を与えているのですから!


 窓を覗き込むと、地上で大きく手を振るローグが居ました。


「なんなのよ……あの人」





 翌日。

 私は午後になっても自分の部屋に帰ることはありませんでした。母に呼び出しを受けたのです。

 こんなこと滅多にありません。

 なにかやらかしてしまったのかと身構えます。


 久しぶりにサウザンライトの食卓に付きました。毎日、パンとミルク。それにフルーツを食べていたのですが、私の前にも豪華な食事が置かれていました。

 私の指の第一関節よりも厚いお肉。

 今直ぐに齧り付きたくなりますが、母の言葉の前に食べるのは失礼。獣の唸り声のように鳴るお腹を抑えて食欲に耐えます。


「……話は食べながらで結構。まずは五月蠅いお腹を静めなさい」


 あら?

 今日の母親は機嫌が良いようです。怒るどころか食事を進めてくるなんて……。でも二人きりで食事するのは緊張します。

 妹が居てくれれば良いのですが――今日は王子達と遊びに行くのだとか。だから、母は機嫌が良いんだ。

 肉を半分ほど平らげた時、母がゆっくりと口を開きました。


「今朝、ライク家からあなたに付いてお話がありました」

「……っ」


 スッと体温が下がります。

 口の中に入ったままのお肉が、急にゴムみたいに固く、味が薄くなります。勿論、お肉に変わりはないのでしょうけど。


「ライク家の次男から、あなたの鉄仮面の鍵を渡して欲しいと言われました」


 やっぱり、ローグは昨日のことを母に話たのですね。

 でも、それにしては怒ってないですわね。


「そこで、私はとある条件を出したんです。娘に鉄仮面を付けているのは、悪いむしから彼女を守るため。婚約するのであれば、鍵は渡しますと言いました」

「……えっ!?」


 母は一体、どれだけ精神が強いのだろう。

 自分が不利な状況で、とんでもない条件を突き付けるとは……。そんなの通るわけがないじゃないですか。

 心の中ではそう思っているのですが、母の機嫌が良いことが怖かった。

 まさか――。


「そしたら、ライク家の次男――ローグ・ライクは、すんなりと条件を飲んだのです」

「嘘ですよね!? お母さま!!」

「嘘じゃありませんわ。あなた、一体、何をしたの。次男とはいえ、ライク家の人間と婚約を結ぶだなんて、流石、私の娘ですわ!」


 その娘に鉄仮面を被せていることを、忘れているのでしょうか?

 どうすれば、そんな笑顔を私に向られるのですか?


「……嫌です」

「え?」


 今度は母が驚く番でした。


「今、なんて言ったのかしら?」

「嫌だと言ったんです」

「どうして!? ライク家の人間なのよ!? そりゃ、本音を言えば長男がいいけれど、それでも立派な家柄であることには変わりませんわ!」

「家柄が立派なのは知ってます。でも、私はローグと言う人間を知りません」


 話したのは数十分。

 私としても、彼にまったく興味を持たなかったわけではないけれど、婚約を決めるには短すぎる時間だ。

 私の言葉に母は考えられないと頭を抱える。

 そして、私を睨みつける。

 こうなった母はヒステリックに叫ぶのです。まるで、自分の叫びは全ての人間を操る力があるとばかりに、意志を貫きます。


 耳を塞いで逃げ出したい。

 しかし、幼少期から恐怖を植えこまれてる私には、そんな勇気はありませんでした。

 ひょっとしたら、洗脳に近いのかも知れません。

 知識では知っていても、身体は素直です。

 さけびに備えて私は身構えますが、雨も風も降ってくることはありませんでした。

 代わりに――、


「なるほど。そう言うことか!!」


 陽だまりのような暖かい声が、部屋に満ちていました。


「ローグさん!?」


 姿を見せたのはローグでした。

 私と婚約を結ぼうとした相手。


「つまり、俺のことを知りたいわけだ。少しことを焦り過ぎた、悪かった!」


 昨日動揺、ローグは爽やかに堂々としています。


「ならば、今からデートをしよう。お母さんもそれでいいか!?」

「お、お母さんだなんて、そんな……。もう、気が早いんですから。どうぞ連れて行ってください。ここからは若い二人だけで楽しむということで……」


 信じられません。

 あの母が「お母さん」の一言で機嫌を治しました。


 それだけ、『地位』に固執しているのかも知れませんが。


「よし! お母さんの了承は得たな。今から行くぞ!」

「い、行くってどこにですか!」

「そんなの決まってるだろ? いいから、黙って付いて来いよ!」





「なんで……無人島なのでしょうか?」


 私が連れてこられたのは無人島でした。

 見渡す限り一面の海。

 背中には風に踊る森。

 青と緑に挟まれた砂浜は、驚くほど白くて綺麗です。


「ここの砂浜、白くて綺麗だろ? だから、気に入ってんだよ」


 ローグは砂浜を握ると、サァーと落としていく。

 冷静になって考えてみれば、私、海なんて来たことなかったかも。小さな部屋が私の世界でしたから。

 スゥ―、と息を吸います。

 空気はこんなに美味しいのでしたっけ?


「鉄仮面付けてたら、思い切り吸えないだろ? お母さんから鍵を借りてきたから、外したらどうだ?」


 砂を握っていた手を開くと、いつの間にやらそこには鍵が握られていました。

 間違いなく、私の鉄仮面の鍵です。

 いつのまに受け取っていたのでしょう。


「……その鍵を貰ったということは婚約したことになるのでしょう? だとしたら、私はその鍵を使えません」


 もし、ローグの持つ鍵を使用したら、私は婚約を受け取ったことになるのではないのか。

 そんな気がしました。

 それに……。

 母に父親に似て醜いと言われていた顔です。もしかしたら、素顔を見たら興味を無くしてしまうかも……。


「俺はそんな酷いこと言わないけどな。まあ、本人が嫌がってるのに、善意を押し付けるのはダセェよな。分かった。俺は鍵を使わない」

「そうして頂けると……助かります」


 貴族としてランクが上がれば上がるほど、傲慢になるイメージがあったのですが、ローグはそんな感じは全くしません。

 大体、無理矢理、無人島に連れてくる時点でおかしな人です。


 でも、そんな人だからこそ、これから何をするんだろうと、私はドキドキもしていました。不思議な気持ちです。


「それで――これから何をするんですか?」

「そんなの、考えるまでもねぇだろ。服を脱ぎな」

「えっ……」


 無人島。

 ここまで付いてきてくれたローグさんの付き人は帰ってしまいました。なので現在は私とローグの二人だけ。

 男女二人で服を脱げとは言えば――何をするのか。

 私も知識だけは教え込まれていました。

 婚約したら夫に尽くすようにと……。


「い、いやっ!!」


 結局、男性は皆、同じなのですね。

 ローグだけは違うと思いかけていたのに――。


「わ、わりぃ。ひょっとして泳げなかったのか?」

「お、泳ぐ?」

「ああ。この無人島の海には、美味い魚が沢山泳いでるんだ。自分で採って食べると最高だから、ユアにも味わって欲しくてさ」

「え、その……!!」


 私は自分が恥ずかしくなります。

 人のことを軽蔑しながら、自分も同じことを考えていたなんて……。


「泳げるとは思います」


 私は恥ずかしさから、白い砂浜を見つめて答えます。

 私の頭も砂みたいに真っ白です。


「そうか。ならよかった。鉄仮面も重いだろうから、外して泳ぎに行こうぜ?」


 ローグは言いながら、私の背後に回ります。

 そして、鍵を鉄仮面に刺そうとしたところで――、


「はっ!? 何してるんですか!?」

「バレたか。あとちょっとだったんだけどな!」

「さっきは無理矢理使わないって言ってたじゃないですか!」


 ほんの数分前です。

 だから、私はきちんと覚えています。


「だから、ちゃんと言ってから使おうとしたろ?」

「そ、そう言う問題ではない気がするのですが……」


 とにかく、油断も隙もないことが分かりました。

 綺麗な海を泳いでみたいですが、鉄仮面を付けてたら大惨事になるので、今回はやめておきましょう。


「そっか……。じゃあ、飯だけでも――。あ、いいこと思い付いた!! ちょっと、石を集めようぜ?」


 ローグは私の手を掴み、森の入口へ移動します。砂浜と森の境には石が無数にありました。彼はそれを拾い集め、海の近くで積み上げていきます。

 言われるがまま、私も作業を手伝います。


 一体、何をしてるのでしょうか?


「完成!!」


 出来上がったのは、小さな池でした。私が横になったら半身だけしか浸からないような大きさ。お風呂……じゃないですよね。


「これは……何に使うのですか?」

「じゃあ、ここでクイズ! 何に使うのか、俺が戻ってくるまでに考えておいてよ!」


 彼は意地悪な笑顔と共に海へ飛び込んでいきました。

 ……一体、何を企んでるのでしょう?

 数分、考えますが全く思い付きませんでした。


「ぷはっ!!」


 ローグが海面に顔を出すと、大きな声で「答え分かった~!?」と聞いてきます。

 私は小さく首を振って答えました。


「正解は~~掴み取り池でした!」


 バシャン。


 ローグは海の中、手づかみで捕らえた魚を池の中に放しました。

 海で魚を手づかみって、どんな身体能力をしてるのでしょうか? 昨日も私の部屋から飛び降りていましたし……。


「自分達で作った池だけど、捕まえる感動は少しは味わえるかなって」


 海に入れない私に、少しでも楽しんで貰おうと作ったようです。

 今まで、自分のために何かをしてこなかった私は、少し嬉しくなりました。

 鉄仮面外さなくて良かったです。

 きっと、今の私は嬉しくて、顔が「くしゃ」っとなってますから。


「……この広さなら、直ぐ捕まえられますよ」


 表情を悟られないように、声を低めて答えます。

 ば、ばれてませんよね?


 池の中で動きを止めている魚に手を伸ばします。止まっているのだから簡単に違いありません。

 しかし、私の手が水面に入ると、「ぴゅん」と、消えてしまうではありませんか。

 どこに行ったのか、水面を見つめます。

 すると、池の隅に移動してるではありませんか……。


「い、いつのまに……」


 なんだか、悔しいです。

 私はもう一度、手を伸ばしますが、やはり逃げられてしまいます。

 何故でしょう?


 腕を入れる速度。

 池の水を揺らして動きを鈍らせたりと、色々やってみるのですが、上手く行きません。


「……そうだ! 最初から水の中に手を入れていたらどうでしょう?」


 水の外から捕まえるのではなく、内側から捕まえるイメージ。

 私の腕に驚いた魚は逃げますが、すぐに落ち着きます。

 あとは、ゆっくり、ゆっくり。


 ガシっ!


 私の手に確かな感触が伝わります。魚の表面は少し滑りますが、ここで話したくありません。強く握り手を水の外に放りだします。


「や、やりました! やりましたよ、ローグさん!!」

「おお! まさか、本当に捕まえられるとは。センスあるねぇ!!」


 自分の手で捕まえられたことが嬉しくて、ぴょんぴょん跳ねていました。

 ローグと居ると、自分でも知らなかった自分が顔を出します。

 その度に恥ずかしくなってしまいます。


「じゃあ、その魚、こっちへ持ってきて?」


 いつの間にか、ローグの背後に火が焚かれてるではありませんか。

 こんな場所で、どうやって火を起こしたのでしょう。魔法なんておとぎ話でしか聞いたことありません。


「普通に、乾いた木があれば火起こしはできるんだよ! それはまた今度教えてやるよ」


 ローグは慣れた手付きで魚を捌いていきます。

 ……魚が解体されていくのを見るのも初めてです。当然ですが――魚も生きていたんですね。

 私の視線にローグは言う。


「自分が見ないと知ってても、分からないことってあるよな。だから、俺は次男って立場を利用して、好き放題遊んでるって訳だ。俺はライク家では『遊び人』って呼ばれてるぜ?」

「それは胸を張れることなのでしょうか?」

「ああ。俺は『遊び人』であることに誇りを持ってるぜ?」


 串に刺した魚を火の脇に置きます。

 じわじわと身が焼け、脂が砂浜に落ちていくではありませんか。なんだか、とっても美味しそうです。

 涎を我慢しながら、永遠のような時間を過ごしました。

 毎日、自分の部屋に閉じ込めらた時間も長いと感じていましたが、これはそんな時間よりも長い気がします。


「ほらよ」


 ローグから渡された魚に齧りつきます。


「美味しい!!」

 まだ、魚の白身はアツアツです。それでも、一口齧るとほろほろと解けて、濃縮された旨味を口の中で広げてくれます。海水の塩気がいい塩梅ではありませんか。


「だろ?」


 私はコクンと頷き夢中に魚を食べていきます。

 最後の一口を食べた時でした。

 まるで、楽しい時間まで一緒に飲み込んでしまったかのように、私の気持ちは沈みます。余計なことを考えてしまったからです。


「……なんで、私にそこまでしてくれるのですか? それに、他の女性にもこういうことしてるんですよね?」


 婚約するなど言ってはいますが、昨日会ったばかりの関係。

 彼が本気だとは、どうしても思えないのです。


 それに、今日の無人島での行動も妙に手慣れていました。他の女性ともこうして距離を縮めているのでしょう。

 

「まさか。俺はそんなことしないよ。遊びってのは、誰も傷付けないから遊びなんだ。人を騙して遊ぶなんて、そんなことして何が楽しいんだよ」

「でも、なら、どうして婚約なんて簡単に言えるのですか?」

「それは――」


 ローグは一瞬、言葉に詰まりますが、すぐに陽だまりのような笑顔に戻ります。

 彼はまるで太陽です。

 誰の力も借りずに、自分で輝く太陽の人。


 だとしたら――私はなんなのでしょう?

 自分で光ることも、他人の光を借りることもできないゴミと言ったところでしょうか。


「それは、昨日初めて放した時さ、「あ、俺、この人と結婚するな」って、電撃が走ったんだよ。あ、勿論、その鉄仮面を見た時じゃないぜ?」

「……」


 鉄仮面を被っていたがゆえに確かに一目ぼれではないのでしょう。

 鉄仮面に恋をしたとなれば、なんだか、それは違う話になる気がしますから。


「でも、それだけで本当に決めていいんですか?」

「ああ。俺は今もこうしていることを後悔していない」


 ローグは広い海を背に手を広げます。

 もしも、母や妹ならこういう時、どうするのでしょう?

 広げた手に飛び込むのでしょうか?

 それとも、馬鹿にするなと怒鳴るのでしょうか?


 恋愛経験のない私にはどうすればいいのか分かりません。そんなことさえもローグは見透かしているのでしょう。


「自分の思いをゆっくり口にしてみなよ」


 と、優しく見守ってくれました。

 こんな時、返事を急かす相手だったら、一緒に居たくないなと思いました。逆をいえばローグとなら一緒になれるかも……。


「分かりました」


 私はゆっくりと自分の考えを口に出します。


「今後も『デート』を続けてくれませんか? 私が、あなたの鍵で鉄仮面を解いてもいいと思った時、改めて婚約をしていただけないでしょうか?」


 これが私の答えだ。

 もっとローグを知りたい。

 勿論、婚約を求めている相手に対して、時間を貰うことは自分の我儘であるとも分かっています。

 ですから、


「その間に心変わりするようなら、どうぞ、鍵を置いて私の前から消えてください」


 私に興味を失ったら、別の人に行ってください。

 文句は一言もいいません。

 こんな答えを母が知ったら怒るだろうな。

 けど、私の前にいるのは、母ではなくローグだった。


「分かった。その素顔を見た時が、結婚する時だな?」

「私の顔にがっかりとしないのでしたら」


 こうして、私とローグのお付き合いは始まりました。

 仮面の内側を賭けたお付き合い。


 今、「人生で一番楽しい時間はいつですか?」と、聞かれたら、私はこう答えます。



「鉄仮面を付けている時です」――と。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

鉄仮面を被らされている令嬢は、遊び人を自称する貴族に溺愛されそうです @yayuS

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る