141.『神定遊戯』の恩恵

 肩が凝った。

 堅苦しい衣装を脱いで普段着を羽織った俺は、グルグルと肩を回しながら座る。

 唐突に、頭に乗る何か。またか、と息を吐いた。

「頭に乗るな、ディア。」

「いいじゃないか、特等席だ。」

否定はできない。彼は俺の冠だ。俺の頭上は確かに彼の特等席だろう。


「あぁ、そうだ。丁度いいし、渡しておくよ。」

「ちょうどいい?」

「あぁ。これさ。」

差し出されたのは、『像』。ただし、見るからに『像』ではない。俺が与える『像』はもう少し形が……特徴がある。だが、これは『像』と同じ材質で出来た、わずかな神聖さを感じさせるだけの、石像だ。

「名を『子像』。神の恩恵だよ。」

……これが、そうか。ずっと気になっていた。『像』を強化させる方法について、ディアが何度か語ってきたから。


「聞くかい、『子像』の説明について。」

「……その前に、聞かせてくれ。なんで今なんだ?」

今である必要がわからない。今は、一体どうして『子像』が俺の下へ出てきているのか。

「本当は、僕が降りてきた時点で一体、君の手に渡るはずだったんだ。ディマルスと四大都市が生きていれば、だけど。」

原初の王たちでもない限り、『神定遊戯』の勃発と都、都市の活性化はほとんど同義だ。二百年近く『神定遊戯』が発生しなかった状況、遷都されている状況、王候補が王都にいないという状況……その全てが、これまでならありえない状況だった。最後の一つに限っては別だが。


「だから、君が全ての都市を解放した時点で、『遊戯』当初に与えられるはずだった一つの『子像』が付与された。……でも君、忙しかっただろ?」

全く以てその通り。俺は確かに忙しかった。だから、今渡したのは、本当に『ちょうどよかったから』なのだとわかる。

「わかった。ありがとう、ディア。『子像』についての説明を頼んでいいか?」

納得した俺は、本題に戻ることにした。さっきまで面倒な式典をしていたのだ。少しばかりの気晴らし、のつもりだった。


「『子像』の役割は、二つ。一つは『像』の能力の強化向上。そしてもう一つは、土地の収穫量の、向こう10年の向上。」

気晴らしで聞くような話じゃなかったと後悔する。俺が戦っているモノの正体が、今ここに湧き出てきた。

「一つ目の『像』の強化についてから解説するよ。とはいっても、これは解説するようなものはない。『子像』を取り込んだ『像』は、その力が上昇する。一段階、二段階……というようにね。」

最初は一段階目の状態だ、という。『像』を与えたばかりの全ての将校たちは、まだ一段階目の『像』しか持っていない。身分家柄に関わらず、だ。


「一段階目から二段階目に『像』の格を上げるためには、一つの『子像』を消費する。二段階目から三段階目に上げるためには、二つの『子像』が。……そうして、『像』の格は上がっていく。」

最大値は10だ、とディアは呟いた。だけど、歴代の中で最大値に至った『像』は片手で数えられるくらいしかいないらしい。

「まあ、その理由はおいおい。『像』の格が上がることで起きる現象は三つだよ。」


一つ目は、軍全体にかけられる身体・魔力能力強化倍率の向上。例えば『将軍像』の初期強化倍率は1.6倍だが、二段階目の状態では、その強化倍率は1.65倍になる。

 0.05倍増と侮るなかれ。筋力が、敏捷力が、足の速さが、体力が。ほんのわずかに向上することは、自分も相手も同じ『像』の力を持つ環境下では大きくなる。

 二つ目。個人の身体・魔力能力強化倍率の向上。『将軍像』が自身にかけられる強化倍率は1.5倍。これが、1.6倍、1.7倍……と上昇していく。ちなみにだが、基本的に軍を率いる『像』の個人倍率が2倍を超えることはない。彼らの本質は『将』であって『英雄』ではない。


「最後に、これが重要だろうね……個人に発現する『固有能力』の効果増大。」

わかりやすいのは、エリアス=スレブの“拠点糧作”。砦の一角で、異常速度で食糧が栽培できるという能力だ。

「エリアスの能力の場合、食糧の栽培領域の増大と栽培速度の向上だろう。」

それが、こと防衛戦争になった時にどれほど脅威か。籠城戦をしても、敵を食糧難にさせる手段がほとんどなくなる、と言うに等しい能力。

「あるいは、新しい『固有能力』の発露。」

『像』の固有能力は、人生そのものの道程に起因する。


 新しい能力が目覚める下地があれば、可能性としてはなくはない、とディアは呟いた。言い方から察するに、滅多にある話でもないのだろう。

 なにせ、現状発露している一つ目の固有能力ですら……エリアスの“拠点糧作”、アメリアの“透明化”、ニーナの“飛具跳躍”くらいしかない。……そう考えると少ないな、と思う。必ず一つの固有能力が存在するらしいため、いずれ全員に発露されるだろうが。




 ふう、と深呼吸をする。その間、ディアは黙っていた。

 問題の本質は、もう一つの方だ。俺がそう思っていることを、ディアは知っているようだった。だから、俺の心構えができるまで、待ってくれていた。

「頼む、ディア。」

「はいな。」

気楽なものだ、と思う。言うまでもないが、ディアに空気を読む必要はない。俺が重苦しい空気を纏っていようと、こいつはよほどではない限り変わらないだろう。それが、『神の使徒』……『王像』だ。


「『子像』が与える効果の二つ目。土地の収穫量の上昇。……どこでもいい。どこかの場所に、『子像』を一つ置く。すると、その場所から半径30km圏は、土地の作物の収穫量が上がる。」

理由その一。土地に発生する害虫の死滅。理由その二、土地に発生する益虫活動の自動調整。理由その三。土地が生み出す栄養素の、『像の力』による強制発生。

 その能力が、向こう10年、持続する。

「植物が育つために必要な環境が自動的に手に入る。また、害虫が死滅するといっても生態系を破壊する程度ではない。……そうだね。働く必要こそあれど、楽園はここに、ってところだよ。」

作物が多く手に入る。『子像』が手に入った土地は、向こう10年の豊作が約束される。それによって税収が増え、人の子は増え、食糧難にならなくなった兵たちが屈強になり、新たに戦が起こしやすくなる。


 神は、それを望んだのだろう。そして、おそらくそれは上手く行っていた……六国が隣接するようになるまでは。

 『神定遊戯』の終了条件。六国全ての完全統一。神の心からの願いにして、全ての王たちが目指すべき極点。

「人が心の底から歓喜するもの。一部貴族たちが、『神定遊戯』の終結を望まない理由。政争の原因であり、王の采配に全てが委ねられる究極の道具。それが、この『子像』の真価だ。」

それは、他の誰でもない。貴族の、いいや、多くの人間の手によって、阻まれ続けている。


 『子像』がこの世にある限り、『神定遊戯』が続く限り。世界中は、多くの制約こそあれど、豊作が確約されているのだから。


「貴族たちは『子像』を自分の土地に設置したい。だから、功績を挙げる。税金を多く納める。『子像』が手に入れば、自分たちの税収は増え、贅沢な暮らしが出来る。」

『子像』を誰に与えるか。どこに設置するか。『国』というシステムは、多くの場合そこに帰結するとディアは言う。わかるさ、わかるとも。


 人がその『子像』に頼ったツケが、たった200年で起きた国の荒廃であることも、『像』の恩恵に慣れ切った貴族たちの放蕩であることも。そして、再び『神定遊戯』が起きたことで人々の意識がどう切り替わったのかも。

 よく、理解していた。

「一年に一度。『王宮の守護者』が、吐く種子。それが、この『子像』だ。」

次まで、あと三ヵ月もない。ギョッとする。

「『子像』はどうやって発生する?」

「国の発展次第だよ。人口、財。そして、国民が感じる満足度。それを世界が読み取って、守護者が種としてそれを出す。数はその発展指数次第さ。」

上手くできた機構だと思う。『子像』を土地に配れば、豊作になり、結果として国民たちが幸福を感じやすくなる。そうすれば『子像』の数は増え、国中にばらまきやすくなる。そうすればさらに幸福が増え……しかし、土地に全てばらまいてもいられない。


 例えば、ヒュデミクシア王国。かの国はいくら土地に『子像』を蒔いても、作物の収穫量はさして増えない。土地ではなく、気候の問題で、あの国は食糧を農作に頼れない。

 ゆえに、かの国は原則として軍隊に『子像』を極振りする。そして他国の侵略に、全霊を費やしてくる。ゆえに、こちらも『像』の格を上げなければならない。

 微塵も上げない。そんな愚かなことをすれば、単純な『像』の性能で、自国軍は滅びかねないからだ。……ましてあの国は『弱肉強食』。単純な兵隊一人一人の能力だけで言うなら、それ以外の五国と比べて圧倒的な高さを持つ国なのだから。


「前半は強く、しかし幸福度や単純な食糧問題で後半戦は弱くなるヒュデミクシアを相手に生存することを考えても、土地だけに『子像』を回すわけにはいかない。」

『像』。いいや、『神定遊戯』という世界の在り方は、これが世界の全てであり、俺の目的の敵であり、俺の基盤を支える最大級の味方だ。


「『子像』の説明について、何か質問はあるかい?」

「これは、ある土地に設置したとして。盗めるのか?」

最後の質問だった。扱い方、向き合い方については、王である俺の話だ。これから、どうするかを考えなければならない。

 だが、これほど大きな恩恵を与える『子像』が、盗まれないとも思えなかった。

「基本的には、盗まれることはないよ。大概の貴族はこれほどの恩恵を与えるモノをそんな粗雑に扱わない。ペガシャールでは、道のところどころに建てられている小さな祠に納められることが多いね。そこに大抵は護衛の兵士が込められることになるけど……。」

それでも、強盗が、盗むような奴が発生することはほとんどない。あっても、やろうと思えば『王像』自身がその場所を把握できるから、追跡も容易だ。


 それに盗んだとして。その場所から半径30キロが豊作になるというのなら、豊作になった場所は逆説的に盗まれた『像』が所在する場所、という意味になる。そんな露骨にバレる真似はしない。

 そして、人の気持ちの問題で、これが盗み取られることはない。ここまで露骨で、誰にもわかる『超常現象』。または、『神の威』。神罰が降ってもおかしくない恐怖が、無意識に人に盗みを働かせない。

「結局のところ。人は感情の生き物なんだ。出来る事と出来ない事があるよ。」

よほどなりふり構わない者でなければ、そんな無謀は出来ない。結局、神はそこにあってモノを与えるだけ。使うのは、人であり、『王』なのだから。


「じゃあ、これで講義を終わるよ?いいね。」

まあ、いいだろうと思う。特に強いて考えることは、少なくとも今はない。

「ところで、今渡した『像』はどうするの?」

「最初の『子像』の扱いなんて、決まっているじゃないか。」

それが贈られる場所は、最初の配下にして無二の友。義弟ディールのモノと、決まりきっていた。





ーーーーーー

ちょっと個人的な所感により疑似金貨として取り扱っていた部分を『子像』に変えました。設定的には何一つ変化はありません。当初の通りです。

何が変わったかと言えば、『神定遊戯』がATM、『像』が財布、『祠』が貯金箱的なイメージだった部分がちょっとスピリチュアルな何か……というかボヤけた形になっただけです。『神定遊戯』があまりにも俗物になりすぎるのも変な話なので……。


『祠』の部分に関しては国ごとに形が変わります。細かくは人物記載の時に書くつもりですが……『祠』『祭壇』『教会』『仏閣』『神社』みたいなものです。本当に場所に寄ります。



ちなみに作者が心折れかかっているのは全員に『固有能力』を付与する、という部分です。人物が物語に登場する時点で、その人物の来歴、『像』及び末路は決まっていますので、実は登場時点で『固有能力』もまた決まっているのですが……これが多い多い。58人の『像』全てをそろえるのはアシャトが死ぬまで……先30年分近い余裕はあるといえど、です。

……もうちょっと言い換えましょう。味方だけならいいんですが、敵もこれやらないとダメなんですね。まあ、同じ『像』なら能力が似ててもおかしくないんですが。お国柄、という奴も加味しなければいけないので難しい。


ちょっと愚痴りました。以後も楽しんでくださると幸いです。

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