145.狙いは一つ

 激突は、打ち合わせたように同時に始まった。

 先鋒をきるのはエルヴィン=エーレイ=ビリッティウスだ。槍を振るい、敵を蹂躙する。その様はまるでクリスの様で。

「意外と強かったのですね。」

「七段階だ。」

「そうですか。……強いですね。」

一瞬、大したことがないと言いかけたが。今来ている三万人の軍勢の中に、七段階越えの武術士は二人しかいなかったはずだ。それは、強いことの証明以外の何物でもない。


「だろう?……来るぞ、軍師殿。」

「横列展開!剣士が前、弓隊が後ろ!近づく者から殺しなさい!」

“拡声魔術”を用いて指示を出す。敵の場所を音で察する。周辺の環境。俯瞰視点。入ってくる情報。

「右翼に予備兵を千回せ!」

即座に命令。前線指揮というのは、まして万単位の指揮というのは、かなり難しい。どこがと言われれば、まず情報量である。


 兵士の差。敵の指揮。動き、双方の練度の差と、命令伝達速度の差。それらすべてを総合しつつ、相手の指揮を読み、先回りするように動く。

 一万の兵ともなれば。部隊の配置、変更、別動隊の編成、増員と減員までをも計算しながら命令を出さねばならない。

「エルヴィン様!左手方向の助勢をお願いします!」

敵の右手側の圧が強く、だから右手に兵士を回した。それはつまり、予備兵が一千減ったことを意味している。


 ここでもし左翼にも予備兵を回すことになった場合、万が一の事態の為の控えが減る、という意味だ。マリアは、長期戦が出来なくなる可能性は極力避けたい。

「いいのかよ、それで?」

ディールがマリアに問いかけた。それに、彼女はあっさりと頷きを返す。

「接敵した瞬間、敵の量が予想より多いことには気が付きました。当初の望みは短期決戦でしたが、難しいだろうと思われます。」

盗賊の首領が直々に出て来るなら、シャルロットの部隊を突撃させて雑魚の対処に充て、全員で首領狩りを行っただろう。だが、そうはいかない状況だとマリアはわかっていた。


「どうしてかは、知りませんが。敵の練度が高い。まるで手練れの傭兵でも相手にしているかのようです。」

「だったらそうなんじゃねぇか?傭兵っつうたら、金で雇えるんだろ?」

「そう、ですが……そんなお金、どこから?」

「知らねぇけどよ。“盗掘王”だなんて二つ名ついてるくらいだ、金ならいくらでもあるだろうよ。」

確かに、とマリアは思う。これまでアシャトに降伏してきた盗賊たちが送ってきた、命を助けてもらうための献上品。それらは、今の貴族の一家が持つ総財産より多いことは、よくある話だった。


 頭の片隅で疑問を深堀りする傍ら、意識の大半は今の戦模様に割かれ続けている。敵の指揮官は、かなり戦上手だ。エルヴィンを左に回した瞬間、中央の圧力が増した。タイミングを考えれば、エルヴィンが移動した瞬間に指示を出したのではないことはわかる。

 右翼の圧が強いから、右に予備兵を回した。その指揮を出し、実際に援軍がたどり着いた瞬間。おそらく敵指揮官は、マリアの思考を読んだ。エルヴィンを左に出すと予想して、中央の圧力を上げてきた。

「メリナ!」

「私は『ペガサスの工作兵像』に選ばれし者なり!……“投擲縮罠罠は我が手に”!」

マリアの指示を受けて、メリナが大地へと何かを投擲。それは、まるで小石のようなもの。まるで大地を這うかのように、それは人の足の間をすり抜けて、敵地の中心へと到達する。

「“解放”!」

大地に石が着地して、動かなくなった。それを、投擲術に限って六段階まで磨き上げた今の実力で感じ取ったメリナが、次の文言を口にする。


 瞬間、小石が、爆ぜた。生まれるのは大穴。その底には針山。

 ここは山の麓だ。地盤は固いし砂も多くの水を含んでいるはず。なのに、大穴の砂はまるで流砂のようにサラサラで、一度落ちれば出られないだろう。そのくせ、簡単に埋まるような様子もない。

 マリア=ネストワ、『ペガサスの工作兵像』。彼女が発現した固有能力は、“投擲縮罠罠は我が手に”。

 工作兵とは複数の扱い方がある『像』だが、彼女は戦場で環境を荒らし、整える役割をもつ『工作兵』になった。だからこそ発生した、彼女の能力は単純だ。

 『工作兵像』に必ず搭載される標準能力“持ち運ぶ罠”。これを投擲具のように扱い、任意のタイミングで発動させることが出来るという異能。望む場所に落とし穴を設置できる。望む場所に壁を打ち立てることが出来る。望む場所に水たまりを作り出すことが出来る。

 メリナの、罠のストックと 『像』の解放時間が続く限り。


 敵の脚が止まらない。足元がいきなり落とし穴になったものが勝手に下へと落ちていく。

 巻き込まれた味方はいない。敵の中心まで入り込んだ兵士がいないようにマリアは指揮を執っていたし、そもそもそれが出来た者は四方を敵に囲まれ死んでいる。

 そして、落とし穴が作られたことで副次的な効果が発動する。

「敵に後続はいない、すぐには来られない!今のうちにかかれ、そして転進しなさい!」

マリアの叫びが宙に響く。アシャトの軍の兵士たちは、自分たちの『智将』の指揮に答えるように敵兵に斬りかかっていく。


 ただ一人の活躍。ただ一人の『像』の力で、一気に形成は帝国軍へと傾いていき。

「……あれは、無理だな。」

乱戦の中で兵士たちを狩り続ける怪物が一人、敵の総大将と工作兵を見て身を震わせた。

「後続のてめぇらは撤退しろ!前にいるおめぇらは左へ駆けろ、殺すべき貴族はあっちだ!」

“黄餓鬼”ギャオランが声を荒げた。その指示に、傭兵たちは大きく首を傾げる。


 当然だった。いつものギャオランなら、敵地に突っ込んでいくはずだ。あの『智将』と『工作兵』を真っ先に殺し、そのあとに周辺の兵士たちを軒並み虐殺してのけていたはずだ。

 ギャオランが、撤退を命令する。そんなこと、これまでの戦ではほとんどなかった。あったとしても、ズヤンが何かを進言した後だった。

「ほら、さっさとしろ!あいつらは貴族じゃねぇんだよ!」

その叫びを聞いて、傭兵たちの六割ほどは納得した。左翼……エーレイ=ビリッティウス子爵のいる軍に向けて、雄たけびを上げながら突っ込んでいく。

 撤退?転進?そんな言葉をあざ笑うかのように、左翼に向けて中心から「進軍」する有様は、マリアも唖然とするほど潔い。


 当たり前だった。『黄飢傭兵団』はギャオランのカリスマの下で成り立つ傭兵団だ。つまり、団員は一人残らず、ギャオランが抱える貴族への執着、盲目的なまでの憎悪をその目で焼き付けている。

 少なくとも、敵を「貴族か否か」で問いかけた時、ギャオランが間違えることはないと知っている。

 ギャオランが戦わない、貴族じゃないと決めた。なら、配下の傭兵団はみなが主に従うのみだ。


 傭兵たち、いや、この戦場に、ギャオランがある一人の貴族から逃げただけだという事実を知っているものはいなかった。

 貴族らしく兵の指揮をしていたマリア、『像』の力を使ったメリナを「貴族じゃない」と言ったのは事実であったし、ギャオランは彼女らから逃げたわけではない。


 だから、ギャオランが実は「逃げた」のだと察せられたのは、おそらくギャオラン本人と、彼ただ一人だけだった。




 トリエイデスは敵右翼に圧力をかけ続けていた。

 ズヤンからの指示はただ一つ、敵の指揮官の意識を前線に集中させろというモノ。右翼側に圧力をかけ続けることで、それが達成できる……そう言い切ったズヤンの思考を、トリエイデスは残念ながら理解できないでいた。

「とはいえ、事実そうなっているんだよなぁ。」

兵士の増援。何をとち狂ったかギャオランが敵左翼に突っ込むという事態こそ起きたが……結果論としては、上々の出来になった。

(トリエイデス、中央にも圧力をかけられますか?)

「無茶いうなよ、おい。」

敵の指揮官は、かなり用兵が巧みだ。トリエイデスは、敵総指揮官が目の前にいないにもかかわらず、的確に嫌なことをしてくる様を感じ取ってそう言い切った。

 

 もしトリエイデス一人だったら、初戦で大敗していた。ズヤンの総指揮があって初めて、この勝負は成立していた。

「こっちはカツカツだぞ。そっちの様子はどうなんだ?」

(王を攫うのは無理だな。近衛兵の部隊が強すぎる。)

そんなこと狙っていたのかお前、という言葉は、ギリギリのところで呑み込まれた。

(ギャオラン様を連れてきていたら話は別だったのだが。ギャオラン様なら、近衛兵たち50くらいなら瞬殺だろう。あの『像』持ちは少し時間がかかるだろうが……)

八段階格の中でも中位に至るギャオランの武技。それが現場にない以上、王を捕らえるという一番効率のいい作戦は成功できない。……まあ、別の理由でも難しいのだが。


「じゃあどうするんだ?こっちで敵将を捕らえるのは厳しいと思うぞ。」

(わかっている。王を取れるのが一番だったが……無理なら別の手を取る。)

他に敵将がいたか。……コリント伯爵の旗と、ミデウス伯爵の旗を思いだす。この二人か、と確信した。

「どっちだ?」

(決まっているでしょう。)

即答。決まっているといわれてもわかるか、とトリエイデスは吐き捨てる。ズヤンの思考速度など、トリエイデスに追いつけるはずもない。

(『ペガシャール四大傭兵部隊長』なんて馬鹿げた肩書持ってる奴とおんなじステージになんて立てるかいな!)

文字通り次元が違うということをその心身で感じつつ、同時に心の底から信頼できる。少なくとも、ここまで自信に満ちた声をしているのだ。ズヤンはしくじらないだろう、と。


「まぁいい。せいぜい敵を引き付けてやる。好きに戦え、ズヤン。」

トリエイデスはそう言うと、片刃の剣を肩に担いだ。

「死なねぇ程度に突撃しろ!」

勝てるという確信は、あった。

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