122.宰相の決断

 メリナマリアと会ったのち。俺は、エルフィとデファール、そしてペテロにも戦勝報告を共有した。

 時刻は昼。丁度正午を迎えるころ。このころになれば、残りの三人も強制的に休憩を取らされる。報告を話すにはちょうど良かった。

「そうですか……勝ちましたか。」

デファールが安心したように息を吐く。不安要素だったのだろう。確かに、まだコーネリウスは未熟な大器だ。心配で仕方がない、という考えもわからなくはない。

「ゼブラ公国の第二公子は戦上手だ、と聞いていたので、安心しました。おそらく『像』の力を加味した力押しだと勝てないだろうと思っていましたから。」


 ギョッとする。戦上手の加減こそ知らないが、万が一デファールと同等の指揮力を持つような男なら、コーネリウスでは決して勝てなかっただろう。

 勝った以上、そこまでではなかったと思うが……怖い話だった。

「どんな男だ?」

「知らないのです。彼が14歳になった頃、ゼブラでは第二公子の話をとんと聞かなくなったので。」

つまり、14歳のころから既に頭角を現していた男だというのだろうか。それとも、14歳の頃の名声だけで、今なお警戒される男だということだろうか。

「まぁ、私は兄上とともに軍の指揮官として採用されていた男です。仮想敵国の指揮官は多少耳にします。他の貴族たちは第二公子の存在すら認知していないとは思いますが。」

そこはどうでもいいかな、と思った。エドラ=ケンタウロス公爵やエドラ=ラビット公爵がその第二公子の存在を知っていようといまいと、ペガシャール帝国には影響がない。……どちらかと言えば、コーネリウスが知っているかどうかが重要だった。


 なんとなくだが、知らないように思う。コーネリウスは、『護国の槍』という家柄の割にちぐはぐだ。

 才能はある。努力の足跡も垣間見える。だが、20代を超えているのに、経験がない。直接聞いたことはない。だが、俺の目にはそう映った。

 なぜかは……まあ、考えずとも、なんとなくわかる。まあ、それはいいだろう。

「勝った以上、気にすることでもあるまい。」

「そうですね。ですが、予想以上に速い勝利でした。」

ギョッとする。俺とディールは、予想よりも遅かったと言った。対して、デファールは、我が国の『元帥』は勝利が予想より速かったと言ったのだ。

「そうなのか?」

「第二公子が噂通りの人物だったのであれば、もう一、二ヵ月はかかっていてもおかしくなかったかと存じます。」

背筋が凍るような想いだった。俺の予想が外れたことも、ゼブラ公国攻めが思った以上に難易度が高かったことにもだ。


「負けることは、エリアス殿がいる以上なかったと思われますが、援軍を出す可能性はあったでしょう。」

デファールが、軍の編成を急いでいた理由を今初めて知った。……援軍を出さねばならないほどの状況になる可能性があったのであればたしかに。今の俺たちの状況では、すぐに軍を出すのは容易ではない。

「……やはり、一年ほどは戦争は出来ぬな。」

「食糧もないが、それ以上に人がいねぇ。……いないわけでもないが、国側で管理出来ていねぇしな。」

エルフィが続ける言葉に、頷きを返す。本当に、その通りだ。


 誰を兵に出せるか。兵にしたとして、農地の維持に十分な人手があるか。……このままでは、それを調整することも出来ない。

「ですが、放置を是とすれば残り二派閥が攻めこんできませんか?」

ペテロの問い。それにエルフィが首を振って答えた。

「ない。絶対に、ない。レッドは俺たちを警戒しているだろうし、ちょっかいをかけたいだろうが、決して出来ない。」

まず、アダット派とレッド派、それぞれの拠点とこのディマルスの間には、行軍にして約二ヵ月ほどの広大な距離がある。全力で走って詰めれば半月少しまでは縮められるだろうが。

「そうすれば、その隙をアダット派が必ず突く。レッドはそこまで愚か者ではないさ。」

「……あの凡骨王子にそれが出来ますか?」

「アダット自身は出来ないだろうよ。だが、そいつの軍を指揮するのはクシュル=バイク=ミデウスだ。……どう思う、デファール?」

「なるほど、確かに。その隙を見逃すほど、クシュルは甘くはないでしょう。……というより、それだけ大きな隙を晒せば、レッド派は一瞬で瓦解しますね。」


この中で。『護国の槍』たるミデウス侯爵家、その主たるクシュルを最もよく知るのはデファールだ。その彼が、はっきり頷く。

「クシュル相手に隙を晒せない。なるほど、レッドは私たちを警戒しながらも、何もできません。」

圧倒的な兵力差、圧倒的な財力の差。総合して、ほとんど絶対的とも呼べる兵力差を見せるだろうアダット派とレッド派の対決。だが、その差を前にしてなおレッド派が絶対的有利ではない。

 そうさせるだけの指揮力と戦略眼の力が、クシュルという人物にはある。


「だが、奴の欠点は主の意向に沿う形でしか動かない、ということだ。アダット派は何もしなければ、俺たちとレッド派で削りあうから漁夫の利をかっさらえるが……アダットはそれを是としねぇ。」

アシャトという人物さえいなければ、『王像』になりえたレッドではない。あくまで無能を地でいくアダットだからこそ、晒す無様は何より醜い。


 アシャト派を、『王像』軍を滅ぼすために出来る限り多くの将校を徴収するレッドに対し、アダットが抱くのは怒り。「自分のモノを持っていかれた」……そういう勝手な憤怒によって、アダットはレッドへ進軍する。

「アダットとレッドはしばらく戦争を続けるだろう。その間……俺たちは内政と軍事強化を徹底する。それでいいんだな、アシャト?」

「あぁ。それに……ちょっかいなら、すでにかけ始めているだろう?」

弱い派閥が、強い派閥に勝つ方法。それは、単純に。


「自己強化と、敵の弱体化。国の戦争というのは、良くも悪くもそれに尽きる。」

果実を一口。甘い味が口内に広がり、疲れた頭脳に染みていく。

「うまくやってくれよ、ニーナ、ビリー。」

。アシャト派が仕掛けたちょっかいは、彼ら二人に託されている。




「それはそれとして、陛下。」

話が一区切りついた。それを見てとって、ペテロが口を開いた。

「税収について、お話があります。」

目を、見開いた。税収。ついに来たか、と思う。

「今年に限り、税の取り立てを無しにしていただきたいのです。」

そう来ると思っていた。……そして、俺はそれを、内心是としている。むしろ、今年は税を取り立てるべきではない。


 だが、わかっているからと言って、無条件に頷くのはダメだった。税収というのは、少なくとも商売をする能力がないこの国の現状では、稼ぎのほぼ九割を占めるのだ。それを止めるというのなら、十分な問答が必要だった。

「無理があろう。税は食糧あるいは特産品で納められる。税収がなければ、余やそなたらが食うものにすら困ることになるぞ。」

「問題ありません。先日、ディア様の定められた新意匠の貨幣の生産が始まりました。金を作るのは全て国……である以上、貨幣を流通させるにはむしろ、我々が食糧を購入するという形をとるべきだと考えます。」

俺たちの派閥に集まって来た盗賊は、帰順の証として多くの財を差し出した。既に討伐した財物等も合わせ、尋常じゃない量の金銀財宝がある。


 とはいえ、金銀を使った、量産品の財物などもあるわけで。貴族の屋敷から奪った額縁の飾りなどは、一から作ったとはいえ……今なお保存価値がある一品か、と言われれば、疑うようなものも少なくはない。

 それらを片端から潰して、貨幣を量産する。食糧はないが、カネならある。それが俺たちの派閥の現状で……そのカネを流出させることで、税として食糧を得なくとも賄えるようにしたい、という。

「あながち間違いではあるまい。しかし、それでは民たちは暮らしを享受するだけになるだろう?」

「来年以降の税の取り立ての確約。田畑の開墾の義務化。それを申し付ける代わり、一年に限り税を取らぬ……。着の身着のままでこちらに来た新たな民たちを保護するためにも、何より叛意を持たれぬためにも、必要不可欠な措置ではありませんか?」


「噂を聞いて来年以降訪れる国民たちはどうする。新入りなのだから、一年は税収を止めてくれ……言われれば拒絶できなくなるぞ。」

「代わりに開墾済みの田畑を与えましょう。これをくれてやるから税を治めろ……そう言えば、誰も文句は言えなくなりましょう。」

予想通りの答え。そして、迷いなく答える姿から、この話をする前に俺の問いを予想していたことすらうかがえる。


「では、一度税を失くしたことによって次を期待する民たちにはどう答える?」

「反乱がおきるまで達した場合は武力を以て。ただ人の声のみであるなら、無視して構わないでしょう。」

武力を以て。……ただ一度きりと伝え、それに反するのであれば民でも殺す。……ドラゴ―ニャなら正しいやり方だが、ここはペガシャールだ。それでいいのか、と自問する。

「良くはないな。一番の問題は、国に人がいないことだ。」

今、殺すわけにはいかない。貴重な農夫であり、貴重な兵の供給源だ。


 なら、と続けるように、ペテロが告げた。

「今年の税は、労働力で支払わせましょう。己が住む土地以外の土地の開墾と、己の管轄ではない農地の面倒を見ること。それで賄えるかと。」

「で、来年の税収はどこまでを範疇にするのだ?」

「決まっています。己の土地と割り振られたところまで、です。」

あぁ、これは完全に流れにはまった、と思った。……いや、話題を出した時点で流れに嵌っていたのだろう。エルフィが口を出さないことから、おそらくエルフィも納得済み。……というより、これが俺とペテロの茶番劇だと気付いているのだろうと思う。


 俺は、否定する振りをして、『税』を取らなければならない。ペテロは、国民の生活のために、『食糧』を奪わないようにしなければならない。

 その妥協点が、『税としての労働力』に繋がったわけで……

「己の土地ではない、維持した土地の食糧は?」

「十分の一を維持したものに山分け、それ以外は国庫。なお、新入りが入りその土地が譲渡された場合、国から金銭として褒章が授与されるものとする。」

「その褒章は、譲渡された土地の収穫量の十分の一相当の価値とする、か?」

「は。」

他にも手がある気はする。もっと楽な方法がある気がする。


 だが、俺たちは出来るだけ早く、食糧と人員の確保をしなければならない。……他国が本格的にペガシャールに進軍してくる前にペガシャールを統一しなければならない。

「農地を早々に確保できるならそれで構わん。その方針で行くように。……監視人はそう多くは出せんぞ。」

「大丈夫ですよ、陛下。軍を監視に立てますから。」

そこにいるだけで、軍は圧となる。


 監視するつもりはない。だが、民たちは監視されている気になるだろう。

「この上で税収を取ると言ってしまえば、民たちも怒るでしょうが……ご安心を。税収を取らず、たまに軍人たちにも開墾に混ざらせておけば、民たちはむしろ陛下に好意を抱くでしょう。」

衣食住。そのうち、住はいま定めているところで、食もこうして融通した。多少の監視程度なら問題ない……そうペテロは言いたいのだろう。


「そう転ぶかははなはだ疑問だが……まあいい。その通り、やってみよ。」

どうせ出来レースだ。途中で面倒くさくもなってくる。

「問題は、余らの食糧なのだがな。」

小さく呟いた一言。徐々に多くなってきた肉料理と、反面少なくなってきた麦と米。動物を狩るにも限度がある。一年、持つか。


 ゼブラ公国から送られてくる食糧次第だな。そう言い聞かせると、俺は席を立つ。

「公務に戻る。何にしろ、税の話は住む場所が定まらなければ意味がなかろう。」

あと何千人だったか。処理する人数を考慮しても……あと10日は先の話だった。

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