魔術基礎論

前文

こちら、某小説家に云々サイトにて、『クカス大図書館の蔵書』と名付けた設定資料のうちにある話です。大した設定は書いてないですが……。

いずれ来たるレオナ=コルキス化物話って、多分これ理解していないとわからないので書いておきます。

物語全体を通したらさほど化物ではないのですが、魔術という一片だけを見ると正真正銘の怪物が彼女なので。


なお、登場人物紹介はここから本編20話前後で挿入予定です。


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魔術における基礎理論


シューティレイ=ニエル=アンデリッドバルサ


 魔術とは何か。キヨナ様に習い始めてはや30年。あたいはようやくその基礎に至ることが出来た。あたいの腕がどれほどに達しているのかはわからない。けれど、後世ではきっと、あたいの腕を超えてくる、凄腕の魔術師が増えてくるのだろう。あたいはそれを嬉しく思う。だから、こんな貴重な紙を使って、あたいの知った、魔術というモノについて記しておきたい。

 魔術とは、言語みたいだ。あるいは会話と言った方がいいかね?魔術式を書き、魔力を通すことでようやく言葉を発する言語の名前が、魔術さ。魔術式という文法を、魔力という名前の声で発生することで現象がおきる。

 魔術式という文法には、二つの要素がある。魔術文字と、魔術円だ。どちらかが重要か?じゃない。どちらも同じように重要で、どちらかを欠かせば言葉は誰にも聞こえず消えていくのさ。


 魔術文字、略称として魔字と呼ぶよ、と魔術円、略称魔円は、密接すぎるほどに密接な関係にある。魔術を発動させるために必要なものが、魔円だ。そして、魔術の現象を定めるのが、魔字である。……語弊があるね。魔術の現象を指定するのが魔字で、魔字を固定化するのが魔円だ。


 まず魔字から語っておこうか。魔字は、魔術を定める文字だ。どんな現象を起こすのか、範囲はどれくらいなのか、どういう条件で発動するのか。どれくらいの魔力を消費するのか、魔術をどうやって放つのか、どこに向けて放つのか、どれくらいの威力で放つのか。人との会話である『前提条件』みたいなのをはさむことがなく、一から十まで徹底的に文章で書き記す言葉の名前。それが、魔術陣における『魔字』の役目である。

 では『魔円』とは。魔術陣における魔円とは何か。実のところを言えば、あたいは魔字より魔円の方が書きにくいと思っている。説明がしにくいのだ。

 まず、魔円のルールについて書いておこう。一つの魔円の中に入れることが出来る魔字は一文字である。そして、一つの魔円の中に入れることが出来る魔円の数は4つである。

 わかってもらえるだろうか、この意味が。わかってほしい、心の底からわかってほしいと願っているわけだが、わかってもらえるだろうか。


 魔円の中に4つの魔字を書きたいと願う時、一つの魔円の中に4つの魔字を書くことは出来ない。4つの魔円を書いて、その中に一つずつ魔字を記載しなければならない。もし16の魔字を必要とする魔術を放つとき、一つの大きな魔円の中に4つの中くらいの魔円を書き、さらにその中に小さな魔円を4つ描く。その中に、魔字を描かなければならない。この16の魔字で描かれた魔術陣の代表が“炎弾魔術”である。発火魔字、燃焼魔字、継続魔字、起点魔字、大小指定魔字、放出現象魔字、軌道指定魔字、着弾位置魔字、威力指定魔字、速度指定魔字、着弾時現象指定魔字、魔力量指定魔字、効果範囲魔字。最低でもこれだけの魔字を記載しなければならない。あるいは、軌道飛行中に着弾した場合の効果まで記載するならもっと多くの魔字が必要となる。それに合わせて魔円を記載していけば、おのずと魔円の数は増えるのだ。

 問題はその、魔円の数である。魔円の数が増えれば増えるだけ、魔力操作は非常に難しくなっていく。考えてみると言い。16個の魔円を記載するということは、大きなお盆に小さなお盆を四つ乗せ、その上に小皿を四つ並べて持ち運ぶようなものである。お盆の上の皿が傾かないようにバランスを取らなければならない。お盆の上の皿の中身が零れないようにしっかり見ておかなくてはならない。力加減を誤ってお盆ごと落としてしまわないように、逆に力みすぎてお盆の端を折ったりしないように気を付けなければならない。

 魔円が増えるということは、要求する魔力操作の技術が高くなるということだ。魔円が増えるということは、掌の上に乗るお盆の大きさが1メートル、2メートルと大きくなり、その上に乗る皿が16、32、64と増えていくことだ。


 魔術の難しさの本質はここだ、とあたいははっきりと言う。この、大きくなりすぎたお盆、大量に乗っかったお皿の量を、人の脳みそ一つで精査し、調整し、維持し、実行する。全てのお皿を乗せ終わり、確認して、手の上に持ち上げたその瞬間が魔術が発動するタイミングだ。

 全てを手の上に持ち上げる、ということがどういうことかというと、全ての魔円と魔字に魔力を通した状態の維持が終わったら、という意味だ。魔力を通した魔円魔字から魔力操作を放棄していいわけがない。それは、お盆の上に乗せ、確認が終わったお皿を一つずつお盆から降ろしていく行為に他ならない。そんな行為をすれば、その皿は持ち上げられるときにはお盆の上には乗っていないわけで……その部分の魔術は発動しない。動詞のかけた会話文みたいなものだ。魔術現象が起きるわけがない。


 意外とこの皿と盆の表現が気に入ったね。だからちょっとだけ書き加えようと思う。

 お盆とお皿が魔円だと言ったわけだけれどね。だったら魔字は中のおかずさ。お皿の大きさは感覚的には六センチくらいの小さい奴だ。その中に入っているおかずはせいぜい一つ。でも、注文された料理は全て乗せなきゃならないのさ。そして、魔力はその全ての料理を乗せたお盆を運ぶための力さね。そもそもお盆を持ち上げる力がなければお盆は運べない。お盆を持ち上げられても、目的地まで運ぶだけの器用さがなければ持っていけない。


 魔術っていうのは、あたいが思うに、これに似ている。


 そう。これが、魔術を発動させる魔術陣の基礎だ。あたいが習い、あたいが言語化できるギリギリまで説明してみた、入門書のつもりだよ。出来るなら、もっと深く深く魔術を極めて、あたいの仕えた王様の子孫が、世界を平定することを祈るね。



独言

 この文書は神遊歴平定以前に記された、フェニクシア村の補佐役、『賢者』シューティレイによって残された遺書である。しかし、これが世界に残した恩恵と彼女の歩んだ軌跡を想い、フェニクシア王像キヨナが世界に残すと決めた。

 異論は認めない。私の友、私の弟子、私が心の底から愛した娘。美しく輝かしきシューティレイ。彼女の命を、私は断固として途絶えさせたりしないのだから。




―――――

なお、神遊歴以前に描かれた文書、と言いますが実のところ、『神定遊戯』が始まってすぐの文書、木を彫って文字を書くくらいの(『神の使徒』がインクの発明くらい手助けしたけれど)時代背景です。論文の書式?そんなもの、こんな時代にあるわけないです。『神の使徒』はその辺無関心なので。

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