37.異常なる師

「彼は、ダメだ。絶対、絶対に、『像』に任命することはできない!」

「どうしてだ、ディア!彼なら、師匠なら!俺たちの軍にも非常に重要な役割を担ってくれるに決まっているだろう!」

「できすぎるから問題なんだ!彼は強い!強すぎるんだ!!」

ディアの叫びは、だからこそ彼を採用したいアシャトとエルフィに疑念を抱かせる。

「わかった。そんな目で見るなら、理解してもらうためにも、やってもらおう。ディール!」

「あ、なんだ、じゃなかった、なにですか、『王像』殿?」

ギロっと睨まれて、ディールは敬語に切り替わる。

 やはり、ディアは怖い。

「力を解放しろ。そして、彼と戦え。」

その意味は全く分からなかった。そして、師匠と雖も、『ペガサスの衛像』の力を開放したディールと打ち合える気はしなかった。

 だが、ディールはディアの言うことに従った。従うしかなかった、というのが実情かもしれない。

「『ペガサスの衛像』よ!」

全身が白銀の光に飲み込まれ、そこから飛び出したディールは神々しい鎧を身に着けていた。

 突き出した槍を身体捌きだけでなんとか躱した師匠は、「槍!」と叫んで同行者に槍を求める。

 同行者の一人が師匠の槍を握って、師匠からずれた位置に放り投げると、ちょうどディールの攻撃を捌いた師匠がそれを受け取った。

 信じられないほど高度なコンビネーションだ。ディールの攻撃位置を予測し、師匠の捌き方を予測し、ちょうど受け取れる位置に正確に槍を投げる技術。

 間違いない。あれは、俺たち『王族』が教育を受けた後に師匠に教育を受けた生徒だろう。

 槍を受け取った師匠は、ディールと真っ向から打ち合い始めた。その光景にも、俺は驚く。

 常人を遥かにしのぐ恵まれた体躯と技量。それを誇るディールが、その能力を1.8倍した状態で、師匠と真っ向から打ち合っているのだ。

 違う、驚くべきは師匠と打ち合っていることではない。師匠が、ディールと打ち合えていることだ。

 膂力ではおそらくディールに負けているであろう。膂力が上がったがゆえにできるようになった技もいくつもあるとディールは言っていた。

 『人外』と言っても過言ではない男と、生身で戦える。師匠は本当に人間なのだろうか?

 ディールが槍を弾き飛ばされた。つまり、ディールが負けた。

 それまでにかかった時間は、実に三分。

「わかったかい、アシャト。彼を味方に……『像』に任命するということは、考えてはならないことなんだ。」

あまりに常識はずれすぎる。確かに、師匠に『像』を与えてしまえば、俺は容易に世界統一ができてしまう。

「『神定遊戯』。これは本来、どの国が皇帝になるかを選ぶ、神様の遊びだ。でもね、彼はダメ。」

圧倒的な個の力での蹂躙は、神様にとっては面白くないんだよ、とディアは呟いた。

「神様から不満が来る。そうじゃなくても、パワーバランスが崩れすぎる。彼は、彼だけは絶対に『像』に任命してはダメだ。」

「だが、それでは離反を抑える術がない。彼が敵に回れば、それこそ終わりだろう?」

あり得ないことであると認識しながらも、俺はディアに彼を仲間として留めるべく説得を続ける。

 ディアは決して首を縦に振らなかったが、うーん、と悩むような声は上げた。

「仕方がないね。一つだけ、方法がある。」

「あるのか?」

ディアはやれやれ、という風に首を振った。

「ギュシアール=ネプナス。」

「は、『ペガサスの王像』よ。なんでしょうか?」

「この国に留まる気はあるかい?」

「……国には貢献できなくとも、ですか?」

「まさか。国には貢献してもらう。でもね、君を戦場に……いや、国の中枢に置くわけにはいかないんだ。」

 ブルリ、とディアはその身を震わせる。

「神様が見てる。君は、僕の権限で、君のような者が出たときにだけ与えられる『像』を与えないといけない。」

「受け取るには、なんという『像』かを教えていただかなければなりませんな。」

ごもっとも、とディアは呟くと、今まで読んだどんな文献にもなかった、真っ白い、小さな杖を持った駒を取り出した。

「『ペガサスの教導師像』、略して『ペガサスの教像』という。」

それは、師匠にぴったりな『像』に聞こえた。

「君はアシャトやエルフィたちの後進を育てるんだ。軍兵たちの武術師範でもいい。学問を教える教師でもいいい。ただし、政治をしてはならない。わかるね?」

「ええ。……その役割であれば、拝命しましょう。ただ、一つお願いが。」

「お願い?ものによるね。」

まるで国王がごとく、ディアは話す。俺もエルフィも口をはさむ余地はない。

 これが、神の使途としてこの地に降臨しているディアの本気。よほどのことでなければ『王像』は口を出せないということは聞き知っていたが、納得の能力だ。

 そして、ギュシアール師。彼は、ディアがここまでしなければならないと判断するほど、危険な存在だったということ。

 俺はそれを聞いて、師匠に薄ら寒いものを……そして、とても頼りになるという認識を、得た。

「背後にいる二人。わが弟デファール=ネプナスとわが弟子スティップ=ニナス。この二人の採用をお願いできませんか?」

「それはアシャトの領分だ。だけど、君ほど特別問題があるわけではない。」

微かに俺は驚いた。ディアはもしかしたら、俺よりはるかに人を見る目があるのかもしれないな、と。

 そうでなければ、出会って間もない師匠を危険視することも、その同行者二人の危険性はないと判断することもできないのだから。

「どうしてそのように判断されるので?」

「僕は神様の使途だよ?それなりの能力は与えられているさ。」

僕個人の能力だからアシャトは使えないけどね。そう言ってディアは、俺の横に並ぶ。

「アシャト。悪いけどこういうことになった。彼だけは、君に採用させてあげるわけにはいかないんだ。」

「仕方がないな。……もしかして、師匠は。」

「全ての……そう、すべての『像』に適性がある。しかも、最高位でだ。どの『像』に任命しても、すべての『像』と同じだけの働きができる……そんな人を世に野放しにはできない。」

殺せと言われなくて助かった。

 ディアがそこまでの評価を下してしまったなら、言われても俺に文句を言うことは出来なかったかもしれないと俺は思った。

「アシャトの師匠だからね。殺すわけにもいかなかったのさ。……逆に、アシャトの師匠じゃなかったら遠慮なく殺してたよ。」

僕の命を懸けてでもね。そう言われて、ホッと安堵の域をつくのだった。


「デファール=ネプナス。……師匠の弟ですか。」

「兄ほど強くはありません。一兵卒からやっていくべきだと思っております。」

「いや、俺の軍に、優秀な人材を遊ばせておく余裕はないんだ。」

彼が臣下の礼をとった瞬間、俺は王としての自分を取り戻した。

 ディアのせいで色々と狼狽こそしたが、今は多少落ち着いている。おかげで、威厳を取り繕うことが出来そうだ。……取り繕うものではないということは、棚にあげる。

 二人の様子を見た。動き、僅かな緊張感。それを見て、二人の適正をおおよそ把握する。

 スティップは何かしらの『像』に採用するには、まだ青い。俺より年上の彼だが、経験不足が垣間見える。

 彼はそれでも優秀であることは間違いないから、軍の指揮官から始めて、いずれは『大隊像』あたりに任命したい人材だ。

 だが、師匠の弟は違う。獅子の兄弟は獅子のようだ。

 彼はすでに、大きな戦力で、大きな指揮官だ。それに、非常に強いカリスマ性すら感じた。

 そして、何より重要なのが、その年齢。俺たちのような若造でも、オケニア=オロバス公爵のような老成した男でもない。

 四十代半ばの、それだけの資質を持った、指揮官。俺たちには、そういう人間がペテロくらいしかいない。

「お前には、非常に重要な役割を与える。国の中枢だ。俺の思う中で、国家運営に欠かせない、最大の『像』の一つだ。」

一つは、『ペガサスの宰像』。一つは、『ペガサスの妃像』。そして最後に。

「デファール=ネプナス。お前を、『ペガサスの元帥像』、略して『ペガサスの帥像』に任じる。」

ペテロ、デファール、エルフィ。

 王としての俺を支える巨頭が出揃った瞬間だった。

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