113.鍛冶師に貴族は難しい

 ミルノーは、呆れていた、呆れてものも言えなかった。

 目の前に立つ男に、その行動力に、彼は心底呆れていた。

「一献、どうだい?」

「縁談はお断り申し上げます。」

陛下に、どうせ結婚はせねばならないと釘は刺されていた。おそらく、相手はドワーフの者になるだろうとも、それでも貴族との縁談があるだろうとも。


 だが……敗戦国の仮にも王が、直々にやってくるとは。悪いが、普通に怖い。

「そういうな、ミルノーよ。私の妹はとても可愛いぞ。」

「私は鍛冶師でしかありません。貴族位も、領地も、得る気が、さらさらない。」

カリンの結婚への動きがあまり芳しくない。ミルノーは知る由もないが、ギデオンは、妹がディマルス行きを志願した時点でそう考えた。女性のアメリアとヒュデミクシア出自のクリス、どう足掻いても正妻どころか高位の側室の座すら勝ち取りがたそうなコーネリウスという三人を除外してみた場合、どう見ても彼女はミルノーに声をかけていない。そう判断して、彼は己の独断で行動した。

「しかし、貴殿は強い、と話に聞いた。単独で数万もの軍を相手に足止めできる豪の者だ、と。」

それは、純粋に。戦場に救われたに過ぎないのだと、ミルノーは自嘲でも何でもなく知っていた。


 自分が一人で軍を止められた背景は、自分以外の道全てをバリスタで封鎖するという、単純にして悪辣な手が成功したからに過ぎない。自分が守り切れなくなる前に、アメリアが全てを終えて駆けつけてくれると、そう信じていたからに過ぎない。

 だから、彼は。『兵器将像』という、補給部隊を軸とする部隊の将程度で収まる気でいたし、それが妥当なところだと納得していた。

「私は、強くなどありませんよ。『超重装』を使いこなせれば私と同じだけの働きは誰でも出来ます。」

あれを本当の意味で使いこなせる人物など、自分以外に出てこようもないが。そういう一言は心の奥底に封じ込める。余計なことを言って相手に付け入る隙を与える必要はない。

「そうか、そうか。……だが。」

「侯爵閣下。」

それ以上に説得しようとするギデオンの口を、彼は遮った。それは、身分差的に無礼だと知っていた。身分差的に打ち首になる可能性すらあると知っていた。


 『像』である以上、その無礼がとがめられることは決してない。無礼な態度であろうが、それは無礼に値しないと、知っていた。


「私は、鍛冶師です。あなたの妹と結婚したとして、私に何の得がありますか?」

領地を経営する可能性がある『像』なら、臣下や後ろ盾、経営難時の救援要請先として、ゼブラ候の妹は誰にも負けない優良物件だ。だが、一介の鍛冶師であり、どこまでも補給部隊の長としての活動程度で収まるだろう彼にとって、ゼブラ候の援助はそこまで必要ない。

「おそらく私は騎士爵に収まるでしょう。その方が私にとっても都合がよい。」

「……。」

「それは、陛下にとっても変わりません。『像』という特別扱いの身分。私は、これで十分です。」

他の『像』は違う。軍とは別に、領地を得ることになるだろう。だが、『兵器将像』に領地運営はあまりない。


 基本、他の『像』たちは兵士を、ひいては人を率いる立場だ。戦争は人なくして成立しない。ゆえに、そのための人も己の手で育成する。では、『兵器将像』は?

 人の手は、必要だが必要ではない。物資の補給、運搬、あるいは管理。それに割く人手は多少必要なものの、その本質は兵器を作ること。

 剣、槍、弓矢。それら武器を量産し、前線で補給を続けるのがミルノーの仕事であり、そしてその武器は国庫か、あるいは貴族の懐から出る。ミルノーに、領地は必要ない。

「……そもそも、どうしてあなたが出向いてきたのです?」

「簡単な話だ。貴殿がカリンを避けているからだ。」

ギデオンは、カリンの行動を黙認している。彼女が結婚相手を探して奔走しているのに対し、彼から直接動くことはない。


 ペディア、エリアス、エルヴィン。カリンが接触した彼らに対し、ギデオンは何1つとして己からアプローチを仕掛けていない。

「あなたが貴族として動けば一発だったのでは?」

「それではペガシャール貴族たちに禍根が残るだろう?」

ギデオンの、即答。旧ゼブラ公国の立ち位置を重視した返答。わかっていた言葉とはいえ、ミルノーは溜息を深々と吐き出した。

「それでも、直接私の元へ?」

「ああ。カリンがディマルスに行きたいと言った。それはつまり、妹の婚約話がうまくいっていないという意味だと、私は思っている。」

そこにおかしな点はない。ここで良縁に恵まれたなら、彼女は自分からペガシャールへ赴く必要はない。


 妻に迎えてくれると約束した男。その者が迎えに来るのを、ここゼブラの地で待てばいいのだから。

「ゆえに、私が動いた。」

「……禍根を残したくないのであれば、これきりにすることですね。」

ミルノーの立場は、低い。領地を持つ未来はない。爵位が与えられる予定はない。彼は『兵器将像』であるが、それ以上でもそれ以外でもない。

 だから、ギデオンは彼に声をかけられた。他でもない、政争と無縁である男であるからこそ、政争で危機にさらされる可能性を無視して声をかけることが出来た。

「……。失礼する。」

ギデオンが踵を返す。その背中をじっと見送った後、ミルノーは深々と息を吐いて。

「これでよろしいですか、コーネリウス殿?」

「はい。十分です。ありがとうございます、ミルノー殿。」

傍で息をひそめていた、コーネリウスに声をかけた。




 時間は少々遡る。それは、クリスとカリンが衝突した、実に二時間後の話らしい。

「ミルノー、今大丈夫ですか?」

「コーネリウス殿。こんなところまでわざわざ出向かずとも、私の方から向かいましたものを。」

私は、その時武器庫にいた。国のではなく、軍の武器庫。即ち、兵隊用の武具が安置されている場所である。

 武器の選別。それも、使える武器と使えない武器を選別するのではなく、使えない武器を移動することにある。今でこそ、移動に留めているが……時が来れば、彼はそれを使える武器に変えるつもりだった。


 折れたモノ。錆びたモノ。欠けたモノ。血糊が取れなくなったモノ。

 なんでもよかった。なんでもよいが、何でもよくはなかった。使えない武器を使えるようにするのは鍛冶師の本領だ。一から形を整えるのもいいが、作り直す作業もまたいい。

 そう思って、そしてそれが仕事であるから、私は使えない武器を集めていた。

「今夜あたり、お前の元にゼブラの血に連なる誰か……おそらくギデオン侯辺りが来るだろう。」

「なぜ?」

「カリン嬢の結婚相手を探すためだ。」

ヒク、と頬が蠢くのが分かった。……あぁ、確かに。カリン嬢との結婚相手を見繕うために、ギデオン卿やグリッチ殿が自ら動かれると、貴族の社会では汚点となりかねないが、相手が私であれば問題はない。

「なぜ?」

「妹の幸せのためだろうさ。……彼女は元来、相手を選べる立場ではない。」

それでも選べるとしたら、『像』の中の誰かである。……それも、カリン嬢が結婚相手を望むのではなく、『像』側がカリン嬢との結婚を望み、アシャト様に願い出なければならない。


 『像』以外の人間が結婚相手を選ぶ場合、アシャトからの信頼の高さや、単純な現状の権力・勢力の強さが加味されなければならない。正直な話、グリッチはかなり上手に敗けたのだ。

 ペガシャールは、力を残したゼブラの侯爵の力を無視するわけにはいかない。最大限の、とまでは言わないがそこそこの便宜を図らなければならない。でなければ、アダット派やレッド派との争いの最中に、背後にまで気を付ける必要が生まれてしまう。


 だからこそ、カリンの結婚相手には、ゼブラ候がそこまで勢力を伸ばせないような、あるいはゼブラ候領を監視するような、そんな役割を担える子爵以下の貴族である方が望ましい。王命を使える以上、アシャトはそれを強要できる。

 その、例外。それが、アシャトの直属の配下、心の底から信用できる、アシャトへの忠臣『像』からの、直接の婚礼の願い出。……それを、カリン嬢は理解した上で。『ゼブラ候一家のため』という建前を掲げて、動いている。

「本音もあるでしょう。結婚するなら幸せになりたい、というのはシャルも一度ぼやいていましたから。夢や憧れとしての結婚が叶う可能性がある、その一縷の望みにかけているのも、また事実だろうとは思いますが。」

コーネリウス殿が言い切る。だが、今はそんな『事実』はどうでもよく。

「面倒ですね。」

ギデオン卿が動くことの方が、問題だ。


 ……いや、カリン嬢が本気で結婚するなら幸せになりたいと思っている事実が、この問題をややこしくしているのか。ゼブラ候領のため、というだけなら、ギデオン卿が動く理由がどこにもない。

 何もしなくても、この領は妙なちょっかいを出されることこそあれ、アシャト王の治世の元ではほとんど安泰になる可能性が高いのだから。

「……面倒な。」

正直な話。ギデオン卿から見れば、カリン嬢が勝手に動き回ること自体は無視してもよかった。問題視されれば『不出来な妹で』と一言言って『注意』すれば、話は終わる。カリン嬢の名前だけが傷つくが、ゼブラ候にも、ギデオン卿にもダメージが入ることはない。


 カリン嬢はカリン嬢で、そのことを理解して動いている。問題になっても、自分一人が泥を被るだけで解決する問題だとわかっているから、自力で結婚相手を探しているのだろう。

 面倒……いや、厄介な、問題だ。

「普通に断っていい、ミルノー。いいや、普通に断ってくれ。カリン嬢がペガシャールに来ても、おそらく他の『像』たちと接触しても、彼女が結婚相手を見つけられなければ、何事もなくすべてが終わるのだ。」

カリンは、自分から相手を見つけ、親密になることはいくらでも出来るだろう。だが、彼女がどうやっても、決して叶わないことが、一つある。


 彼女は。


 そのために、こうして動き回っている。『像』に選ばれた男たちに、「カリン嬢と結婚させてください」とために動いている。


 彼女には、それ以外の選択肢は、一貫して存在しない。ゼブラ候の妹という立場には、それ以外の選択肢が許されるような余力が一切ない。

「頼む。」

「お任せください。」

ペガシャールの貴族間に。あるいは、30年後のペガシャールにとって。それが一番無難な方法だと、ミルノーは納得し、頷いた。

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