85.赤甲将の苦い勝利
誰が行くかが、問題だった。
一ヵ月経って、誰も帰ってこなかった。しかも、20人もの人をまとめて出して、だ。
俺なら、場所が気づかれたと思う。今はおそらく8000人、全員がいる場所が、知られた。拠点がバレた相手がやることは、3つだ。
全員で完全防衛に入るか、全員で攻勢に出るか。あるいは、部隊を二つに分けるか。
「逃亡はない。」
一年半と少し……つまりほぼ二年、この村に固執した。そんな盗賊が、ここで逃げるという選択肢はない。
「全員で防衛、これもないだろう。」
盗賊は略奪してなんぼ。終局的に略奪しないのであれば、盗賊になる意味もないし……食糧もそろそろカツカツだろう。8000人分もの食糧の維持が簡単なわけもなく、この村に固執している以上、他の村からの略奪をする余裕もそうなかったはずだ。
つまり、拠点がバレた盗賊がやってくるのは、全員で攻勢か、半数防衛に割きつつの攻勢しかない。そうと決まれば、誰が行くかだ。
「赤甲傭兵団は攻める。エリアスは、指揮に残るか?」
「……そう、だな。残る。ペディア、俺たちの分まで、戦ってきてくれ。」
「わかった。」
言って、俺たちは拠点へと向かった。
俺が半年もの時を過ごした、アレイア男爵の館。その跡地に向かって。
10日間。進軍にかけた時間だ。基本的に徒歩を基調とする俺たちは、走ったりせずに進軍した。……あるいは、万全な肉体なら走っていただろうが。十分な食料があるともいえず、徐々に、徐々に体を衰えさせていた俺たちは、走って進軍するわけにもいかなかった。
疲れるのが早くなり、回復までに時間がかかるようになった肉体で、疲れたときに奇襲でも受ければ、ひとたまりもない。
幸いだったのは、途中で鹿やらウサギやらの肉を狩れたこと。口にできたこと。10日間では足りないが、それでも多少、肉体の回復は図れたこと。それが、一番助かることだった。
館の前では宴の音が聞こえていた。笑い声、そして、楽器の音。……楽器は多分、略奪品なのだろう。そして、これ程騒いでいるのは、拠点の場所がバレたから、なのだろう。
いくら中に入るのが無礼だと、死罪に値することだと思っている俺達でも、中から人の声が聞こえたらさすがに気づく。気づかなかったということは、少なくとも斥候がこの周辺を探している間、彼らは息をひそめていたということに違いない。
宴会の理由。もう、隠れる理由がない。隠れるつもりがない。
……そして、多分。これが最後だと、気が付いている。
「元アレイン男爵領に住み着いた盗賊どもよ!俺の名はペディア=ディーノス。降伏するのなら、腕一本で許してやろう!」
腕一本あれば、農耕をやる分には問題ない。もちろんやりにくいとは思う。百点満点の穀物を作ることなど夢のまた夢になるだろう。
だが、生きるだけなら、できよう。そういう、寛大な処置だ。
無傷解放はない。また盗賊になられたら笑いごとに出来ない。殺すわけにもいかない。復興には人手が足りないのだ。せめて片手でも働ける人間を生み出さねばならない。
だが、敵の返事は、予想外というか、想定内というか……おかしくない答えだった。
「首領が討たれたら、考えてやる!」
「全員!決戦だ、かかれ!」
荒廃して開いている門扉。最初に飛び込んだのは、棒を片手に持つジェイス。
俺も盾を右手に、剣を左手に……指揮官より戦士としての己を主とした構えに切り替えて、飛び込む。
乱戦が、始まった。
駆ける、駆ける、駆ける。敵も味方もなるべく殺さないようにしなければならない。なら、最初からやるべきことは一つ。
最速で、敵の首領の首を落とすこと。盗賊の、こと降伏勧告時の『考えてやる』は『従ってやる』と同義だ。首領が討たれるまでは、負けを認められない。そういう意味でもあった。
「行かせん!」
見たことのある顔。思い出す間もなく斬り捨てる。
また、見たことのある顔。ポールが放った矢を対処するために動いた一瞬の隙をついてすりぬける。
さっきから、おかしい。なぜ、見たことのある顔が、多いのか。
「ペディア様!こいつら、元執事です!」
「はぁ?嘘だろ?」
飛んできた矢を盾で防いだ。アデイルの叫びに、考える。
それなら、なぜここを、拠点に出来た?
そもそも、プライドの高い執事階級が。なぜ、盗賊の首領ではなく、せいぜい幹部どまりの役職にいる?
「見つけた、フレイルの倅ぇ!」
「貴様の相手は俺だ、エナリュアス!」
飛び込んできた巨体に、アデイルが飛び込んでいく。うん。今は考えなくともいいだろう。
「ペディア様!行ってください!」
ヴェーダが叫んだ。その声に大きく頷きを返すと、一歩大きく踏み出して、駆け始める。
なぜか、盗賊たちは俺を無視して他と戦っていた。俺だけを、盗賊の首領に会わせようとするかのように。
昔、アレイア男爵の執務室だった部屋。踏み込み、入る。ほとんど確信的に、ここに首領がいると感じていた。……根拠もなく。
「久しぶりだな、ペディア=ディーノス。」
そうして、入った先。
声ではわからなかった。雰囲気でもわからなかった。6年も経って、ずいぶん人相が変わっているようには、見えた。
でも。なんとなく、わかった。首領は、彼だ。
なぜ。どうして。
言葉にすることすら、憚られた。彼がそこにいる。そんな馬鹿な、という言葉が喉元まで出かかっていた。
「そんな顔をするな、ペディア。笑っちまうだろう?」
「アレイア、男爵、子息……。」
おかしい。おかしい、おかしいおかしい!なぜ、なぜ彼はここにいる?
「わりいけど、俺はアレイア男爵の息子呼びされるのは不本意だ、な!」
突き出される細剣を右手に構えた盾ではじく。がら空きの胴に向けて無意識のうちに突き出された左の剣は、転がるように逃げられてしまった。
「どういう意味、だ!」
追いかけるように踏み込む。それに対し、彼は逃げるように後ろに下がった。
「ディーノスが滅びた後、俺は勘当されたのさ!だから俺は、アレイア男爵の一族から、名前すら抹消されている!」
「名前すら、だと?」
「あぁ!!」
「なぜ?」
「お前たちを滅ぼす命令を出したからだ!」
突き出される細剣。速い。が、弾き飛ばせないほどではない。
「お前を殺せと言った!ディーノスは滅び、お前は消えた!俺はそれで満足したが、父上はそれに怒り狂った!」
着のみ着のままで家を追い出された。二度と帰ってくるなと言った父の顔を、彼はまだ覚えているという。
「あれは傑作だった!自己嫌悪と俺への嫌悪、それでも俺への愛を捨てられない感情の発露!あれは本当に傑作の顔だった!」
今にも殺しそうな。なのに殺せないような。
殺したそうな、殺したくなさそうな。本当に矛盾した感情がごちゃ混ぜになっていて、まるで丸め込まれた紙のようにしわくちゃだったと彼は笑う。
「だが、最期はもっと傑作だった!盗賊どもを引き連れて、最初にこの屋敷を襲撃して!俺自身の手で父を殺して!信じられないものを見る目で、泣きながら死んでいった!俺を追放しなければ、こんなことにはならなかったのにな!ハッハッハッハッハ!!」
嗤う、嗤う。父を、己を、世界を笑うかのように、彼の嘲笑の顔は醜くゆがむ。
合点がいった。いくらなんでも、領主の館を拠点にする盗賊がいたことは、これまでもいなかった。基本的に、山か、廃城。数年前まで現役で使われていた場所を使う盗賊はそうそういない。
だが、この盗賊たちは違う。首領が元領主の息子だったのだ。館を拠点にすることをためらう必要などどこにもない。……ただ、帰ってきただけなのだから。
そして、やたらとあの村に固執する理由も明白だった。こいつは俺を殺したくてディーノスを滅ぼした人間だ。俺が守る場所に固執しないわけがない。
「気づいたようだな!そうだよ、貴様さえあの村にいなければ、俺たちは別の場所へ移動してもよかった!引越すらせずにこの館に居を構え、あの村を滅ぼすのに固執した理由?金品があるから?村人たちが集っているから?違う、違う!どれでもない!貴様がいたからだ、ペディア=ディーノス!!」
剣が突き出される。突き、突き、突き。弾いても弾いても引き戻される腕。
こいつ、こんなに強かったのか?
「リーナに無能扱いされて!お前とリーナが話しているのを見て!理解したよ、俺はお前たちの会話には入れないって!だから、お前を殺した!殺すために努力した!」
それが、この剣の腕。2年俺と戦えた、指揮の腕。……俺が、ディーノスが滅ぼされてから築いたにしては多かった、盗賊の数と。それらをまとめる、カリスマ性。
リーナ様は勉強しなかったと彼を評したが。違うじゃないか。始めるのが遅かっただけで、彼は普通に勉強して、これほどの人物になったじゃないか。
剣を弾く。弾いて、弾いて、弾いた。踏み込んで、剣で細剣を持たない方の手を斬り飛ばそうとする。
手首。肉半ばで斬れないと判断して引き戻す。骨が断てない。やはり、剣で斬るには俺は力が足りない。
「いってぇなぁおい!」
突きの鋭さが増す。……俺には、届かない。
弾く。踏み込む、逃げる。
「お前が!天才でさえなければ!!」
彼の激情が身を焼くようだ。確かに、と思う。
天才でなければ、リーナ様があれほど俺に期待することはなかった。父さんからの視線は変わらなかっただろうが……おそらく、執事たちも、アレイア男爵も、俺を高く評価しなかった。
愚鈍であれば、とは思わない。ただ、凡人であれば。
俺も愚か者ではない。人は生きているだけで、多かれ少なかれ人に影響を与えることを、知らないわけではない。だから、俺が生きていただけでアレイア男爵の息子を狂わせたことを否定することはしない。否定する理由がない。
彼の憎しみを否定することはできない。俺を憎む彼の心情が、間違っていると思わない。
彼は、ただ。気づけば、俺を憎む以外の道を見失ってしまっただけだ。
「リーナ様が、おっしゃっておられた。」
左手で握りしめた剣が、アレイア男爵の息子の細剣を打ち上げる。その、体の中心に、体ごと盾でぶつかる。
「お前が、哀れだと。……少し同意していたことを、詫びる。」
これは逆恨みなどではない。彼が感じるべき正当な感情だった。
少なくとも、俺だけは。そう思ってやらなければ、そう思って受けとめてやらねば、これから死ぬ彼が浮かばれない。
「じゃあな。元アレイア男爵の息子。」
「は。最後まで、名前を呼ばなかったな、てめぇ。」
知らない。覚えていない。
……覚えようと、しなかったのだ。今更聞かれるほど、屈辱なことはないだろう。
「お前さえいなければ。お前が生きていないなら。俺は、それ以上、何も求めなかったんだけど、なぁ。」
俺の剣は、彼の喉元を、正確に貫いた。
2年にわたる、俺の中で最も長かった傭兵の仕事、その山場が、終わった。
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