109.帝都の変貌

 エビエルを同行者に追加した。というのも、彼が進んで願い出てくれたためだ。

 フェムの校長をやっていたような男だ。少なくとも、事務仕事には役立つだろうと思う。だから、一緒に轡を並べた。

 ペガシャール帝国軍、四大都市の解放。その最中に俺の味方になった人物が二人。ムルクス=アニマス=エンフィーロと、エビエル=ルフィエム。そして、暗殺者集団『エンフィーロ』の面々。

 最も、『エンフィーロ』の同行者はムルクスだけで、他は植物園の管理に入ったらしい。命令が出るまで待機、とのことだ。


 そして、味方に引き入れたいが現状放置するしかない枠。レオナ=コルキス。……正真正銘、魔術における天才。どうすれば味方になるか、悩むところではあるが……なんというか、全てはジョンの双肩にかかっていると言って過言ではないはずだ。

「……。」

四都市とディマルス。これらの土地の位置関係を見た時、思うことがある。


 昔はこの一帯、道が通っていたのではないだろうか。片道三日、隣り合う施設同士の片道もほぼ三日。ディマルスを中心とした同心円状に並んでいなければ、この関係性はありえない。

「そして、『神定遊戯』に重要な施設であると同時に四人の妖精と守護のゴーレム。」

わざわざ解放のために、四大都市をまわらなければならなかったことも、そう。何かしら、繋がりがあってもおかしくは、ない。

「陛下、見てください!帝都が!」

ジョンが指さす方を見る。


 驚いた。それ以上の言葉が、何も出てこなかった。同時に、それ以上の言葉は、必要ないくらいだった。

「光っている……。」

いや、本当に光っているわけではないのだが。どうも薄汚れた王都だった。それは、120年余り、魔力の供給がなかったこともそう。誰も手入れしなかったこともそう。

 つい、俺たちが軍を出して進軍を始めたころまで。ここは、建物としての荘厳さや建築物としての偉大さを感じさせずにはいられなかったが、同時に手付かずの埃被った印象をぬぐえない都でもあった。


 それが、まだ3週間に満たない程度の月日である。輝かしいほどに美しく仕上がっていた。

 どこの誰がどう見ても、この都を見て手入れが足りないとは言わないだろう。それくらい、丁寧に手入れされていることがわかるほどの美しさだった。

「おかえりなさいませ、陛下。お待ちしておりました。」

「ペテロか、今戻った。して、この様子はなんだ?」

大勢が門の前で待っている。それを視認した瞬間、俺は王としての仮面を被りなおす。

「わかりません。四日前に急激に王宮の守護者が光り輝いたかと思えば、城内が綺麗に整えられ、城外も美しくなったのです。陛下はこの現象に心当たりがおありですか?」

「……ある。ああ、あるな。四日前と言えば、フェムを解放した。」

全ての施設の開放。四大施設の全てが、『ペガサスの王像』の降臨を認識した。


 それを聞いて、ディアが頷く。

「魔術陣に魔力が通されたようなものだよ。『神定遊戯』専用の魔術回路。四大施設とディマルスは、『神定遊戯』という名の儀式の名で繋がっている。」

だから、他三つの施設が開放されて、その施設に命が戻れば。ディマルスも、ほぼ同様に、その命を回復させる、と言った。

「だから、こうなったのか。」

「そうだよ。綺麗でしょ?」

ディアが、まるで我が事のように胸を張る。その光景が、失礼ながらほほえましいと思いつつ。


 きれいなのは、その通りだった。

 まるで、真昼の太陽の光をそのまま壁に塗りたくったような、白い壁。これを、綺麗と呼ばないのなら……他には、眩しいや神々しいだろうか。そう形容するにふさわしいもの。

 だが、まぁ。神々しい、まで行くと人が住む場所としては過剰に過ぎる気がする。である以上、せいぜいが、『綺麗』という表現に留めておくべきだろう、と思う。

「『神定遊戯』の恩恵を貴族たちが信奉するのもよくわかるな。」

「だろう?これは僕の力作なんだ。」

門に入る。わっという歓声が、俺たちを包み込む。


 『ペガサスの王像』ディアの恩恵に惹かれてやって来た難民たち、貴族たち、盗賊たち。ざっと見るだけでもゆうに10万は超えている、人の波。

 その中心を、ディアに跨って悠々と進んでいく。『王』の前に人並みは割れ、俺たちを歓迎するかのように跪いて行く。


「『王像』様に跨るなんて、陛下はどういうおつもりなんだ?」

「シッ!聞こえるぞ!実際はどうあれ、建前は陛下の方が『王像』より立場が上なのだ。あれはそう言うアピールに決まっているだろう?」

ふと、陰口が聞こえた。『神定遊戯』が起き、たまたま王になったからこそ、いつかどこかで聞こえて来るであろう不満……ではない。

 おそらく、『神定遊戯』が存在する間、歴代の『王像の王』たちが皆一様に通ってきた道。俺が王として優れているのではなく、俺が扱う『王像の力』がすごいのだという信心。

 それが、言葉となって耳に染み込む。それが、いついかなる時でも、俺について回る道だと、囁いてくる。

「構わない。」

ポツリと、小さく呟いた。……声を出す気はなかったが、しかしついつい言葉を発してしまった。それくらい、俺にとっては厄介な案件だ。


 『神定遊戯』がある以上、王にはいつまでもつきまわるもの。

 王として活動していくうえで。あるいは、それ以外の『像』たちが『像』として活躍していく中で。

 主体は、人なのか、神の力なのか。俺たちから見ればどう考えても俺たちの行動の賜物であろうとも、それを知らない外の人間たちからしてみれば、どこまでも『像』の力によって得た活躍に見えかねないものが、多くある。


 その最たる例として、俺が王として立てた経緯が、ある。俺は、どんな言い訳も通用しない。

 他の誰よりも。俺は、『王像』に選ばれることがなければ、王にはなれなかった。だから、客観的に見れば、どこまで行っても。俺は、王像の力をたまたま得た成り上がり者に過ぎず。

「必ず、見返す。」

俺が王である必要があったと言わしめる。少なくとも、後世の歴史家がそう書いてしまうくらいには、王としての名声を確保しておきたい、と思う。

「……子供だな。」

自分を見つめて、思う。皇帝を目指す以上、その程度の子供の心情は残しておくべきなのだろうとも思う。


 剣の柄をなぞって、目を瞑って。


 王宮の、前。扉を、従者たちが開け広げていって。

「お帰り、アシャト。」

「……あぁ、ただいま、エルフィ。」

色々あって、疲労と興奮がないまぜになった思考の中で目に飛び込んできた彼女は。


 変貌した王都の何よりも、綺麗だった。




 レオナとジョンは、互いに目を逸らすことなく見つめあっていた。

 周囲の従者や兵士たちは、その二人を遠巻きに眺めていた。

 遠巻きに、だ。他の誰かがこの場に飛び込んできたとして、この光景を見たら、誰もが一瞬男女の逢瀬だと思うだろう。

 問題は、その見つめあう当事者同士を目に入れた瞬間、その哀れな乱入者は、類まれなる死地に飛び込んだと錯覚してしまうことだろうか。それくらい、二人の視線、それが漂わせる雰囲気は一触即発の雰囲気を醸し出していた。


 遠巻きに眺める兵士や侍従は、眺めているのではない。いつどのタイミングになったら、この場の緊張感から抜け出すことが出来るのか……わずかに体を震わせながら、機を見計らっているのだ。

「陛下に仕える気はない、と?」

「私、人前、出たくない。」

レオナ=コルキスの才能を、在野で腐らせておくのは惜しい。それは、おそらく魔術をかじったことのある人間全員が同意する、言ってしまえば当たり前のこと。

 問題点は、レオナ自身、社交性が絶望的にないことだ。研究さえできたらいい……そう言いかねない彼女の性格は、どこまでいっても国に仕えるのには向かない。

「社交はわたしが何とかします。あなたは、陛下に仕え、陛下の覇業に手を貸していただければ、それでいいのです。」

「羊はね、檻で飼う事も、放牧することも、出来るけれど。芸を仕込むことは、出来ないんだよ。」

自分を、哀れな羊だと言うかのように。レオナは断言する。


 それを、否定はしない。ついでに言うと、彼女は魔術の才能以外においては、どこまでも凡庸だ。羊という言葉……人畜無害だという遠回しな主張についても、否定する要素がない。

「ですが、私が逃がしたくないその羊は、金色の毛と、それを無限に生み出す肌を持っているのです。」

お前は世界で唯一無二だ。そう言う主張に、レオナは目を細める。

「それは、魔術師として?」

「私にとっても、です。」

ボっと、レオナの顔が赤くなる。つい数秒前まで、レオナとジョンはアシャトに仕えるか否かの話をしていたはずなのに、ほんの瞬きすらしない間に男女の話に切り替わった。瞬間、緊迫していた空気が弛緩し、周囲の人たちはこれ幸いとばかりに逃げ出していく。


 一分に満たないくらいの間騒がしい音が響いて。全員がその場から消えたくらいで、レオナの思考が元に戻る。

「……違う話、でしょう?陛下に仕える、という話だった。」

暗に、急に話題を変えるなと半眼になって睨む彼女を、ジョンはわずかに愛いものを愛でる目で眺めた。その視線に、レオナは一瞬絡み取られかけ。しかしすぐに頭を振る。

「私が、陛下に仕える、理由はある?」

ある。そう言いたいジョンは、しかしその口をぎゅっと閉ざした。


 ある。だが、それは、ジョンの中で言うつもりのない一線だ。それ以外と言うと……ないわけではないが、レオナを釣るには、少し足りないものが多い。

「陛下は、皇帝を目指すおつもりだ。」

「らしい、ね。他国に侵略、しなきゃいけないんでしょ?」

「そうだ。」

陛下が己を『皇帝』と名乗った。その時点で、陛下は他国侵略と、その滅亡・併合が『義務』になった。


 たとえ戦争をする立派な理由がなくても、アシャトは必ず他国侵略を繰り返さなければならない。

「お前の力が、欲しい。」

「ジョン……。」

頭を下げるしか、ない。ジョンには、実のところを言うと。それ以外に、方法も口実も、何もなかった。

「分かった。」

バッと、頭を上げる。本当か、という期待を込めて、ジョンはレオナの瞳を見る。

「5年くらいは、付き合ってあげる。……それまでに、決める。」

それは、約束の先送り。今決めることはしない。でも、どちらにしても。しばらくは大きな戦争が起きることがわかっている。


 わかっている以上、レオナはあまり在野をうろうろするつもりもなかった。しばらくはアシャト陣営に居候しておく方が、レオナの身の安全的には都合がいい。

 彼女はそれを、知っていた。

「ああ、それでいい。」

今、彼女がアシャト陣営から離れる。それよりは、食客としてこの国に留まってくれている方が、まだ、ジョンとしては都合がいい。

「じゃあ、まずはこの王都の研究から。」

「研究のことになると途端に饒舌になるな……。」

頼むから、おとなしくしていてほしい。


 実のところ、彼女のお目付け役が面倒になってきて陛下に丸投げしたかったジョンは……レオナの現状維持、敵方に行かれることを防ぐ代償に、もうしばらく、彼女の面倒を見るしかなくなっていた。

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