99.アバンレイン荒野の決戦・決

 援軍は頼めない。

 敵影は止まらない。

 ペディアはあの日、これと対峙したのかとあきれ果てる。確かに、これは、脅威だろう。クリスが、ペディアではなくアメリア嬢を送ろうとしたのも納得できるというもの。

「舐めるなよ、流浪の民が。」

クリス。ペディア。エリアス。ミルノー。ああ、彼らはとても優秀だ。だが、それにしたって。


 『護国の槍』を、舐めている。


「敵はゼブラ公国軍!あれは最後の切り札だ。バイク=ミデウスの軍としての誇りを見せてやれ!」

「「「「応‼‼‼」」」」

返事が、心地いいと思った。勝てるという確信があった。


 『護国の槍』バイク=ミデウスの軍は、たった3000に過ぎない。というより、それ以上連れてこなかった。シャルロットやアドルフにも、兵士たちが必要だ。いくら家長とはいえ、ミデウス侯爵家の率いる1万をはるかにこえる軍を全て連れてくるわけにもいかない。

 だが、3000しか連れてこなかったのではない。3000で十分なのだ。なぜならここにいるのはバイク=ミデウス侯爵家の軍勢。その練度は、その実力は、ペガシャールのどこを探しても比肩するものはいない。いてはならない。


 国の最高の武術家?必ず元帥を輩出する名家?

 そんな安っぽい名前で、私たちの家は回っていない。そんなちゃちな名声ごときに、ミデウスは拘らない。私たちが拘るのは、ただ一つ。

 戦場に出れば、戦略的に必ず勝利する、ペガシャールの軍神。それが、俺たち。

「現バイク=ミデウス侯爵家当主……『護国の槍』コーネリウス=バイク=ミデウス!我が家の歴史に、戦争での敗北という言葉は、ない!」

「ならばその史に、泥を塗りつけてやろう!」

槍と槍が交叉する。馬がどれだけ強かろうが、乗り手がどれほど優れていようが関係ない。

「『槍よ、護れ』!」

「……魔剣の類か!」

敵将が弾き飛ばされた。敵の魔馬を、私の軍は軽々と回避し、その足元や顔を狙うことで徹底的に足を止めている。

「魔剣の類?バカを言うなよ、グリッチ=アデュール。」

戦場が、拮抗する。敵の精鋭がいかに強かろうが。いかに優れた馬に乗っていようが。500年以上もの間、軍事において敗北を知らない俺たちの兵を、その地力を覆すほどの力はない。


「これは、『護国の槍』……王家から戴いた、軍神の槍だ!」

「ほざけ!」

馬がすれ違う。槍が反応する。

 『護国の槍』。500年も前から褪せることも劣化することもなく輝く逸品。


 その効果は、『完全相殺』及び『劣化不能』。

 膂力でいくら負けていようと、この槍は敵の攻撃を完全に弾き飛ばすことが出来る。そして、この槍は、いくら打ち合おうとも決して壊れることも、劣化することもない。

 ただ、それだけ。だが、それこそが『護国の槍』、そしてその名を冠する『バイク=ミデウス侯爵家』の全てを表していると言っても過言ではない。

「決して退かず、決して屈さず。護国の前に散れ、“雷馬将”!」

「貴様は、貴様らは!今のミデウスの槍は、国を護る槍に非ず!俺たちの国を侵略する、国を侵す槍ぞ!」

「元より!この地はエドラより外れたペガシャールの大地!我が主が皇帝を望む覇道にあって、元の形を保つを目指すは道理であろう!」

五度目のすれ違い。その槍が、互いの手の内に健在であり、再び相対するために振り返る。


 私は『像』を発動させている。私自身の身体能力は上がっているはずだ。……いや、上がってはいない。持て余さないよう、普段通りの力加減に抑えている。

 それでも、『護国の槍』の能力は発動させている。クリスと戦った時より、私の本領に近い形で戦っているはずだ。……それでも現状、私とグリッチの戦いに勝敗がつく気配はない。

 私が『護国の槍』を携えて戦うように、グリッチ=アデュールは『魔馬ペイラ』を用いている。あの馬、初速からいきなり普通の馬の最大速度に匹敵し、その状況から徐々に徐々に速度が上がる。

 馬自身の馬力も、普通の馬とは程遠い。それだけの馬の性能が、『護国の槍』を全力で用いる私の技量に追いつくことを可能としていた。

「……八段階格には至らぬ身だというのに、な。」

つまり、槍の腕に限れば、私と敵将にはほんのわずかに差がある。私の方が、上のはずだ。それでも、気力で、馬の性能の差で。戦闘を続ける彼の槍には、感嘆するべきものがあった。


「惜しい。惜しいな。」

生け捕りにする。それはほとんど確定事項だ。相手との交渉次第にもなってくるが、私は彼を殺したくはない。


 冷静な、政略的な判断ではなく。私は私の感情で、彼を殺したくない、と思った。


「名乗れ、“雷馬将”。勝負をつける前に。『護国の槍』が、貴様を敵として認めてやろう。」

「……全く。これだから、」

呆れたようなため息を一つ。高揚した感情に、冷静沈着ではなく戦に酔う一人の武術家の顔がのぞいている。傲慢な、『貴族』の貌が。


「ゼブラ公国防衛軍総大将。……グリッチ=アデュール=ゼブラ。ゼブラ公王ギデオン=アデュール=ゼブラの弟。」

「……人質としての価値は、十分だな?」

ニヤリと、笑みを浮かべてコーネリウスが言った。それに対して、同じく笑みを浮かべてグリッチは返す。

「その前に、お前の頸が落ちている。」

再び、馬が、駆けた。




 グリッチとコーネリウスの一騎討ちが必要か。断言する、この乱戦下において、他の邪魔が入る可能性があるとしても、この二人の一騎討は必要だった。

 理由は、単純。この二人が野放しになって別々に戦っていたとして、最終的には必ずこの二人の一騎討になっていた。つまり……この二人が互いを抑えあわなければ、両軍の被害は甚大だった。


 いくら『護国の槍』の精鋭とはいえ、強い兵士たちが揃っているとはいえ。彼らはグリッチ=アデュールに勝てるほどの強さはない。抑え込めるほどの強さもない。『超重装』を纏っているでもない限り、待っているのは一振りで数人吹き飛ばされる無双の絵図だ。

 いくら『青速傭兵団』……ゼブラ公国の切り札であり、百戦錬磨の傭兵団とはいえ、彼らはコーネリウス=バイク=ミデウスに勝てるほどの強さはない。凡人に暴れる獅子を抑え込めというようなものだ。抑え込むまでに犠牲になる人数は、100や200で済めば安すぎる方だろう。

 つまり、強い人が強い人を抑え込んでいる間に、その他がその他で決着をつける。それが、戦で最も楽な勝ち方であり……そんなこと、両陣営は痛いくらいわかっていた。


「敵の騎馬には己をぶつけろ!ペイラは並の馬には負けぬ、騎手ごと地面に転ばしてしまえ!」

『青速傭兵団』第一副官イディル=アメリニアが指揮を執る。それに対して、ミデウス軍も副官が指揮を執っていた。

 拮抗は、していない。いくら魔馬ペイラに乗っているとはいえ、敵はミデウス侯爵軍だ。質という面においては、辛うじて傭兵団が一歩上、程度の差しかない。……何もないのならば。

 ペガシャール帝国軍、その本当の真価は、ミデウス侯爵家がいることではない。『像』が、その効果を発揮していることだ。

 傭兵団が魔馬ペイラを持ち出してミデウス侯爵家に辛うじて勝っているというのならば。ミデウス侯爵家は『像』の力を持って、その力量差を覆す。

 気づけば。イディルの指揮は攻撃的なものから防御に主眼を置いたものに変わっていた。この指揮を執るのがグリッチだったなら、攻撃の手を休めることはなかっただろう。

 最後の勝機を狙って特攻した部隊が、防御を意識してはいけない。これは勝つための最後の特攻。死に物狂いになるしか勝機はないのに、生存を、イディルは意識した。


 これが、差異。『四大傭兵部隊長』と謳われたグリッチと、それ以外の指揮官の、『戦術家として』の力量の差異。

 結果として。気が付けば、ゼブラ公国側の勝利条件は、グリッチの一騎討での勝利以外の選択肢を、完全に奪い去られてしまっていた。




 肩で息を大きく一つ。対して、コーネリウスもまた、肩で息を、一つ。

 両者それなりに疲れていた。人も馬も、同様だった。


 馬の質では、グリッチの方が圧倒的に上のはずだった。魔馬ペイラ。これを切り札に……ペガシャールから分かたれ、ペガサスを失ったゼブラ公国の切り札にする以上、よほど優れていなければ話にならない。そう言いきれるだけの圧倒的優位性を、ペイラは持っているはずだった。

 それでも、コーネリウスの馬は耐えていた。己より一回り強い馬、一回り大きい馬に対して、真っ向から相対して、一歩も引かずに戦ってのけた。


 コーネリウスは『護国の槍』、ペガシャールの軍神になる予定だった男だ。だからこそ、乗る馬は名馬と呼ばれるものである。当然だ。

 だが、いかな名馬とて、そもそも存在が違うのだ。猫と獅子ほど、とまでは言わないが……鳩と鴉くらいには差がある。

 それでもコーネリウスの馬が上手く戦っていられるのは、『像』の恩恵……正確には、『ペガサスの大将像』であることの恩恵だ。


 『ペガサスの大将像』『ペガサスの元帥像』『ペガサスの戦車将像』、そして『王像』『妃像』『継嗣像』は、『ペガサスの騎馬隊長像』が絶対に持つ恩恵、馬への身体能力1.3倍化を必ず持つ。それは、ドラゴンやフェンリル、ヒュドラ以下の王像にはない、『ペガサス』の特権。

 それがなければ、コーネリウスはとっくの昔に、地上戦を余儀なくされていた。もちろん、陸地でもグリッチと戦うことは出来ただろう。コーネリウスはそれだけの力を持っている。

 それでも、不利は否めない。馬上と地上では、高低差という絶対的な有利不利が発生するし、馬で駆ける勢いという有利不利もまた、大きなものになるのだから。

 だからこそ。より本質的な話をするのならば、ペガシャール帝国の侵略軍は、最初から『像』という特権なくしてゼブラ公国とは戦が出来ていない。少なくとも、正面切った戦争ではこうはならなかった。




 恩恵をしみじみと噛みしめる。もっと兵がいれば。もっと使い物になる指揮官が多ければ。せめて並み程度の前線指揮官が、凡百の指揮官が凡百と言える程度にいるならば。私たちはここまで、不利な戦を、『像』に頼った戦をしなかったと、思う。

 ペディアやエリアスのように、優れた指揮官が大きな戦場を受け持つとしても。小競り合い程度すら請け負えない指揮官や貴族が多すぎるせいで、俺たちは二面、三面作戦を取ることが出来ず、敵の分散をすることすらも出来なかった。


 不甲斐ない、と思う。『像』に頼った戦をしなければならないことが。神の恩恵を使わなければ戦えないことが。


 人間として、心底情けない。私は、心から、そう思った。

「……最後にしよう、“雷馬将”。」

「ああ、そうだな。」

槍を、引く。『護国の槍』に、敗北はない。

「『帯電魔術』。」

敵の、声がした。グリッチが着ている鎧から、槍へ、馬へ、雷が奔っている。

「“雷馬将”の由来を、教えてやろう。『収束魔術』。」

槍先に。魔馬ペイラに。雷が、迸る。

「魔馬ペイラの特性は、圧倒的な体躯でも、そこから生み出される速度でも、馬力でもない。……雷を纏うことで、速度が上昇することだ。」

あれは、ヤバイと、本能的に感じた。同時に、勝機ではないかとも、思った。


 雷。速度が上がる。『完全相殺』。

 見切れば、勝つ。

「問題は。元来以上に速度が上がった魔馬ペイラを御しきれる騎手がいないこと。ゼブラ公国において、それが出来るのは、俺だけだ。」

視界から、グリッチが消えて。だが、その方向だけは、読めた。


 首元に。いや、首から背にかけて、槍を盾にする様に。瞬間、槍に何かがぶつかる衝撃と、割れる音。そして、俺と馬の全身に走る、電流。

 反射的に魔力を体中に回して、体内から電気を取り去った。……だが、私の馬は、その電流に耐えきれなかったらしい。私の身体を盛大に巻き込もうとしながら、倒れていく。

「っつ。」

「……落馬の衝撃で、逝ってくれたらよかったものを。」

「まだ、死ねない。」

私が背から倒れた場所は、ちょうどグリッチの隣だった。……槍をはじいた時点で、グリッチはその場に落とされたらしい。

「……俺たちの負けだ。」

「……そうですか。」

高揚が、落ち着く。命の削りあい、それによって高ぶった精神が、次にやることを示してくる。


 息を、吐いた。もう、十分だろう。

「ゼブラ公国指揮官グリッチ=アデュール=ゼブラは一騎討の末敗れた!まだ戦を続けるか!」

私の叫びが、戦場に響き渡る。その声を聞いて、さらに伝令が、戦場の全てに言葉を伝える。


 これ以上戦闘続行を望む声はなかった。まるで、決められていたかのように、敵は次々降伏してくる。


 ペガシャール帝国侵略軍は、ゼブラ公国防衛軍に、勝利した。

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