55.地獄のしごきと開墾の進捗

 口うるさいようだが、ペガシャール王国には人の手の入っていない土地が多い。

 それは、土地がやせているという意味ではない。土地そのものがもつ栄養価自体は、少なくはない。

 200年前から徐々に荒れ始めた土地。木々が生い茂るようになったかと言えば、そんなことはない。なぜか。


 土地が荒れるとき、まずは雑草が生い茂るところから始まるものだ。元々畑だった土地に、いきなり樹木が生える?そんなわけがない。樹木が生えるのには、決して少なくない条件があるものだ。

 まず雑草が生え始める。そして季節が廻り、雑草が枯れ、また新たな雑草が生え、枯れる。時間をかけて枯れた草々が土に還り、栄養価となり、雑草の生える速度、その質が上がって、また枯れる。

 それを繰り返し、樹木が生えるに適した土地にまで大地が育ちあがってから初めて、その直近で落ちた樹木の種子が芽を出すのだ。栄養価が足りなくてはいけない。樹木が生えにくい土地ではいけない。そして、たまたま生えたその芽が、草を食む獣に食われてもまた、樹林になる可能性は露へと消える。


 樹は強い。しかして、絶対的でもまた、ない。滅びることはないだろう。しかし、滅びないということが、新たに芽吹くということとは、イコールではないのだ。


 そういう意味において、私が耕すこの土地は、将来性の高い土地とは言えなかった。

「草そのものは多いですね。」

「水分が少ないというわけではなさそうです。どちらかと言えば、少ないのは虫でしょうか?」

「それもありますが……おそらく、ここ以上に適した生物の生育地が増えたことが問題でしょう。」

元々ペガシャール王国には山や森が多い。盗賊たちの隠れ家として非常に重宝されている。ペガシャール王国方々で盗賊が根絶やしに出来ない理由の一つでもある。


 だから、動物たちの資源は多くある。その中で食物連鎖も成立した。新たな環境が生まれたからと言って、そこに生物たちが住み着くかは別問題である。

「水は多いですが、山も森も遠い。土を作っている時間も、2週間じゃ足りません。今日一日の目標は、なるべく多くの雑草に鎌を入れることです。」

根から処理しようにも、胸丈まである雑草をかき分けて鍬を入れられるはずもない。よって、明日鍬を入れられるようにするために、今日はとにかく雑草をなるべく大地に近い位置で刈り取ることである。


「軍を五分割します。1~4はまず刈り取り、5は刈った雑草を道路の方へ積んでいってください。1時間交代で一周、交代前の休憩時間は10分間です。」

600人ずつの部隊に分かれる。本当にこれでいいのか。いくら村長の息子だったとはいえ、私のいた村はまだ村としての風体を保っていた。新たな土地を開墾せずとも、土地の維持さえしておけば一定以上の収入を得ることは出来ていた。だから、こうして新たに土地を開墾する試みはしたことがない。


「本当に使われるかわかりませんし……。」

とりあえず、やれるだけやりましょう。そう思い、私は小さな鎌を持って腰をかがめた。


 一時間で交代する。十分の休憩、水筒に入れた水をほんのわずかに口にする。

「土の質的に干からびて畑が出来ないってことはないでしょうが……飲料水は必要でしょうね。」

「川はありますが……近いとは言えませんね。」

「片道30分ほどですからね。井戸を掘った方がいいでしょうか?」

「今日からですか?」

副官と会話を続ける。副官との会話は重要だ。副官でなくともいいが、とにかく会話は重要だ。返事が返ってきて、それに対する返事を熟考するという工程は、私自身の思考をまとめるために役に立つ。

「今日からと言いたいところですが……ふむ。明後日からにしましょう。」

明日、大地に鍬を入れるつもりだった。それも。明後日に回そうと思う。

「どうしてです?」

「人手を分けることになりますから。鍬を入れる作業で、人手を減らします。その分を井戸掘りに回しましょう。」

手鎌と違って鍬は大ぶりな作業になる。手鎌で行っている作業も1メートル左右に間隔を空けてはいるが、鍬はもっと開ける必要がある。

 そうでなければ、戦争前に農業で人死にが出かねない。


「とはいえ、水は砦に持っていく必要もありますからね。5時間の作業を終えれば、水汲み作業に移りますよ。」

桶一杯を3000人で2巡。3万2000人の水分を調達するには足りないだろうな、と思う。まあ、おそらくアメリアの部隊が水汲みを助けてくれるだろうという……無理な気がしてきた。

「いや、コーネリウス殿……。」

どうだろうか。あの鬼教官なら、バテテ倒れている兵士たちに容赦なく水浴びさせる気がする。とはいえそれは死体に鞭打つような真似だ。そう思いながらも、作業の進捗を眺める。


「うん。2巡も水汲みはしんどいけど、やるしかないですね。」

砦を水際に顕現させればよかったな、と思う。今後の課題だろう。次回顕現させるときは土地をしっかり吟味しよう、と思いつつ、雑草を刈る速度が落ちてきた兵士たちを見る。


 腰を叩く兵士がいる。必死に伸びをして動こうとする兵士たちがいる。もう、限界だということは伝わってきた……最初に刈られた雑草を運び出す役だった彼らも、同様に。

「まあ、体を動かす作業なのは変わらないですし。屈んで作業は苦しいし。」

胸の内に流れる力を意識する。砦顕現の力は既に使っているが、『像』を持つエリアスには、自分の部隊の身体能力を強化するとんでも権限を持っている。


「みんなはとてもつらい作業をこなしているし、二時間も頑張ってくれた。僕にとってはとても喜ばしいことだ。だからすこしばかり、手伝うことにするよ。」

休憩を与えるべきなのはわかっている。とはいえ、残り2万9000人が死に物狂いの鍛錬をしているのに彼らだけ休ませるのは、軍の風紀に関わりかねない。

「『ペガサスの砦像』よ。」

砦将像の身体強化。自分の部隊最大1万人の身体能力を1.2倍化する権能。ちなみに、『砦将像』レベル2で2万人、レベル3で5万人、レベル4で身体強化1.3倍と聞いた。まあどうも50近い『像』を好き勝手レベル上げが出来るわけもなく、最も繁栄した時代の『像』ですら記録にあるのは『英雄像』レベル9らしい。

「帝国に格上げされたら話は別、とも聞きますが……事実なのでしょうかね?」

聴くだけ無駄だろう。ディアは必要なことしか話さない。……必要ないことは、話さない。まだその時ではないならば、『ペガサスの王像』が『ペガサスの帝像』について語ることは決してない。


 身体強化の光が兵士たちを包む。少し遅くなり始めていた作業が、わずかに早くなった。

 疲労で落ちていた握力や腕力が元に戻った結果だろう。サクサクと雑草が刈られ、端にどんどん積み上げられていく。

「半分は燃やしましょう。もう半分で土を作ります。」

雑草で土を作って大丈夫なのかなという気持ちは、脇に置いておくことにした。ここで住む住人たちが実験を繰り返してくれるだろう。

 とりあえず今はこの雑草まみれの土地を平地に変えよう。その一心で、私も作業に足を踏み入れた。




 田畑とは、どのような速度で出来るものだろうか。正直なところ、俺には全く分からない。馬をもう10頭目の乗り換えをしながら、俺は隅に残った思考でそう思う。

 『護国の槍』に耕作の経験はない。『護国の槍』が行うのは、徹底的な軍事訓練だ。槍術の訓練と、軍を操る調練。軍学を学び、実際に軍を動かす中で出来る事と出来ない事を把握し、それを徹底的に叩き込むことで元帥に昇格すること。それが『護国の槍』の役割だ。


 ゆえに俺には貴族としての礼儀がない。いや、ないわけではないが、侯爵として胸を張れるほどではない。俺に限らず、歴代の『護国の槍』は貴族としての礼儀の代わりに元帥としての軍の扱いを学んだ。

 政治の話はわからないわけではない。政治は戦争に大きく関わってくる一手だ。だが、ペガシャール王国において『護国の槍』が直接赴く戦場には、ペガシャール王国の政治が関わってくることは基本的にない。それが、『護国の槍』が500年かけて築き上げた元帥のいと賊の約定だ。


 だから。『護国の槍』コーネリウス=バイク=ミデウスは、砦の周囲に散らばった散々たる有様に、呆然としていた。

「いやお前、何時間走らせた。2時間を超えたあたりで俺も結構罪悪感があったぞ?」

じっと動かなくなった俺のそばに、クリスが駆けよってくる。ペディアは近くに来ない。一時間前にここを通っていた。あと10分もすれば帰ってくるだろう。

「しかし、ここまでひどいとは……。」

「普通こんなもんだろう。二時間も三時間も走り続けるのは職業軍人でも難しいと思うぜ?」

「そうですね……。ミデウス様、確かに今の将兵の体力では、実戦には耐えられないと思います。ですが、2週間で戦えるようにする、ではなく2週間で生き延びられるようにする、であれば、休憩をはさみながらでも可能だと思いますわ。」

未だに走っているのは『超重装』を纏ったペディアの部隊4000と俺の部隊4000、クリスの部隊3000のみである。天馬部隊はとっくに地上に降りて休んでいる。


 曰く、「騎手の集中力が落ちて天馬から落ち死ぬこと、それが一番の最悪でございますから」だそうだ。地上部隊と違い天馬部隊は替えが利かない。正しい判断と言えるだろう。

 出来るなら休ませたくはないというのが本音ではある。だが、休ませる必要性があると、クリスは言った。

「俺が兵士ならここで休めないならゼブラ公国に逃げ込むね!」

だそうだ。あるいはゼブラ公国ではなくドラゴ―ニャ王国かもしれない。どちらにせよ、脱走兵になられるのは困る。

「一度受け入れられてみろ。全員脱走するじゃないか。」

「そうだね。だから、休ませるべきだ。代わりに、俺と君で模擬戦をしよう。」

それは代わりなのだろうか。いや、目を見る限り、どちらかと言えば模擬戦がしたいという目だ。


「戦いたいんだよね、俺。うちの陣営、強いの多くてさぁ、もう。」

その気持ちはわかる。一度だけ、アシャト王の計らいで『衛像』の二人と戦うことになった。オベール=ミノスという男は斧七段階格の遣い手だったから、相対しても勝ち目はあった。50合くらい打ち合って、互いの実力を確認して終わったものの、彼は間違いなく『衛像』に相応しい実力の持ち主だった。

 だが、ディールと言う男には歯が立たなかった。5合くらいだろうか、耐えられたのは。槍術7段階格の俺が、同格3人くらいなら相手に出来る俺が、まさかの瞬殺だったのだ。


 少なくとも俺の知る限りにおいて、そんなことが出来る武術の遣い手はエルフィール様とギュシアール老師のみ。文字通り、桁が、違う。

「あんなん相手にしてるとさ、自分の武術の加減がわからなくなる。ペディアは強いけどさ、あいつは『超重装』あって初めて俺と同格なんだ。ミルノーの方が一騎打ちならまだ強い。」

ミルノー=ファクシ。今の兵站を全て担い、武器の全てを持つ『兵器将像』。彼は確か剣術七段階格の遣い手だが、七段階格には昇進したてとかの実力だ。それよりペディアが弱いということは、彼の剣術は6段階格。人としては強いが、確かに一騎打ちには弱い。


「いや、ぶっちゃけペディアは強いよ?でも、剣術は6段階格なんだ。盾術は7段階格の実力はあるんだけど。」

一騎打ち向けじゃないだろう。それ以外ならアメリア殿か。しかし、彼女は地上戦より空中戦の方が強い。

「……まあ、いいだろう。半分くらいは兵士への威圧だろう?」

指揮官は強い。強い指揮官が、自分たちを指揮している。そう兵士たちが思ってくれるのが重要なのだと、俺は……いや、『護国の槍』は、知っていた。


 アシャト陛下が『ペガサスの王像』の持つ神の権威によって国の意識を統一するように。

 俺たちは、自らの武の力量を以て、兵士たちの心を惹かなければならない。

「やるか。」

傍らに突き刺した“護国の槍”の柄を握る。その俺に対して、クリス=ポタルゴスは数打ちの、鈍らの。しかし、使い込まれた鋼鉄の棒を、握りしめた。

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